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はじめての武器屋 3

「まずはその剣を売りに行きましょうか、良い武器屋は知っています。少し店主の性格に難はありますが……」

 街道の人目が無い時にカバンから取り出して持ち歩いていた1本の剣、これを売ってムツヤは冒険のための金策をする。

 大通りにはきらびやかな武器がずらりと並んでいた。しっかりと磨き上げられた剣や鎧から、フトコロ事情の良くない者の為の質素な物までだ。

 そんな大通りを素通りして裏路地へモモは行ってしまう。ムツヤは不思議に思うが黙って付いていくことにした。

「モモさんあっちの店じゃダメなんですか?」

「えぇ、ムツヤ殿はこの街が初めてで、私はオークですから。値段の付いている商品を買うなら良いですが、売るとなると足元を見られると思います」

 足元を見られる? ムツヤは首を傾げた後に自分の靴を、次にモモのブーツを眺めてみる。それでモモは察する。

「申し訳無いムツヤ殿、足元を見られるというのは慣用句でして」

「え、かんよう? 何ですか?」

 そうか、足元を見られるという意味を知らないのに慣用句という言葉を知っているわけがないとモモは反省した。

 ムツヤは馬鹿ではないが、人との関わりが無かったため常識がところどころ欠けている。

 それは仕方のない事なので少しずつ自分が教えていこうと思った。

「そういった事は後でご説明しますので…… とにかく通りの店ですと本来の価値よりも安く買い取られてしまう可能性があります。なので私の知っている武器屋に行きましょう」

 なぜ安く買われるのか、『かんよう』と『足元』とは何か、ムツヤは疑問に思うことだらけだったが、ひとまずそれは後でモモに教わることにした。

 大通りの賑やかな声が遠くになった頃に目的の店に着いたようだ、モモは足を止めて看板を見上げる。

『ギルスウドパンゼ』 

 ギルスのいい武器屋という意味だ。

 いい武器屋を名乗る割にはこじんまりとして、お世辞にも繁盛しているとは言いにくい。

 武器屋には大きく分けて2種類あり、1つは鍛冶場を持っている大きな武器屋。

 そして、もう1つは武器を仕入れて売り買いする仲介屋に近いこの店のような小さな武器屋だ。

 ドアを開けるとカランカランと心地よいドアチャイムの音が迎えてくれた。

 それとは対照的に気だるそうな男の声が聞こえる。

「あーはいはいお客さんチョット待ってねー」

 よっこらせとカウンター後ろの部屋から男が出てきた。

 サズァン程ではないが少し色黒の肌で金髪、額にはタオルを巻いている。

「お、モモちゃんじゃなーい、どうしたの? また剣でも研ぎに来たの? ってもしかしてそっちの子彼氏?」

「ば、馬鹿を言うなギルス!! こちらはムツヤ殿だ、訳あってこの方の旅の従者としてお供をしている」

 モモがそう言うとふんふんとギルスは腕を組んで頷いた。

「わかる、ヒジョーにわかるよモモちゃん。しかしあの一匹狼のモモちゃんを惚れさせて従者にするなんて相当やるな君は」

「いい加減にしないか馬鹿者!!」

 モモが顔を赤くしてそう言うと、悪かった悪かったとギルスは謝り、改めてムツヤに自己紹介をする。

「ようこそギルスのいい武器屋へ、俺は店主のギルスだ」

 ギルスはそう言ってムツヤに近付き、握手のための手を伸ばす。男はムツヤより少し背が高い。

「こ、ごんにぢは始めまじで! お、私はムツヤと言いますよろしくおねがいします!」

 握手のための手を完全に無視し、ムツヤは深々と頭を下げたのでギルスは肩透かしを食らってしまった。

「ムツヤ殿、こういった時は手を握りながら挨拶をするのです」

 そう言われると慌ててムツヤはギルスの手を握って、お辞儀をする。

 腕を引っ張られてギルスはバランスを崩す。

「す、すんません、俺田舎育ちで……」

「あー良いって良いって、大事なお客さんだもの」

 ギルスは笑顔を作ってはいるが、目線はムツヤが片手に握り締める剣に止まっていた。

「ギルス、どうせお前には嘘が通用しないから最初に言っておくぞムツヤ殿は少々『訳あり』だ」

 意味深にモモはそう言うが、ギルスは笑って答える。

「大丈夫大丈夫、俺はこの店で盗みを働く者以外は、冒険者から殺人犯まで誰でもウェルカムだ!」

 ギルスは徹底的に客を選ばなかった。誰からでも買うし誰にでも売る。

 良くも悪くも大衆とは違う倫理観を持っていた。

「で、その剣を売りたいんでしょ?」

 言葉に出してもいないのに自分の望みが分かるなんて、流石は商人だなとムツヤは感心する。

 だが、普通の服装で高価な剣だけを握りしめて武器屋に入れば誰だってわかるものだ。

「これ、親の形見の剣なんでず。俺は冒険者になってハーレムを作るために田舎から来ました。だからこれを買って下さい!」

 しまった、とモモはまた額に手を充てた。外でハーレムハーレム言わないようにちゃんとムツヤを教育しておくべきだったと。

「ハーレム? ってことはモモちゃんはハーレム要員1号って事!?」

「ち、違う!!」

「モモさんは違いまず、俺も勘違いしでだんですが。本当はオークは女騎士を襲わないし人間とオークが好きになる事は無いんですって」

 それを聞いてギルスはまた笑い出す。また今日も退屈な1日になるかと思っていたが、退屈せずに済みそうな予感がした。

「まぁいいや、親の形見ね。そういう事にしておくよ」

 ギルスはにやりとモモに意味ありげな笑顔を見せる。

 商売をする上でお客と仲良くなることは必要ではあるが、面倒に巻き込まれそうな事は聞かないほうが良い。

 そうでないと、善意の第三者で居られなくなってしまう。

「それじゃ査定をするから貸してくれるかなムツヤくん、俺のことはギルスって呼んでくれ」

「あ、それじゃお願いしますギルスさん!」

 ギルスはムツヤの剣を手に取るとカウンターの上に置いた。

 そして、2人には店の椅子に掛けていてくれと言い残して店の奥へと引っ込んだ。

 何が始まるのだろうとワクワクしていたムツヤの前にふわっと香ばしい匂いがする。

「ちょっとあの剣はじっくり見させてもらいたいからさ、親の形見なんだろ? これでも飲んで待っていてくれ」

「すまないな」

 そう言ってモモはカップに手を伸ばしたが、真っ黒い液体を見て不思議そうにしているムツヤに気が付いた。

「あれ、もしかしてムツヤくんってコーヒーダメな感じ?」

「いや、ダメっでいうか初めて見たもんで」

「苦いの飲めないと大人になれないよムツヤくん」

 そう言ってギルスはカウンターへ戻ってしまった。モモが心配そうに見守る中ムツヤはコーヒーに口を付けてみる。

「にがぁい」

 そう言ってムツヤは顔のパーツをクシャッと中心に寄せて、そこそこ良い顔立ちからかけ離れた変な顔を見せると、それが笑いのツボに入ったらしくモモは笑いが堪えきれなくなった。

「む、むふぅやぶっくくく、申し訳無いムツヤど」

「やっぱにがあい……」

 何とか取り繕うとしたモモだったが追撃でとどめを刺されてしまい、本格的に笑いだしてしまう。

 そんな様子を見て『楽しそうだな』とギルスは思いながら、ルーペや羽箒に磨き布をカウンターの下から取り出して査定を始める。

 柄の部分をレンズ越しに眺めたり鞘を磨いたり、そんな様子を二人も遠巻きに見ていたが、一つ一つの動作に何の意味があるのかはわからない。

 ギルスは適当な男だが金と商品に関しては真摯だ。

 相手によって値段を変えることも相手を騙すこともしない。

 だから亜人にはこの店は人気があったのだが、逆に言えばそれ故に一般の客が少ないというのもある。

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