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第8話(1)修羅場の閃き

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 町のレストランの片隅にて、俺たちは現状を確認する。

「まさか先生もこちらに来ていらっしゃったとは……」

「ホテルが光に包まれたと思ったら、この世界に……」

「……その時、お手洗いの近くにいました?」

「ええ」

「ふむ、我々と大体一緒ですね」

 監督が頷く。元の姿に戻った俺が口を開いて先生に尋ねる。

「あ、あの……先生は何故俺なんかのことをご存知なのですか?」

「……栄光さん、あなたとわたしは同じ専門学校生だったんですよ」

「え、えええ⁉」

 俺は思わぬ言葉に驚く。

「もちろん、あなたは声優科、わたしは漫画科、普通なら接点はほとんどないわ」

「そ、そうですよね。で、では、どこで……」

「学内での成果発表会……」

「!」

 俺はなんとなくだが思い出してきた。

「思い出してきましたか」

「ええ、ある時、その発表会の司会を本来担当するはずだったラジオパーソナリティー科の生徒が体調不良になって……」

「そうです。栄光さんが代理で司会を務めることになったんです」

 なんとなくから段々と思い出してきた。初めはそのような司会など、興味ないと断ったのだ。だがしかし、これも一つの経験だよと、同じ声優科に通っていた、御神本……そう、桃の言葉をもっともだと思い、司会を引き受けたのだ。俺は頭を抑えながら頷く。

「はいはい、段々と思い出してきました……」

「はい、お見事な司会ぶりでした」

「それは……」

 お世辞だ。緊張と慣れない司会という役割で戸惑ってばかりで内心パニック状態に近かったのが実情だ。しかし、それをここで言ってもしょうがない。先生は話を続ける。

「わたしたち漫画科の成果発表の番になったのです。その時は学生間の投票で上位に入った3作品を紹介するという流れでした。ですが……」

「ですが?」

 監督が首を傾げる。

「わたしはその時の漫画科の講師の方に気に入られていなかったので……わたしの作品の紹介をほとんどしてくれなかったのです」

「酷いわね……」

「あの講師さんなら……やりそうですね」

 顔をしかめる鶯さんの横で天が頷く。そういえば、天も同じ専門学校出身だった。

「天ちゃんも似たような被害を被ったとか?」

「ちょっとロビン、聞きにくいことをズバリ聞くんじゃないわよ……」

 ロビンさんを瑠璃さんがたしなめる。

「いや~気になって……」

「そ、それがしの場合はアニメーター科と漫画科合同授業の際にちょっと……」

 天が顔を伏せる。瑠璃さんがロビンさんを睨む。

「ロビン……」

「いや、ごめんよ、天ちゃん!」

「いえ、過ぎたことですので……」

「どこにでも一人くらいはいるのね、そういうしょうもない講師って」

「そ、それでどうなったんですか?」

「気になるな」

 青輪さんの言葉に静も同調する。皆は何故か俺の方に視線を向ける。

「えっと……なにかありましたっけ?」

「わたしの漫画についてもちゃんと紹介してくれて……しかもその場で目を通して、『面白い!』と絶賛してくれたんです」

「ああ……」

 先生の発言にそういえばそうだったかと思い出した。

「栄光さんのような学内きっての有名人にそう言ってもらえてから、わたしは自信を持つようになり、講師の方との折り合いの悪さもまったく気にせず、人気雑誌にネームを持ち込んで、見事連載を勝ち取ったんです!」

「おお~!」

「ちなみにそれが『デーモンファミリーリベンジ』、『デモリベ』です!」

「おお~‼」

 話を聞いていた瑠璃さんたちが拍手を送る。

「そうだったのですか……」

「はい、そうです」

「でも、当時とお名前が違いますよね?」

「ペンネームです。少年誌なので、男女どっちとも取れる名前にしようと編集さんと相談して決めました」

「自分は最初お相撲さんかなと思ってました」

「か、監督、余計なことは言わないで下さい!」

 監督に対し、天が突っ込みを入れる。俺が話を続ける。

「それでこちらの世界に来たと……混乱はしませんでしたか?」

「最近は勉強の為に、異世界系の漫画やアニメを読んだり見たりしていたので、自分でも引くくらいすぐに順応しましたね」

 先生はそう言って苦笑する。

「しかし、そのドレス姿、浮きませんでした?」

「ドレスはともかく、このボサボサ頭ですからね」

 先生は自分の頭を指差す。

「あ、ああ……」

「それでちょっとアレな人だと思われたみたいで……食料などは結構恵んでもらいました。異世界でも人と人の絆って大切なんですね、勉強になりました」

「そうだったのですね」

「余裕が出てきてからはお礼代わりにお店の壁に絵を描いてあげたりしました」

「それって、結構な価値のあるものなんじゃ……」

「ああ、オレらの世界に持って帰れないのが残念だな」

 青輪さんの言葉に静が頷く。鶯さんが口を開く。

「気になるのが、栄光さん?」

「ええ、ティッペ!」

「おう!」

「! さ、さっきから気にはなっていたけど、な、なに、このブサカワイサに時代が追いついていない感じの物体は⁉」

 先生は自分の顔に近づいてきたティッペに驚く。

「そいつはティッペ。スキルを鑑定出来る妖精です」

「ああ、そうなんですか、分かりました」

「理解が早くて助かります。ティッペ?」

「う~ん、彼女のスキルは【閃き】だっぺ! 常人が思い付かないようなアイディアを思い付くスキルだっぺ!」

「そ、それなら、もっと早くアイディアを出して欲しかったな……」

 俺は冗談交じりで呟く。先生は申し訳なさそうに呟く。

「わたしの性格と仕事柄……締切間際、いわゆる『修羅場』のようなギリギリな状態じゃないと閃かないんです……」

「あ、ああ、なるほど……」

「栄光さん、あなたは英雄になるということをおっしゃっていましたが……わたしにも手伝わせて下さい! この世界、行く当てもないんです! どうぞ連れて行って下さい!」

「……同じ世界の方が一緒なのは心強い、こちらこそお願いします、藍ノ浜先生」

「……海で良いですよ。本名から変えてないのはそこだけですから……海と呼んで下さい」

「は、はあ、わ、分かりました、海さん」

 俺は海に向かって頷く。しかし、ヒット作家を気楽に名前呼びにして良いのだろうか?

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