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冒険者になろう 1

「そう落ち込まないで下さいムツヤ殿……」

 ムツヤは落ち込む時、それはもう分かりやすいぐらいに落ち込む。

 どこでも座り込んで三角座りをしてコンパクトムツヤになる。

 ムツヤは冒険者のギルドに加入をしようとしたのだが、何故かモモだけが冒険者になってしまったのだ。

 時は2時間前までさかのぼる。



 ギルスの店から追い出された二人、モモは何とか誤解を解こうと考え、ある事を思いついた。

「そうです、ムツヤ殿! 冒険者ギルド付属のレストランへ行きませんか? あそこは一般にも開放されていますし、昼食の時間も過ぎていますからそこまで混んでいないと思います」

 この世界では一般的に朝と夕に食べて、昼間は気分次第だ。

 だが、肉体労働者や冒険者といった体を動かす人間は昼もガッツリと食べていく。

 ムツヤとモモも道中パンをかじってはいたが、どことなく腹が空いた感じはあった。

「でも、モモさんは俺の事嫌いなんじゃ……」

 ムツヤはまだ面倒くさい勘違いをしている、しかしモモは面と向かってムツヤに好きだと言うことが恥ずかしくて出来ない。もちろん友人としての好きではあるが。

 ムツヤに好きだと言うか、1人で熊と戦えと言われたら後者を選ぶだろう。

「私がムツヤ殿の事を嫌いなわけがありません。これだけは誓います」

 ムツヤは疑いの目を向けてくるが、冒険者ギルドと聞いてソワソワしていた。

 これならば冒険者ギルドで昼食を食べさせれば機嫌も戻るだろうとモモは考える。なぜならムツヤは単純だから……

 と、一瞬ムツヤを馬鹿にしかけた自分を戒める。

「とにかく、冒険者ギルドへ向かいましょう。そこで誤解を解かせて下さい」

 モモはムツヤの手を引いた。頭を下げてしょぼくれているとムツヤの方がモモよりも背丈が低くなる。

 種族は違えど、いじける弟とそれを引っ張っていく姉のような光景だ。

 通りが近くなり、モモは気付く。勢いで握ってしまったが、街の中をムツヤと手をつないで歩いている。

 それを意識すると急に顔が熱くなった。後どれだけ握っていれば良いのだろうか。通りの喧騒がまた近づく、このままでは人に見られる。

「ムツヤ殿! 手を繋いでいると目立つので、その、そろそろ……」

「あ、すいまぜん……」

 手を離してモモはホッとした様な少し残念なような、複雑な気持ちになったがこれで良いのだろう。

 目指す先は立派な茶色いレンガと青い屋根の冒険者のギルド、まぁ正確にはその隣のレストランだ。

 しばらく歩いてお目当ての場所へ着く。ほとんどが人間だが、エルフやドワーフといった亜人、小さな妖精も居た。

 モモはオークを見かけると手を上げて「同胞よ、幸あれ」と挨拶をした。相手も同じ様に挨拶を返す。

「知り合いなんですか?」

「いえ、オークには仲間を見かけるとそう挨拶をする習慣があるのです」

 オークは種族の平等宣言がされる前、人間から特に目の敵にされた種族であり、その人数も極端に少なくなった。

 昔から一族の仲間意識が強いオークは挨拶を重んじていたが、そうでなくても数少ない自分と同じ種族を見かけたら一言二言話しかけてしまうだろう。

「オークにはそういう習慣があって、人間にはないんですね」

「そうですね……」

 不思議そうにムツヤは言ったがモモは説明することをしなかった。しないと言うより出来ないと言ったほうが正しい。

 この話はムツヤが、もっとこの世界の生活に馴染んでからでないと理解が出来ないだろうと。

「いらっしゃいませー、二名様ですかー?」

 黒色のワンピースにフリフリのエプロンを付けた給仕服の女店員が笑顔で出迎える、それを指差してムツヤは言った。

「め、め、メイドさんだ!! モモさんメイドさんでずよ!! 俺、このせ」

 モモは素早くムツヤの後ろに回り込んだ。柔らかな薄緑色の手がムツヤの口を、鼻をふさぐ。

「二名だ」

「か、かしこまりましたー。ご案内しまーす」

 店員には少し引かれたが、それだけで済んで良かった。

 モモがホッとしていると口も鼻も塞がれたムツヤはんーんーと苦しそうに唸っており、慌てて手を離す。

「申し訳無いムツヤ殿! ですがサズァン様との約束を思い出してください」

 そこでムツヤはあっと声を出した、自分が住んでいた所の事は内緒だったと。

 だが、この世界で絶対に見たいものベスト5に入るメイドさんを見てしまい、ついテンションが上がってしまったのだ。

 と言ってもメイドではなく、ただの店員なのだが……

 案内されたテーブルで二人はメニューを見る。ムツヤは文字を読めないが、どんな文字の意味も解読できる便利な指輪を付けているのでそれは問題は無かった。

 しかし別の問題がある。

「モモさん、ペペカグって何ですか?」

 そう、ムツヤは料理の名前を知らない。小説に出てきた物や祖父のタカクが作ってくれた物は知っているがメニューの大半は知らない。

「えーっと、茹でた麺をエビとイカと一緒にニンニクとレッドペッパーで炒めた料理ですね」

 麺は知っていた。塔の中でたまに落ちている貴重な物だ、黄色いのが『ぱすた』で白いのが『うどん』だ。

「麺ってお金かかるんじゃないんですか?」

「いえ、この店でもかなり安い方ですが……」

 キョトンとしてモモは答えた。麺は中々拾えない貴重な物だったため、好物ではあるが手持ちの金で食べられるのか心配だった。

 なぜ麺は裏ダンジョンで中々拾えなかったのかと言うとハズレのがっかりアイテムだからなのだが……

「マジっすか! じゃあ俺はごの、ペペガグにします!」

 それならばとモモも同じものを頼む事にし、テーブルに台座で固定されて置かれている水晶に手をかざす。

「それって、何ですか?」

「あぁ、これは手をかざすと対の水晶が音と共に光りだして合図を送れるのですよ」

 モモが言った通り、先程の店員がやってきて「ご注文を承ります」と言った。モモがペペカグを2つと伝えるとその様子を不思議そうにムツヤは見守る。

「あの、言葉を伝えれば良いんだっだら直接話せるやつ使った方が良いんじゃないんですか?」

「いえいえ、そんな便利なものあるわけ……」

 ふふっと笑顔でそう言ったモモの表情が最後の方は真顔になった。

 あ、ムツヤ殿は持ってるなと察したのだ。

「そうよねームツヤ。全くこの世界は遅れてるわよねー?」

 その声を聞いて二人は固まった。テーブル席には椅子が4つあり、モモとムツヤは向かい合って座っている。そのムツヤの隣の席にしれっとサズァンが座っていたのだ。

「さ、サズァン様!?」

「大声出さないでムツヤ、あなた達以外に私は見えてないから」

 ムツヤは自分の口に手を当てる、ステレオタイプのムツヤの行動がサズァンは愛おしく思い目を細めた、なんてこの子は可愛いのかしらと。

「二人共黙って聞いてね。察しは付いていると思うけど、モモ? ムツヤは100km圏内だったら誰とでも話が出来る水晶を持ってるから」

 やっぱりかとモモは思った。段々この感覚にも慣れてきた。

「しかも対の玉を相手が持っていなくても良いすぐれもの。私もうっかりしてたんだけど、あなたの村の村長にもムツヤの口止めよろしくね」

 モモは黙って頷く。元よりこの街と村を往復している行商人のオークに手紙でも届けてもらおうとは考えていたのだが。

 そういう事であれば善は急げと食事を終えたらどこか人目のつかない場所でムツヤの道具を使うことにする。

「あーもう魔力持たない! それじゃあバイバイムツヤ」

 料理が届くまでの待ち遠しい時間を感じる間もなくサズァンが現れて、そして消えた。

 それから間もなく二人のもとにペペカグというパスタが届いた。

 食欲をそそるニンニクとオリーブオイルの香ばしくいい香りとパスタの中に見え隠れしているエビとイカ。

「これがペペカグですかー、それじゃいただきます」

「いただきます」

 二人は同じ挨拶をした。そこにモモは疑問を感じる。

 食事の作法は神を信じる者か、食材の命に感謝をする自然崇拝者で大きく別れており、前者は各々が信じる神に祈りを捧げ、後者は自分の為に犠牲になった命にいただきますと言う。

 オークは自然と共に生きる事を良しとするので、自ずと自然崇拝者になるが、ムツヤは邪神だが神であるサズァンの庇護下に居るようなものなのでサズァンに祈りを捧げるものだと思っていたからだ。

 当時は疑問に思わなかったが、よく思い返すとモモの家で食事を振る舞った時も同じだった。

 しかし、深く聞いてもあのムツヤ殿とサズァン様の思考なんて自分には理解できないし、想像するだけ無駄なのだろうと、フォークを手にとってパスタに挿し、くるくると巻き付けた。ムツヤもモモのそれを見て真似をする。

 ムツヤは見よう見まねで食べた、にんにくとオリーブオイルの風味は今まで味わったことのない感じで、少し辛味がある。

 フォークの先に刺さっていた白い奴、エビは知っているのでこれはイカだろう。これも不思議な歯ごたえの中にほのかな甘みがあった。

「モモさん、これメッチャ美味いですね!」

 上機嫌なムツヤを見てモモはホッとする、やっと機嫌を治してくれたらしい。モモは笑顔でそうですねと相づちをして食べていた。

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