第10話(3)エキサイティング、ダイナミック
「ザビーネ先生、本日はどうぞよろしくお願いします」
「どうぞよろしくお願いします」
「ふむ。よろしく……しかし、先生というのは少々面映ゆいな」
ザビーネがやや恥ずかしそうにする。
「早速ですが、打ち合わせの方を始めさせて頂きます」
「ああ、よろしく頼む」
「原稿を拝読させて頂きました」
「そうか」
「ですが、これはなんというか……」
「うむ?」
「その……ジャンルは何になるのでしょうか?」
「『歓迎系』だな」
「か、歓迎系?」
「ああ」
戸惑う男性に対し、ザビーネは自信満々に頷く。
「い、いわゆる『追放系』ではなく?」
「ああ、その真逆だな」
「ふ、ふむ……そうですか……」
「何か気になることでもあっただろうか?」
「い、いや、何と言いますか……君はどう思った?」
男性は隣の女性に尋ねる。女性はやや間を空けてから答える。
「……一般世間とはだいぶかけ離れているかなと思いました」
「そ、そうか? まあ、舞台は騎士団なわけだしな……」
「そうは言ってもです。限度というものがあります」
「げ、限度?」
「ええ、毎回仕事後に皆で食事を囲んでいますね?」
「あ、ああ……」
「これがありえません」
「あ、ありえない⁉」
ザビーネが驚く。
「ええ、強制的に飲みの場などに連れて行くのは『アルハラ』に繋がる恐れがあります」
「ア、アルハラ?」
「『コンプライアンス』的にもよろしくないかと」
「コ、コンプライアンス?」
「こういった点が読者から忌避されるかもしれません」
「き、忌避⁉ そ、そこまでか⁉」
「はい、そこまでです」
「し、しかしだな……若者がメインだから、彼らの飲酒シーンなどは書いていないし、基本同じ寮で暮らすのだ。食事などで顔を合わせるのは致し方無いだろう?」
「そこら辺が重荷に感じるというか……」
「それではどうすれば良いのだ?」
ザビーネの問いに男性が口を開く。
「……『非干渉系』で行きましょう」
「非干渉系?」
「ええ、個人のプライバシーが尊重される昨今。騎士団とてそれは例外ではないはずです」
「例外だ! 個人主義者だらけの騎士団など聞いたこともないぞ!」
ザビーネが立ち上がって声を上げる。
「まあ、その辺はフィクションということで折り合いをつけて頂いて……」
「折り合いって……」
「ザビーネ先生ならば、そういった騎士団の若者たちを主役に据えて、面白く、かつエキサイティングなストーリーをお書きになれるはずです。お願いします!」
「う、う~ん……個人主義者がそうそうエキサイティングするだろうか……?」
揃って丁寧に頭を下げてくる男女にザビーネは困惑する。
♢
「クラウディア先生、本日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「ふむ、先生か……悪くない響きだな」
クラウディアがいかにも悪そうな笑みを浮かべる。男性が戸惑いながら話し始める。
「さ、早速ですが、打ち合わせの方を進めさせて頂きます」
「うむ、頼む」
「原稿を拝読させて頂きました」
「そうか」
「内容なのですが……これは……いわゆる一つの……」
「ん?」
「えっと……何と言いましょうか……」
「どうした?」
言い淀む男性に対し、クラウディアが首を傾げる。
「その……おい、頼む」
尚も言い淀む男性は隣の女性に話の続きを促す。女性は若干呆れながらも、クラウディアに対しては真面目な顔つきで話す。
「これは『魔族の裏話』というようなコンセプトですね?」
「まあ、ざっくりと言うとそうなるな」
「ふむ……」
女性が顎に手を当てる。クラウディアが尋ねる。
「なにか気になることがあるのか?」
「気になること……そうですね」
「遠慮なく言ってくれ」
「……遠慮なく?」
「ああ、そうだ」
「良いのですか?」
「構わん」
「それでは、この魔族の裏話ですが……」
「うむ……」
「少々内容がマニアックではないかなと……」
「そ、そうか?」
「ええ、そうです」
「魔族の我ならではの視点だからな、そこが良いと思うのだが……」
「ユニークな視点であるということは認めます。しかし……」
「しかし?」
「読者のニーズとは乖離しています」
「なっ⁉」
黙っていた男性が口を開く。
「読者の多くが求めているのは単純明快なストーリー!」
「単純明快……それならば……」
「あ、お考えがあれば、どうぞ!」
男性がクラウディアを促す。
「魔族が勇者を倒すというのは?」
「あ~それも悪くないのですが……そこに一捻り」
「ひ、一捻り?」
「魔族の方が魔王を倒すというお話です」
「そ、そのような話を我に書けと⁉」
クラウディアが思わず立ち上がる。男性はやや慌てながらも自らの考えを述べる。
「世間が好むのは下克上のストーリー! その点魔族のクラウディア先生なら、魔王の倒し方をある意味よくご存知なはず……シンプルかつダイナミックでありながらも、『その手があったか!』と読者が膝を打つお話がお書きになれるはずです。お願いします!」
「た、単純明快とか言ってなかったか……?」
揃って丁寧に頭を下げてくる男女にクラウディアは戸惑う。