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第65話 『駄目人間』、唯一の友と再会す

 甲武国、鏡都、六条町。ここ殿上貴族の屋敷が立ち並ぶ中、ひときわ目立つ大きな屋敷門に渡辺リンの運転する車は入っていった。

 すでに三人の使用人が待ち受けていた。そこに嵯峨惟基は頭を掻きながら止まった車から降りた。

「別に俺みたいな駄目当主に頭を下げなくてもいいから。来てるの忠さん?」 

 ロマンスグレーの執事服の男性が静かに頷いた。それを見て嵯峨はそのまま玄関へと向かった。入り口には嵯峨の見知った、忠さんこと甲武海軍第三艦隊司令、赤松忠満中将の側近である別所晋一大佐が控えていた。

「なるほどねえ……別所まで来てるんだ……これは本格的だわ」 

 頭を下げる彼の前を嵯峨はそのままその前を通り過ぎた。百メートルは軽くある廊下を渡りきり、さらに別棟の建物へと迷うことなく嵯峨は歩き続けた。庭師の老人に会釈した後、嵯峨は客間と彼が呼んでいる静かなたたずまいの広間にたどり着いた。

 一人静かに茶をすする恰幅の良い将軍が胡坐をかいていた。

「ああ、上がらせてもらっとるで」 

 静かに湯飲みを手元に置くとその将軍、赤松忠満は静かに笑った。

「やっぱりバルキスタンがらみか?しかし、醍醐のとっつぁんも暇なんだねえ。高倉の次は忠さんかよ。いくら忠さんの頼みでも聞けるものと聞けないものがある。今回ばかりは俺一人の意志じゃあどうにもならないんだ」 

 そう言うと赤松の前に置かれていた座布団に嵯峨は腰掛けた。

「まあ、それだけこの問題が重要ってことなんちゃうか?ワレの立場は分かっとる。だがワシにも立場ちゅうもんがあるわけや。なんとかならんのか?」 

 そう言うと再び茶を赤松は啜った。嵯峨が甲武に来て初めて出会った同い年の少年。それが今の赤松だった。赤松も自分が動いたところで嵯峨が決意を変えないことは十分分かった上でここに居ることは、その時からの付き合いで二人とも分かっていた。

「失礼します」 

 そう言うと初老の女性の使用人が静かに嵯峨の分の煎茶を入れ始める。

「俺にはバルキスタン問題だけが念頭にあるとは思えないんだよな、今回の醍醐さんの作戦の目的は」 

 そう言うと嵯峨は手元に置かれた灰皿に手を伸ばした。そしてそのままタバコをくわえると安物のライターで火をつけた。

「ワシも同じこと考えとった。陸軍の連中はようワシに事実を教えてくれへんからな。しかし、ワシには新三の考えの方がようわからんわ。あの将軍様の身柄をアメリカから引き剥がすのがなんで遼州の利益になんねん。カント将軍のおかげで肥え太った腐れた官僚の首を守る義務はお前には無いように思うんやけど……司法局も司法局や。『遼州の事は遼州で裁く』そんな原理原則ばかりに囚われて思考停止しとるんちゃうか?新の字。ワレからも言ったってくれ」 

 赤松は新しく入れなおした茶を静かにすする。嵯峨は引きつるような笑みを口に浮かべる。

「それは状況にもよるだろ?膿を出すのにはタイミングと状況、そして方法を考えるべきだっていう話だよ。今回はタイミングもそうだが、組んだ相手も悪い。アメリカとだけは組むなってのが俺の意見だ。これは俺の事をあの国が人体実験のおもちゃとして弄んだと言う個人的な理由から言ってるわけじゃ無いんだ。あの国はヒュドラだ。多頭の蛇だ。『自由と民主主義』を自国内でも実現できないのに他国に押し付ける押し売りだ。そんな奴等と組むのは愚の骨頂。司法局もそう理解してるってことだ」 

 静かに目の前に置かれた湯飲みを手の上で転がすようにして嵯峨は言葉を紡いだ。

「ワレがアメリカに恨みを持っとるのは知っとるで。でもそれも過去の話やないか?ええ加減許してやれや。寛容も人の上に立つ者には必要なもんやと思うで」

 赤松の言葉に嵯峨は表情一つ変えなかった。

「手術台に固定されて何百回となく心臓をえぐり取られてもそのセリフを履けるかね?忠さん。連中への恨みはたぶん永遠に消えることは無いだろうね。だが、それはそれとして地球圏は遼州には干渉しないって建前が有るんだもん。俺も遼州同盟機構の役人として今回の件のアメリカの介入を黙って見過ごすわけにはいかないんだ。分かってくれよ」

 そう言って嵯峨は力ない笑みを浮かべた。

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