第34話 荒ぶる貴族達
「今回の殿上会か……荒れるな」
かなめはそう言うと誠を蹴飛ばした。仕方なくアメリアに続いて車から降りた誠を押し出したかなめはそのまま外に出た。伸びをしてすぐに彼女は胸のポケットに手を伸ばす。
「荒れるって?」
誠の言葉を聞きながらかなめはタバコに火をつけた。
「おい、誠。甲武の国庫への納税者って何人いるか知ってるか?」
タバコをふかしながら前の工場の敷地内を走るトレーラーを眺めながらかなめが言った。
「そんなこと言われても……僕は私立理系しか受けなかったんで社会は苦手で……」
そう答えて頭を掻く誠に大きなため息をついてかなめはタレ目でにらみつけてくる。
「三十八人。全員が荘園領主の上級貴族だ。甲武は荘園制国家だからな。荘園の主である貴族がすべての徴税権を持っている。庶民はまず荘園領主に納税し、その一部が国庫に納税される仕組みだ。まあ、そのほとんどがピンハネされて領主の手元に残るすごく効率の悪いシステムだとは思うんだがな」
カウラは迷う誠をさえぎるようにしてそう言った。
「さすが隊長さんだ。甲武の政治情勢にも詳しいらしいや。その三十八人の有力貴族はそれぞれに被官と呼ばれる家臣達が徴税やもろもろの自治を行い、それで国が動いている。まあ世襲制の公務員と言うか、地球の日本の江戸時代の武士みたいなものだ」
そう言うとかなめはタバコの煙を噴き上げる。
「けどよう、そんな代わり映えのしない世の中っつうのは腐りやすいもんだ。東和ならすぐ逮捕されるくらいの賄賂や斡旋が日常茶飯事だ。当然、税金を節約するなんて言うような発想も生まれねえ。地位が親から子に継がれるのが当たり前になるとそこに特権意識が生まれてそれが当たり前になる」
いつに無くまともなことを口にするかなめだが、彼女は甲武貴族の頂点とも言える四大公筆頭、西園寺家の嫡子である。誠は真剣に彼女の話に耳を傾けた。
「今回の殿上会の最大の議題はその徴税権の国への返還だ。親父の奴、この前の『近藤事件』の余波で貴族主義者の頭が上げにくい状況を利用するつもりだぜ」
そう言うとかなめは車の中を覗きこんだ。カウラはハンドルに身を任せてかなめを見つめていた。誠は膝に手を置いた姿勢でかなめを見上げている。
「しかし、それでは殿上会に無縁な下級士族達の反発があるだろうな。甲武軍を支えているのは彼ら下級士族達だ。特に西園寺。お前の籍のある陸軍はその牙城だろ?大丈夫なのか?」
カウラは静かにハンドルを何度も握りなおしながら振り返る。
「だから荒れるって言ってんだよ。士族達の突き上げを食らった上級貴族はどうしたって親父に逆らうようなことを言い始めるようになる。そこで、そんな貴族、『官派』の頂点に君臨する響子と平民宰相の親父が対決することになる。親父は士族なんかなくしてしまえって言う『民派』の支持で宰相を務めてるからな」
そう言うとかなめはタバコをもみ消して携帯灰皿に吸殻をねじ込んだ。
「荒れるか……九条一派と西園寺派で激論が戦わされると……なるほど。では荒れた議場をまとめる西園寺公の思惑をどう見るか四大公筆頭、西園寺家の次期当主のお話を聞こうか」
カウラはそう言うと運転席から身を乗り出してかなめの方を見上げた。
「ああ。徴税権の国家への返上問題に関しては親父は早期施行の急先鋒だが、田安公は施行そのものには反対ではないものの、そのあおりをもろに受ける下級士族には施行以前の見返りの権益の提供を条件に入れることを主張している。なんと言っても田安家には『武家の棟梁』である『征夷大将軍』としての面子が有る。そう易々と親父の提案を受け入れたら家臣に示しがつかねえ。九条家はそもそも貴族主義者の支持を地盤としている以上、今回は反対するしかないだろう。そして叔父貴は……」
かなめはそこまで言うと短くなったタバコを携帯灰皿に押し込み、再び二本目のタバコを取り出して火をつける。周りでは遅い昼食を食べにきた作業着を着た菱川重工の技師達が笑いながら通り過ぎる。
「もったいつけることも無いだろ?嵯峨隊長は総論賛成、各論反対ってことだろ?早急な徴税権の国家への委譲はただでさえ厳しい生活を強いられている下級士族の蜂起に繋がる可能性がある。あくまで時間をかけて処理する問題だと言うのがあの人の持論だ」
カウラの言葉にかなめは頷いた。
「甲武の貴族制ってそんなに強力なんですか?」
間抜けな誠の言葉にカウラは呆れて額に手を当てる。かなめは怒鳴りつけようと言う気持ちを抑えるために、そのまま何度か肩で呼吸をした。
「まあ、お前はうちでは甲武国の平民出身の西と西園寺が会話している状況を普通に見ているからな。これは隊長の意向で身分で人を差別するなと言う指示があったからだ。そうでなければ平民の出の西が殿上貴族の西園寺家の次期当主のコイツに声をかけることなど考えられない話だ」
カウラはそう言うとかなめを見上げた。タバコを吸いながらかなめは空を見上げていた。