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第44話 通い慣れてきた月島屋

 月島屋のある豊川駅前商店街の時間貸しの駐車場に着いたときは、誠はようやく解放されたという感覚に囚われて危うく涙するところだった。

 予想したとおり、後部座席に引きずり込まれた誠はかなめにべたべたと触りまくられることになった。そしてそのたびにカウラの白い視線が顔を掠める。

 そして、明らかに取り残されて苛立っているランの貧乏ゆすりが振るわせる助手席の振動が誠の心を不安に染めた。生きた心地がしないとはこう言うことを言うんだと納得しながら、さっさと降りて軽く伸びをしているランに続いて車を降りた。

「おい、西園寺……」 

 カウラが車から降りようとするかなめに声をかけたが、ランのその雰囲気を察するところはさすがに階級にふさわしかった。手をかなめの肩に伸ばそうとするカウラの手を握りそのまま肩に手を当てた。

「カウラ。月島屋だったよな。最近、あそこから回ってくる請求が増えてるんだ。別にアタシとしては文句はねえが、たまには自分で金を払って別の店に行くとか考え付かねーのかな」 

 そのランの言葉でとりあえずの危機は回避されたと誠は安心した。

 『特殊な部隊』の月島屋での飲み食いの代金はすべてランが代わりに支払ってくれていた。おかげで、週に一度は通っている誠も飲み代で給料が危なくなるようなことは無かった。

「いつもごちそうさまです。でも良いんですか……クバルカ中佐の給料って所詮公務員の給料なんて知れてますし」

 誠はそう言ってランを気遣った。

「いーんだ。アタシにはアタシを『先生』と慕ってどうしても金を使って貰いてーっていう義理堅い出来た御仁が居てな。住むところもその人のところにお世話になっている。いずれオメーも会わせてやる。義理と人情に堅い出来た御仁だ。神前よ、『義理』と『人情』の間で悩むのが人生だぞ。それだけは覚えておけ」

 そう言ってランは長身の誠を見上げた。要するにここの払いはランの給料から出ている訳ではないらしい。そのことが分かっただけでも誠は少し安心していた。

「つまんねえなあいつもあそこばかりじゃ。たまにはこのままばっくれてゲーセンでも行くか?」 

 そう言うかなめにちらりと振り返った鋭いランの視線が届く。かなめもその鋭い瞳に見つめられると背筋が寒くなったように黙って誠についてくる。

「相変わらず目つき悪いなあ……バックレるって冗談に決まってんだろ?そんなことも分からねえから姐御は特殊詐欺に引っかかるんだ」 

 かなめはいつもは付いてこないランの存在が気に入らないらしく、そう言ってランを挑発した。

「あんだって?上官に向ってなんだその口は。もう一回降格処分にしてやろうか?それに今月はまだ特殊詐欺には引っかかってねー……まー地球に出張してたから当たりめーだな」

 しかし、ランの方がかなめよりはるかに上手だった。かなめの貴族主義国家『甲武』で育ったと言う環境が、かなめの深層意識に階級へのこだわりが植え付けられているのをランは気づいていた。そしてそこに自虐を入れて見せるのもラン一流の人間操縦術だった。 

「いえ、なんでもございませんよ!副隊長殿!出張お疲れ様です!」 

 かなめが大げさに敬礼してみせる。すれ違うランと同じくらいの娘を連れたかなめと同じくらいに見える女性の奇妙なものを見るような瞳に、かなめは思わず舌打ちする。あまさき屋の前で、伸びをして客を待っていた自称看板娘の家村小夏が誠達を見つけた。

「あ、ベルガーの姐御と……クバルカの姐御に……ゴキブリ?」 

 小夏の顔は犬猿の仲のかなめを見ると明らかに汚いものを見る目に変わった。酔うと店の物を平気で破壊するかなめを小夏は徹底的に嫌っていた。

「おい!誰がゴキブリだ!客に向ってその口は何だ!」 

 そこまで言ったところでかなめの顔を射抜くような目で見つめているランがいた。

「お母さん!予約のいつもの『特殊な部隊』の人達来たよ」 

 店ののれんをくぐった三人を招き入れると小夏はカウンターで仕込みをしていた母、家村春子に声をかけていた。振り返った春子は、軽く手を上げているランを見ると笑顔を浮かべた。

「ランさんお帰りなさい。地球はどうだったの?それについに本異動ね……ちょっと長かったかしら」

 和服の似合う三十路後半の女性である春子が戸籍上の年齢では同世代のランにごく自然に語りかけていた。

「えーまあ、春子さんこれからもよろしく。うちの馬鹿共が迷惑かけてばっかりで……それにアタシもどうもこの店から足が遠のいていて申し訳ねーです。あと、地球ですが、あそこはメカが多くてもう目が回る有様で……進歩するのはいーですが、あんな世界はアタシは御免ですな」

 ランは結構高級料亭などに出入りするグルメなので、あまりこういった庶民的な店に足を延ばすことは無かった。当然、ここの費用はラン持ちなのだが、自分みたいな鬼上官がいつも居ると気まずいのではないかと言うことで気を使ってこの店を利用することは滅多になかった。

「ちっけえから気付かなかった……うげ!」 

 余計なことを言ったかなめが腹にランのストレートを食らって前のめりになった。その一撃で気が済んだらしく、ランは笑顔を浮かべると店内に入っていった。

「それより叔父貴が来てるんじゃねえのか?叔父貴は車持ってねえからな……今日は飲むから自転車に乗れねえからバスとモノレールで来るんだろ」

 かなめはそう言うと入り口に目をやった。カウラは携帯端末を手に持ったポーチに入れようとする。

「隊長はもうすぐ着くそうだ。それと茜はパーラ達の車に便乗するはずだったけど車がないと面倒だから自分の車で来るそうだ」 

「それじゃー行くぞ」

 ランはそう言っていつもの月島屋に入った。彼女はそのまま奥まで行くと暖簾をくぐった。そこには古びた階段があった。

「この店二階もあったんですね」

 誠はそうつぶやいてランの後ろに続いた。たどり着いたのは十畳ほどの座敷だった。

「気のつかねー奴だな」 

 そう言ってランは誠を見上げる。

「何が……」

 誠の態度にため息をついたランはそのまま上座に上がっていった。

「神前は下座だな。姐御の隣が叔父貴で……アメリアと茜が隣のテーブルか?」

 かなめはそう言うと下座のテーブルに座った。

「私は誠ちゃんと一緒が良いなあ……」

 いつの間にか背後に気配を感じた誠が振り返るとそこにはアメリアの姿があった。

 隣にはパーラとサラが当然のように立っていた。

「中佐殿を下座に置くなんて……できませんねえ……」

 かなめが誠の隣に座りたがるアメリアに嫉妬してわざとひねくれてそう言って見せた。

「かなめちゃんと私の仲じゃない……代わってよ……」

 じゃれあう二人を無視してカウラが誠の隣に座った。

「何どさくさ紛れに座ってるのよ!」

「ベルガーテメエ!」

 誠の隣に座ったカウラを二人がにらみつける。カウラはそれが当然だと言ういつもの無表情で二人の文句を黙って聞いていた。

「いいじゃないのそんなこと。それより茜さんは?」

 パーラはそう言いながら上座から二番目のテーブルにサラと一緒に座り込んだ。

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