第49話 いつものような朝
まず、誠は自分の布団の隣でなにやら争うような物音がしていると言うことを感じて目を覚ました。すぐに意識を取り戻した誠はその音の主を見つめた。
そこにはエメラルドグリーンの透き通るような髪が揺れていた。
「あの、カウラさん?それと……」
誠の目の前にカウラのいつもの無表情が有った。その背後にはかなめがカウラの首に腕を回してチョークスリーパーをかけているのが誠の目に飛び込んできた。
「ああ、神前。目が覚めたのか。騒いですまんかった。全部コイツのせいだ。アタシは今、この不法侵入者に制裁を加えてるんだ。しばらく待て」
かなめはそう言うと腕をカウラの首に巻きつけて締め上げている腕に力を込める。サイボーグの腕力に締め上げられてカウラは苦しそうにもがき始めた。
「何やってるんですか!それと西園寺さん!そんなことしたらカウラさんが死んじゃいますよ!まず、ここは僕の部屋ですよ!暴れるんなら他所でやってください!」
思わずそう言うと飛び起きた誠はかなめの腕を引き剥がそうとした。だが、その独特の人工皮膚の筋の入った強力な人口筋肉は誠がどうにかできるものではなかった。しばらくカウラを締め上げた後、満足したとでも言うようにかなめは手を放した。
「オメエは黙ってろ。この女が昨日ずっとお前の部屋にいやがったからな。制裁を加えていたんだ。こいつはそう言う下心とは無縁だと思ってたが……どいつもこいつも油断ならねえな」
黙って咳き込むカウラを見ながらかなめは悪びれもせずに答えた。
確かにこの司法局下士官寮に誠の護衛と言うことで同居を始めたカウラ、かなめ、アメリアの三人はできるだけ他の部屋に入らないようにと寮長の島田が説明しているところに誠も同席していた。
以前は島田の『彼女』のサラ以外は女人禁制と寮長の島田が決めていた規則もあって女性がこの部屋に出入りするのは、階級にものを言わせて島田を黙らせる屁理屈お化けのアメリアとそれに付き合うパーラくらいのものだった。
その女人禁制が解かれた今も誠の部屋には近寄らないように島田から言われていること無視して誠の部屋に不法侵入を繰り返すアメリアに、かなめが制裁を加えている場面には何度か行き当たっていた。
「別に制裁なんて……どうせ昨日も泥酔した僕が暴れて看病でもしてくれていたんじゃないんですか?それだったら僕は感謝しなきゃならないのに。かなめさん、ふざけすぎです!やってることがめちゃくちゃです!まあいつものことですが……」
そう言う誠の顔を見て、タレ目を光らせながら罰の悪そうな顔をしてかなめは頭をかき始める。
「西園寺……お前、力の加減くらいはしろ。本当に死んだらどうするつもりだ。そうしたら貴様は殺人者だぞ」
ようやく息を整えたカウラがかなめをにらんだ。さすがに感情の起伏の少ない人造人間『ラスト・バタリオン』であるカウラの顔にも怒りの表情が浮かんでいた。
「あー、頭痛い。昨日は飲みすぎたわ。誠ちゃん起きた?」
そう言ってさも当然のように入ってくるのはアメリアだった。シャワーを浴びたばかりのようで胸にタオルを巻いただけのあられもない姿でドアを開けて立っている。かなめは誠を指差す。
「アメリア!テメエはなんて格好でうろついてるんだ」
いつもならトラブルメーカーのはずの自分がトラブルを収拾しているのが気に入らないのか、かなめの声はいつもより大きかった。
「あら、誠ちゃんは元気そうじゃないの……ってかなめちゃん居たんだ。それにカウラちゃんまで……何してるの?なんだか楽しそうじゃない」
そんなアメリアの言葉に自分のあられもない姿への反省の色はみじんも無かった。それでもアメリアの言葉で誠は昨晩の馬鹿騒ぎを思い出した。
機動部隊長クバルカ・ラン中佐の『特殊な部隊』への本配属。それを祝うはずが、いつものようにどんちゃん騒ぎの末どうなったかは誠はまるで覚えていなかった。
「そう言えば今は何時ですか?今日も仕事あるんですよね」
そう言う誠にかなめが腕時計を見せる。まだ6時にはなっていない。とりあえず出勤するには余裕がある時間だった。
「あの、お三人方にお願いがあるんですが……」
誠は三人を見回す。察したアメリアはそのまま出て行った。かなめとカウラは誠の言いたいことが分からないらしく黙って誠を見つめていた。
「着替えたいんで出て行っていただけます?一応、僕も男なんで」
その言葉でようやくかなめとカウラは立ち上がった。かなめとアメリアも渋々と言った感じで誠の部屋から立ち去ろうとした。
「先に飯食ってるからな!それとシャワー浴びろよ!酒臭いからな!」
かなめはそれだけ言うとドアを閉めて去っていった。誠はゆっくりと起き上がるとアニメのポスターの張られた壁の下にある箪笥から下着を取り出した。
そしてすぐドアを見つめた。かすかに開いたドアの隙間から紺色の髪が見え隠れしている。
「あの、アメリアさん。なにやってんですか?」
そんな誠の言葉で静かにドアが閉じられた。
「全くあの三人が来てから朝から毎日こんな感じだ……さすがに疲れちゃうよ」
誠はそう独り言を言いながら着替えを始めた。