第11話(2)次元を超える
「うん……」
「あ、お茶菓子もどうでしょうか?」
私は打ち合わせ室に座り、紅茶を優雅に飲むザビーネさんに茶菓子をすすめる。
「ほう、これは……」
「なにか?」
「あまり詳しくはないのだが、わりと高級な菓子ではないか?」
「あ、そうですね……お陰様でそういうのも用意出来るようになりまして……」
「お陰様……自分のか?」
ザビーネさんが首を捻る。
「もちろんそうですよ! なんといってもベストセラーなんですから!」
「自分の著作がベストセラーとはな……」
「実感が湧きませんか?」
「正直言ってそうだな……」
「周囲の反応などはいかがですか?」
「騎士団寮ではわりと読まれているようだな」
「騎士団をモデルにしているお話ですからね、どんな内容なのか気になるんでしょうね」
「……なかなか気恥ずかしいものがある」
「どうしてですか?」
私は首を傾げる。
「自分の日記を人に見られているような気がしてな」
「ああ……」
「やっぱり騎士団を舞台にしない方が良かった……」
ザビーネさんが顔を両手で覆う。
「いやいや、リアリティーが出たのだから良かったですよ!」
私は慌ててフォローをいれる。
「リアリティー……」
「そうです」
「小説とはフィクションだろう? そういう要素は果たして必要か?」
「無いよりは多少なりともあった方が良いと思います」
「多少……」
「それによって、作品に説得力が生まれますから……」
「説得力か……」
「はい。全部が全部フィクションというのも考えものです」
「そうか……」
「まあ、あくまでもこれは私個人の考え方ですが……」
「いや、納得出来る考え方だ……」
「それはなによりです……他の場所では反響などは聞いていませんか?」
「ああ、王宮だ」
「お、王宮⁉」
私は驚く。
「女官を中心にして話題になっているようだ。王宮の衛兵部隊の者からそのように聞いた」
「お、王宮で話題とは凄いですね……」
「まったくとんでもないことになったものだ……」
ザビーネさんが腕を組む。
「とんでもないことついで、と言ったらなんですが……」
「ん?」
「お願いしたいことがありまして……」
「なんだ?」
「正確にはある興行会社からのお願いなのです」
「興行会社?」
ザビーネさんが首を傾げる。
「はい」
「興行会社がいったい何のお願いだ?」
「実は……ザビーネ先生の作品を舞台演劇として上演したいのだそうです」
「え、演劇⁉」
ザビーネさんが立ち上がって驚く。
「そうです」
「な、何故だ……?」
「実は私がいた異世界の国、ニッポンでの流行なのですが……」
「ふむ……」
「『2・5次元舞台』というのが流行っているのです」
「『2・5次元部隊』? すごそうな部隊だな……」
「いえ、その部隊ではなく……」
「うん?」
「舞台です」
「ああ、そうか、すまん、混乱していた……」
「とにかくお座り下さい」
「うむ……」
「その流行に乗って、こちらの世界でも小説を舞台演劇にしようという機運が高まっておりまして……その第一作としてザビーネ先生の作品に白羽の矢が立ったということです」
「ふむ……」
「いかがでしょうか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれないか?」
「なにか気になることが?」
「気になることだらけなのだが……まず聞きたいことがある」
「なんでしょうか?」
「そもそも2・5次元とはなんだ?」
「……我々がいるのが3次元の世界です」
私はテーブルを指差す。ザビーネさんは頷く。
「ああ……」
「対して、この小説の挿絵などが2次元の世界です」
私はテーブルの上に置かれた小説を指差す。
「う、うむ……」
「その間をとったのが、2・5次元の世界です」
「……」
「お分かりでしょうか?」
「……言うほど間をとっているか?」
「……細かいことはまあいいじゃないですか」
「いや、結構大きなことだろう」
「とにかくですね、ご自身の小説を元にした舞台……見てみたくはないですか?」
「む……」
「いかがでしょうか?」
「興味が無いと言えば、嘘になるな……」
「そうですか」
「芝居鑑賞も嫌いではないからな」
「それならば、舞台演劇化は了承したと伝えてよろしいですね?」
「ああ、構わない」
「それでは重ねてお願いが……」
「重ねて? なんだ?」
「出演者のオーディションです」
「オ、オーディション?」
「はい、主役の少年は一般公募から選びたいと考えておられるようです。その人選について、ザビーネ先生の意見も是非伺いたいと……」
「じ、自分は芝居については素人だ。遠慮させてもらおう……」
「国中から美少年が集まるそうですが……」
「やるからには厳しくいくぞ」
ザビーネさんはこれ以上ないくらいのキリっとした表情でオーディションを了承した。