スパイシーに溺れる
「ではユートルディス殿、そろそろ参りましょうか!」
宝物庫から出て、ランデルと一緒に今来た道を戻っているだけなのだが、全身から大量の汗が吹き出してくる。
盾と剣を預かってもらえたのは幸運だったが、金ピカの全身鎧は脱がせてもらえなかった。
このミラージュメイルがとにかく重くて、まともに歩けない。
全身分を合わせたら四十キロ前後あるのではないだろうか。
普通に歩こうとすると
ペンギンのようにヨチヨチと歩くしかなく、それだけでも息が上がる。
コメ:デバフかかってる?
コメ:ゼンマイで動いてるのかよw
勇太:こういう感じに動くおもちゃありますよね?
コメ:冷静で草
視聴者数は三十三人に増えていて、登録者数が二十五人になっている。
配信開始から二時間程度でこの人数は多いのだろうか?
コメントを見る限り、みんな楽しそうに視聴してくれているのは分かる。
だんだん歩くのが辛くなってきたので、コメントと会話をして気を紛らわせたい。
勇太:他のキャスターさん達も初日はこんな感じなんですかね?
コメ:初日で四天王を倒しに行く奴が他に居るとでも?
コメ:最初の挨拶で死にたくないから安全に行くって言っておきながら、滑舌が悪くなるスキルで魔王を倒しに行くのが普通だと思ってる?
コメ:勇者ユートルディスはお前だけだわ!w
城の外に出る頃には、心臓が破裂しそうなほど強く鼓動していた。
城は小高い丘の上にあるようで、石造りの街並みが一望出来る。
少し下った所にある石畳の広場では、兵士達が綺麗な長方形の形に整列している。
冒険の始まりを感じさせる圧巻の光景であった。
異世界に来たんだと強く認識させられ、今更ながら三億を諦めて元の世界に戻りたくなった。
脳内では、帰還という二文字の危険信号が繰り返し点灯している。
それはそうだろう。
俺がやっている事は時間をかけた自殺に等しいのだから。
「ユートルディス殿、いよいよですな。このランデルがどこまでもお供しますぞ!」
「おうてぃにきゃえりちゃいよおりぇは……」
※お家に帰りたいよ俺は……
「ほう、流石はユートルディス殿。残虐の王ネフィスアルバが
コメ:安定の滑舌w
コメ:勇太くん邪悪な気配に敏感なんだね!
コメ:返しの一言目が流石はユートルディス殿でもう吹いたわw
部隊に合流すると、俺はランデルと二人で馬車に乗ることになった。
ベージュ色の
幌には入り口があり、反対側に覗き窓用の穴が空いている。
ランデルが先に乗り込むが、俺には車輪分だけ浮いた段差がきつい。
重い鎧を着たまま歩き回ったので、マラソン後のようにヘトヘトに疲れており、片足で体を持ち上げるのは難しそうだ。
うつ伏せで滑り込むように上半身を乗せ、
俺が馬車に乗り込むと、馬の
板バネやスプリングのような衝撃を吸収する機構が備わっていないようで、車輪の反動がダイレクトに伝わる。
かっこ悪い滑り出しではあったが、冒険の幕開けだ。
コメ:アシカかな?w
コメ:まともに馬車に乗れない勇者おる?w
コメ:心拍数二百超えてて草
コメントから
椅子に座る気にもなれず、仰向けになって手足を大の字に広げて寝転んだ。
「ユートルディス殿、どうされましたかな?」
ランデルが心配してくれているが、今は黙って休んでいたい。
無視するのは申し訳ないと思うが、いつ気を失ってもおかしくないくらい頭がぼーっとしている。
激しく胸が上下し、脳が酸素を欲しているのが分かる。
「ユートルディス殿、お気を確かに!」
ランデルが深緑色の液体を持った小瓶を持っている。
俺が大量の汗をかいているから、何か飲み物をくれようとしているのだろうか。
とてもじゃないが今はまだ飲み物を口に出来るような状態ではない。
もう少し落ち着いたら貰うとしよう。
「さあ、飲み込むのです!」
「びゅひぇあっ!」
※ぶふぇあっ!
このジジイ、瓶を俺の口の中に突っ込んできやがった!
息をするのもやっとだというのに。
「お早く、お命に関わりますゆえ!」
こいつ、鼻を塞いできやがった。
お、溺れる。
今がまさにお命の危機なんだが!
「ぎぇひょっ、ぎぇひょぁ、おええええっ!」
※ゲホッ、ゲホァ、おええええっ!
し、死ぬかと思った。
火事場の馬鹿力というやつだろうか。
こんなに早く液体を飲み干したのは初めてだ。
しかも恐ろしく不味かった。
「ふぅ、危ない所でしたな。では先を急ぎましょう!」
危なかったのは完全にお前のせいだけどな!
陸の上で溺死するところだったんだが。
液体が気管に入り込んでしまったのか、咳が止まらない。
椅子に座って背中を丸め、落ち着くのを待つしかない。
シンプルな木製の長椅子なので、座り心地が非常に悪い。
コメ:陸で溺れる勇者w
コメ:ランデル殺す気満々で草
コメ:何を飲んだの?
コメ:食レポよろw
たしかに、俺は一体何を飲まされたのだろうか。
馬車の揺れも相まって吐き気を催している。
勇太:センブリ茶のような苦味と、本格的なインドカレーに似たスパイシーな香りがあった。それを無理やり誤魔化そうとしたのだろうが、気持ちの悪い甘ったるさがあり、なんとも不快な味を作り上げている。
罰ゲームだと言われても納得できるほど不味い液体だった。
コメ:食レポ上手くて草
コメ:ユートルディスは、スキル『絶望的な食レポ』を獲得した。
コメ:要らないスキルばっかり与えるな!w
「りゃんじぇりゅ、おりぇににゃにをにょみゃしぇちゃ?」
※ランデル、俺に何を飲ませた?
「今の液体は、ハイポーションという非常に高価な万能薬です。ほとんどの傷や病はこれで治ります。それと、私の名前は
なるほど、この世界にも薬のような物があるらしい。
四肢の疲労が回復している気がするし、ヘルスメーターの心拍数もいつの間にか落ち着いている。
飲んですぐ効く万能薬だなんて、この薬が地球で作れたら億万長者になれると思う。
ところで、俺が本当に勇者だったら、まずはこのジジイから殺してるってくらいムカツク事を言われた気がする。
コメ:馬鹿にされてて草
コメ:ランデル面白すぎんだろwww
コメ:ハイポーションで殺されかける勇者w
勇太:生まれて初めて殺意を覚えました。
コメ:ブチギレとるやんけw
コメ:ストレスゲージ真っ赤で草
勇太:モンスターとの戦闘以外で死にかけるのは想定外でした。
コメ:今のところ想定内の出来事一つも無いやろ!w
コメ:たしかにw
まさかこんな序盤で命の危険を感じるとは思わなかった。
それに、ランデルと上手くやっていける気がしない。
滑舌に関係なく根本的なところで相性が悪い。
昔、二週間で辞めた居酒屋バイトの店長を思い出した。
「ひゃぁ……。みょちょにょしぇきゃいにきゃえりちゃきゅにゃっちぇきちゃにゃあ」
※はぁ……。元の世界に帰りたくなってきたなあ
「何でしょうかユートルディス殿? 馬車が揺れて聞き取れませんでした」
「みょちょにょしぇきゃいにきゃえりゅちょいっちゃんぢゃ!」
※元の世界に帰ると言ったんだ!
「
ダメだ、やっぱりこのハゲは耳が腐ってやがる。
殺されかけるわ話は通じないわで流石に疲れてきた。
ヘルスメーターのストレスゲージが真っ赤に振り切れている。
コメ:俺も勇者ユートルディスのフォトンセイクリッドが見てえよw
コメ:やめたれ!w
勇太:一回寝ないとストレスで頭が焼き切れそうです。
コメ:クソワロタwwwwww
コメ:ハイポーションでもストレスは回復しないんですね!w
コメ:おやすみー!
背もたれに体を預けると、精神的な疲れからかすぐに眠ってしまった。