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第67話 成長と年を取ること

「かえで坊もまあ……べっぴんはんにならはってまあ……新三!貴子も久しぶりに新三の顔が見たい言うとんねん、うちに来てや、な?」 

 そう言うと赤松は立ち上がる。そして少し下がって控えているかえでを見て赤松は何かがひらめいたとでも言うように手を叩く。

「ああ、そうや。かえでも来いへんか?貴子も喜ぶ思うねん。それとうちの久満も……」 

 赤松忠満の次男、赤松久満海軍中佐は本部付きのエリートであり、何度と無くかえでに無駄なアタックを続ける不幸な青年士官だった。かえでは男女ともに好みがうるさい。彼女の眼鏡に赤松に似た小太りでメガネの小男である久満は叶うものでは無かった。

「あの、お申し出はうれしいのですが、お断りさせていただきます。僕には心に決めた人がいますから……」 

 そう言ってかえではその細い面を朱に染める。

「ああ、姉さんか!しかし、女同士……しかも姉妹ちゅうのはどないやろなあ?まあワシのおかんの例もあるいうてもなあ!」 

 赤松の母、『甲武の虎』と呼ばれた女猛将、赤松虎満は女性当主だった。彼女は典型的なレズビアンで、家督相続の後に妻を迎え遺伝子操作によって三人の息子を妻に産ませた。その三男坊が忠満だった。

「俺に聞くなよ……それより……いつものは?」

 嵯峨はそう言って右手を赤松に差し出した。嵯峨愛用の軍用タバコ『錦糸』は甲武海軍でしか支給されない珍しい代物だった。月三万円の小遣いで暮らしている嵯峨にとって、竹馬の友である赤松から送られるタバコはその喫煙生活を支える重要な資源となっていた。

「タバコか?ええ加減自分の金で買えや。なんでも小遣い東和円三万円で暮らしとるようやないか。いっそのこと禁煙したらどやねん」

 そう言いながら赤松は隣に置いてあった箱を嵯峨の目の前に置いた。

「慣れてる銘柄じゃねえと気が済まないの。俺はこの『錦糸』と決めてるんだ……甲武の軍用タバコなんて東和じゃ手に入らないからな。専門店で扱っている店もあるとは噂には聞いてるがプレミアがついててとても手が出せる代物じゃ無いよ。それに俺にとってタバコの無い人生は価値が無い。俺自身の価値を維持するためにもタバコは必要不可欠なんだ」

 そう言って嵯峨はタバコのカートンの入った段ボールを叩いた。赤松は嬉しそうな顔の嵯峨を見て大きな声で笑い始めた。

 先ほどまでの殺気立った政治向きの話は消え去り、世間話に花を咲かせる時間が訪れた。

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