バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

無垢なる過怠編 5


 日が暮れ、双方の兵が自陣へと退却する。

 と見せかけて双方の夜行性魔族が小競り合いを始める時間帯でもあるが、この時間帯を利用しバレン軍の本陣車両での軍議が始まった。



 出席者は国王と王子、そしてバレン軍の幹部とフォルカー軍の幹部。

 国王親子が上座に座り、両軍の幹部が左右に列をなしている。

 もちろん俺もフォルカー軍の列の端っこにちゃっかりと座っていた。



 でも不思議なのが、ドルトム君の席の位置な。

 あの子、本来はフォルカー軍の幹部なのに、今日は王子とバレン将軍の間に座っているんだ。



 まぁ、昼間の戦いではドルトム君のとんでもねぇ戦術がご披露されたから、ドルトム君は国王親子の脇に座り、この会議を進行する権利ぐらいあるのだろう。



 だけどさ。俺としては国王の右隣。つまり国王とフォルカーさんの間に座ってもらいた……



「じゃあ軍議を始めよう。ドルトム? 進行を」

「は、はい……」



 まぁ、どうでもいいっちゃどうでもいいんだけどさ。

 俺がそんなどうでもいいことに執着していると、バレン将軍が落ち着いた声でドルトム君に話を振り、ドルトム君はいつも通りのたどたどしい言葉で返事を返す。

 そしてすぐさま豹変するのがドルトム君だ。



「まずは今日の戦歴です。敵の被害はおよそ24万。うち死者15万に、戦線復帰不可とみなせる負傷者がおよそ9万」



 ほらな。戦いのこととなると急に言葉使いが流暢に……っておい、死者15万!? まじかよ!

 しかも負傷者より死者の方が多いじゃん!

 俺ビルバオ大臣が撤退してから戦場の端っこの方で鉄砲撃たせてただけだったんだけど、そんな激しい戦いだったのか?

 つーか、“できる限り命はとるな”って命令どこ行った!?



「主に……て、敵先頭部隊の……突撃力を、けず、削り取った、鉄砲部隊……の功績が、おお、大きいね……」



 んでここでなぜか俺たち鉄砲部隊の名を上げるドルトム君。

 褒めてくれたつもりなんだろうけど、俺としてはエールディの民兵を15万人殺した張本人のようで心苦しい。



「では味方の被害は?」



 一同の視線が一瞬俺に集まり、俺がそれに困っているとバレン将軍がそんな状況を見かねて話を進めてくれた。

 バレン将軍の言葉を受け、ドルトム君が再度流暢モードに入る。



「味方の被害は、死者およそ3000。負傷者数7500になります。なお、負傷者のうちおよそ2000が明日にも戦線復帰可能かと」

「むう。序盤戦としては上出来だな」



 国王が何かに納得したようにつぶやき、一同も黙って頷いた。



 ちなみにエールディ軍はこちらの5倍程度の戦力なので、単純にこちらの被害を5倍しても敵の死傷者数には届かない。

 という意味ではやはり民兵と職業軍人の力量差がこれらの数字にも現れているのだろうけど、それを手放しで喜べない理由もある。



 ビルバオ大臣側にも私設の軍隊が存在するということ。

 主にヴァンパイアを中心とした部隊になると思うんだけど、それが前面に出てきたときはエールディの民兵を相手にするのとは違い、こちらの被害は甚大なものとなる。



 まぁ、“俺の存在”をはじめとして、対ヴァンパイア戦の作戦もこちらにはあるんだけどさ。でも上級魔族であるヴァンパイアが2000を超える規模で攻めてきたら俺だって敵の幻惑魔法を抑えきれないし、闇羽含むこちらの上級魔族部隊だって死闘となることは間違いない。



 それらの事情をここにいる全員が理解しているため、ドルトム君の報告をそのままの数字で受け取る者はいなかった。

 しばしの沈黙が軍議の場を包み、ドルトム君がそれを破る。



「明日は軍を2つに分け、鋒矢(ほうし)の陣と鶴翼の陣の応用形で行こうと思います」

「ほう。超攻撃型の陣形に防御の陣形……その心は?」



 フォルカー軍の幹部の1人がドルトム君の言葉に食いつき、興味深そうに前のめりになる。

 ちなみに後でわかったんだけど、鋒矢の陣というやつは矢印型の陣形で、敵陣に突撃するためのものらしい。

 んで、そんな反応に対するドルトム君は……ここで毛むくじゃらの奥に隠れた瞳をキラーンって光らせやがった。



「まずはフォルカー軍による鋒矢の陣形突撃。その突撃力で分散した敵兵を後方からバレン軍で構成した鶴翼の陣を前進させる形ですくい取っていく。

 あと国王様にはフォルカー軍の先頭付近で戦ってもらいます」



 おぉっと!

 前半の部分は俺にはよくわからんけど、国王が最前線で戦うだと!?

 ちょっとすげぇ作戦だけど、国王を前に出すなんて危なすぎねぇか!?



「え……?」



 俺はここで思わず小さく声を漏らしてしまう。

 しかし、周りの出席者は納得したように頷くだけであった。



「ほう、明日は陛下の存在を敵の民兵に知らしめるということか?」



 え? あっ、うん。なるほど。

 初日は国王の咆哮。んでもって2日目はその国王に実際に前線で戦わせる。

 もちろん国王の周りにはフォルカー軍の精鋭たちが固めるだろうし、そもそも国王の戦闘力はこの国でもナンバー1だ。



 つまり2日目は国王が敵側にいると相手に認識させて、敵の戦意を削ぐことに重点を置く作戦なのだろう。

 バレン将軍の言葉で俺は気づき、反論するのを辞めた。



「ふぅ」

「なるほどなぁ」

「これはまた奇想天外な」

「一理ある」



 両軍の幹部連中も同じだ。そこまでを理解し、ドルトム君の作戦に同意したような反応を見せる。

 なら決まりだ。

 俺には決定権もないしこの幹部連中にもそれはないけど、これだけ多くの幹部が同意の意を示したんだ。バレン将軍だってフォルカーさんだって反対はしないだろう。



「ではその作戦で行こう」



 最後にバレン将軍がまとめのような言葉を放ち、短めの軍議は終わ……



「じゃあ次の議題だ。タカーシについてだ」



 おわっ! 終わってねぇ!

 つーかなに? 俺の話?



「え? あ、はい?」



 突如話を振られ、俺は慌てて姿勢を正す。

 全員の視線を感じながら困惑していると、ドルトム君が立ち上がった。



「今日、ヴァンパイア部隊同士の戦いが発生したときに、ビルバオ大臣がタカーシ君を狙ってきました。

 まさかこの大規模な戦いで敵の大将が序盤に前線に来るなど予想もできないことでしたが、バーダー教官とアルメさんの登場でビルバオ大臣は撤退。

 しかし、ビルバオ大臣は今後もタカーシ君を狙ってくると思います」



 俺にとって嫌ーな事実を流暢な言葉で突きつけてくるドルトム君。

 とはいえ俺にとって困ることがあると、この人が黙ってはいない。



「タカーシの幻惑魔法はこちらにとっても戦術的に価値がある。ヴァンパイア同士の戦い。ビルバオもそれに気づいているのだろう。タカーシの強い幻惑魔法がこちらの切り札だと踏んでいる」



 バレン将軍だ。本当にこういう時は頼りになるな。

 でもその発言は、俺をさらに不安にさせるものだ。

 切り札って……。



 とはいっても、それに対するなにかしらの対応策も打ち出してくれるのがバレン将軍だ。



「タカーシよ」

「はい」

「お前、例の武器に伝令用の弾を打ち出すやつ持っていなかったか?」



 のろし代わりの煙がでる銃弾のこと言ってんのかな? うん。持ってるけど。



「はい。持っています」

「今度ビルバオに遭遇するようなことがあったらそれを打ち上げろ。私かフォルカー、または幹部連中がそこに向かうようにする。

 しかし幹部連中は気をつけろ。最低でも幹部が5人。それぐらいの戦力が集まるまでビルバオには手を出すな。返り討ちにあいかねん」



 まじかよ、おい! ビルバオ大臣ってそんなに強いの!?



 ……



 はぁ……よかったぁ。俺、死ななくて本当によかったぁ……。

 だって2回だぞ。2回もビルバオ大臣と相対して生きてるんだぞ。

 これもう奇跡に近いんじゃね……?



「ははっ!」

「もちろんタカーシもビルバオには手を出すなよ。我々が集まるまで例の魔法で逃げ回るんだ。というか、タカーシよ。お前は明日闇羽部隊と一緒に行動しろ。鉄砲部隊の指揮は副隊長に任せておけ。もちろんバーダーとアルメの護衛も付けてな」

「はい」



 もちろんそうさせてもらうさ。

 ビルバオ大臣がそんなにヤバいやつだなんて知らなかったからな。



 いや、でもちょっと待てよ。

 俺は一度、そのビルバオ大臣を撃退している。

 これ、上手いこと作戦を立てれば鉄砲を利用してビルバオ大臣を倒せるんじゃね?

 そうしたら俺、大金星じゃん!



「くっくっく……」



 ここでよからぬことを考え始めた俺は無意識に怪しい笑みをこぼす。

 頭の中で何とかならないかと作戦を考えていたら、いつのまにか軍議が終了していた。

 一同が散会し、俺も本陣車両の外へと出る。

 鉄砲部隊の野営場所に向かうと、部下たちが挨拶してきた。



「おつかれーす」

「ちぇーす」



 まぁ、俺の部下はいつもの感じ。俺もそれに合わせてハイタッチなどする。



「うぃーす」



 そして俺は銃のメンテナンスを始めた。

 まずは1発オンリーの単身銃。そして今日の昼間に使った3連発銃。

 日本で生まれ育った俺には銃のことはよくわからんけど、銃ってメンテナンスが大事だというからな。

 先っぽに布のついた棒を銃身の中に突っ込み、銃身の内側をごしごししていると、背後から話しかけられた。



「タカーシ君! ご飯持ってきたよ!」



 フライブ君だ。その背後にはドルトム君たちもいる。

 それぞれが両手に料理の類を持ち、こちらに向かって歩いて来ていた。



 なら夕食タイムだな。



「いっただっきまーす!」



 子供らしく元気のいい挨拶を済ませ、俺たちは夕食にむさぼりつく。

 唯一、日ごろからそこら辺の草を食べる習性のある王子だけは俺たちの食事風景を眺めていた。



 もちろん王子がここにいるのは今更なので誰も驚かない。



 一口、二口と魔獣の肉を口に運んでいると、ふいにドルトム君が俺に話しかけてきた。



「タ、タカーシ君?」

「ん? なに?」

「タカ……タカーシく、君さぁ。さ……さっきわ、悪いこ……と考えて、いた、よね?」



 どきっ!



「何々? いったい何の話ですの?」

「な、なんのことっ?」

「いや……ぐ、軍議のと……き……ぜ、絶対悪いこと……考え、ていた……よね?」

「んな? そそそ、そんなことないって」

「ちょっと! 私たちも話に入れなさいな! さっきの軍議のことですの? その時一体何が……?」

「う、うそついてもむ、無駄だよ……タ、タカーシ君?」

「ううう、嘘なんて言ってないよ」

「じゃあ、この軍の作戦参謀として聞くよ。何か思うところがあったの?」



「私を無視するなー!」



 ヘルちゃんは置いといて……。



 急に流暢な言葉使いになったドルトム君。

 もうこれさ。俺が嘘ついても無駄ってやつだよな。ずりぃよ、ドルトム君。



「うーん……」



 言うべきか、言わざるべきか。

 いや、別に隠すほどのことでもないのかな。



「実はさぁ」

「うんうん」



 俺が嫌々ながらに話し始めると、フライブ君たちも前のめりになって話に入ってきた。



「実は国王様を助けに行ったときにさ。ビルバオ大臣に重傷を負わせたんだよね。3連発の鉄砲で」

「う、うん。そ、それはき、聞いたよ……」

「でも今日ビルバオ大臣と戦った時は……銃弾を全部防がれたんだ」

「だったね」

「ビルバオ大臣は強い。僕のほんのわずかな火系魔法を察知して一瞬だけ防御用の魔力を最大放出したんだ。

 しかもその防御用の魔力は銃弾をはじき返すほどだった」



 俺の言葉に全員が頷く。



「でもこれならいけるんじゃないかと思ってさ」



 俺はここで新たなモデルの銃を袋から取り出した。



しおり