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第六話 オッサンのメンタルは繊細なんだぞ!

 セレ王国、北の華街(はなまち)クロッセル。
 そこに俺が所属していたギルド北の(ノース)傭兵団(マーセナリーズ)の本部がある。
 この森からはかなり距離がある。馬車でもないと相当歩くな。

 とりあえず森を出て、雪の退けられた整理されている道に出た。

「あっれ! お姫様、めっちゃかわいいねぇ~」

 下品な男の声が聞こえた。
 ちょい先の道の上。馬車が一台、野蛮な男たち7人に囲まれていた。身なりからして盗賊だな。
 スーツに身を包んだ紳士風の老人が盗賊の一人に腕を掴まれ、剣を首に突き付けられている。

「おやめください! 金なら払います! お嬢様に手を出すことだけはどうか……」

 執事か何かかな。あの荷室の中にお嬢様とやらがいると見た。
 盗賊の一人が荷室の扉を開け、ちょいちょいと他の盗賊を手招きする。盗賊たちは荷室の中を覗く度、「うへぇ」だの、「うひょー」だの、気色悪い下品な声を上げた。

「マジで超かわいいじゃん! ちょっと降りなよ」

 盗賊の一人に腕を引っ張られ、少女が荷室を下りる。
 純白のドレスに、黒色の肩掛け。
 黒と白が織り交ざった長い髪。長いまつ毛とツンと尖った気の強そうな目つき。雪の草原によく似合う麗しい令嬢だ。まだ年の頃は若い。14とか15ぐらいだろう。子供と呼べる歳だ。

「いいねいいね! 肌しっろいなぁ。さすが貴族様! ピッチピッチだ!」
「ねぇどんなシャンプー使ったらこんなサラサラの髪になるの?」
「聞いてどうすんだよ」
「俺も真似するに決まってるだろ?」
「お前、一か月に一回しか風呂入らないんだから意味ないだろ」
「もうそこのジジイぶっ殺して、この子と荷物奪って帰ろうぜ」

 少女はつまらなそうにため息をつく。

「はぁ。面倒ですね……」

 見りゃわかる。あの子はそれなりに強い。俺が介入せずとも、彼女ならあの盗賊たちぐらい軽く捻れるだろうな。だけどそれでドレスが汚れでもしたら気の毒だ。

「オイ、その辺にしとけ」
「あぁん?」

 俺の声に反応して、盗賊たちが一斉にこっちを向く。そんで目を剥く。
 
「り、リザードマン!?」
「初めて見たぜ」
「気持ち悪っ」

 そうだ。俺はいまリザードマンなんだよな……。
 でも気持ち悪いとか言うな! オッサンのメンタルは繊細なんだぞ!

「いいか若者たちよ。今から死ぬ気で働き口を探せばなにかしらあるぞ。世の中、どこも人の手が足りてないんだ。盗賊なんて辞めて、今からでも更生しな――」
「うっせぇバーカ!」

 盗賊の一人が剣を抜いて、俺の肩を斬りかかってきやがった。剣は俺の鱗に弾かれる。

「は? 硬っ!?」
「オッサンの忠告は――最後まで聞け!」
「ぐへっ!?」

 俺は盗賊の顔面を殴り飛ばす。盗賊は宙を舞い、馬車を飛び越え、遥か遠くまで吹っ飛んだ。
 それを見た他の盗賊たちは脱兎のごとく散り散りに逃げ始める。

「ば、化物だぁ!?」
「逃げろ!!」

「化物とか言うな!」

 オッサンのメンタルは繊細なんだぞパート2!!
 盗賊が去り、俺と執事っぽい爺さんとお嬢様だけが取り残される。

「あの、すみません。ありがとうございました」

 少女は頭を下げる。貴族ってのはプライドが高いイメージだが、この子はそういうわけでもないらしい。プライドが低いと言っているのではなく、余計なプライドを持ち合わせていないのだ。

「ま、俺が助けに入らなくても大丈夫だったと思いますけどね」
「正直に言えばそうですけど、あなたのおかげで余計な力を使わずに済みました」
「私からも礼を言わせてください。なにか謝礼の品でも……」
「いや、金品はいりません。ただ」

 俺は馬車を指さす。

「馬車に乗せてもらえると助かります」

 執事の爺さんは少女に視線を送る。『乗せてもいいでしょうか?』と目で聞いている。少女は迷う素振りを見せず頷いた。

「我々はクロッセルに向かっております。そこまでで良ければ」
「ああ、ちょうどいい。俺もクロッセルに向かっていたところです」

 執事が御者となり、馬を飛ばす。
 俺とお嬢様は荷室の中、向き合う形で座った。

「え~っと、お嬢様」
「敬語は結構です」
「んと、じゃあ……君、リザードマンが相手でも平然としてるね。怖くないの?」
「私の居た街では異種族は珍しくありませんでしたから。エルフやドワーフ、ハーピー等々……だから異種族をそこまで恐れることはないです」
「へぇ。でもクロッセルにはそこまで異種族はいないよな……どっから来たんだ?」
「フォルカスです」
「フォルカス? クロッセルよりもさらに向こうにある街じゃん。どうしてこんなとこまで? この辺りなんにもないでしょ」
「神竜を見に来たのです。ここなら良く見えると聞いたので。フォルカスは神竜のルートからは外れているので今日はじめて神竜を見ることができました」
「神竜を見るためにわざわざこんな治安の悪いところまで来るなんてね。お嬢さん、冒険家だねぇ」
「お嬢さんと呼ばないでください。私はユウキ=ラスベルシアと言います」
「おっと、これは失礼。俺はダンザ=クローニンだ」

 貴族の少女――ユウキは、どこか儚げと言うか、諦観しているというか、見た目の若さに反して大人びていた。

「それにしてもダンザさん、あなたはお強いのですね」

 ユウキはそう言った後、初めて微笑みを見せた。

「……ここまで来た甲斐がありました」
「?」

 会話が止まったので、無理に繋ごうとはせず、窓から外を覗いた。

 馬車に揺られながら、俺は街に着いた後のことを考える。

 やはり、頭に浮かぶのはアイツらのことだ。ザイロス、カリン、ムゥ。
 もしもアイツらが俺の墓を自腹で作っていたら、許してやらんこともない。最低限反省してりゃ、心優しき俺は彼らを見逃そう。
 だが、もしそうでなければ……。
 神竜の囮にされた借り、きっちり返さないとな。

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