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第25話 青=白?

「なんだったんだ? さっきの感覚……」

 天井を見つめながら、先ほどの夕暮れの記憶を思い出す。
 アオに対して、アオの体に対して、俺が興奮していた? ありえないだろ……。

「~~~っ!」

 いや、認めよう。俺はアオに対して僅かながらも興奮していた。
 性欲ってやつを、抱いていた。

「うがああああああっっ! なんだこれ、めっちゃ恥ずかしい!」

 枕に顔を埋め、足をバタバタさせる思春期高校二年生。
 なんだこの罪悪感! それとも背徳感と言うのか!? アオに対してああいう情を抱くってのがこれ以上なく悪いことに感じる。
 俺はアイツのことを兄妹のように思っていた。だから、きっとこんな気分になってるんだろうな。

「それにしても……さっきのアオの声」

 ハクアたんにそっくりだった。
 ここ最近はよくハクアたんの声を聞いていたから、わかる。

 偶然か? 偶然、あの時だけ、アオの声が寄っていただけか?

 なんだこのモヤモヤ……なにかが引っかかる。

「あっ、やべ」

 そろそろ6期生のコラボ配信が始まる。
 色々あって今日は三種の神器を用意できなかった。仕方ない、麦茶とせんべいで代用だ 

『あ、始まったみたい』

 というハクアたんの言葉と共に配信が始まる。

『じゃあみんな、準備いい? せーのっ……』

 6期生は声を重ねて、

『『『皆さんこんばんは! エグゼドライブ6期生です!』』』

 月鐘かるな、天空ハクア、七絆ヒセキ、蛇遠れつ、未来ぽよよ。全員揃っている。この5人が揃うと輝きが半端ないな。
 今日はトークライブ。次々と切り替わるトークテーマを元にひたすら喋りまくる配信だ。

『そういえばハクアとかるちゃん、来週ブレシスでバトるんでしょ?』

 ヒセキ店長が来週のゲーム企画について触れる。

『うん。今回は私、本気の中の本気だから! かるなちゃまに勝つよ!』

 気合十分、といった声だ。

『へぇ、6期生最弱王決定戦ってわけだ』

 れっちゃんは笑みを含んだ声で言う。

『でもでも、これまでは圧倒的にかるなちゃまの方が強かったぽよね』

『そうだよ。ハクアちゃんには悪いけど……かるなちゃま、負ける気全然しないよっ!』

『そうだねぇ~、ハクアはゲーム下手だからなぁ~』

 ヒセキ店長がハクアたんを煽る。

『それじゃあ6期生の皆さん、しかと来週の配信見ててください。かるなちゃまが無様に負ける姿をお届けしましょう』

 っと、これは堂々とした宣言! ハクアたんにしては珍しい、荒っぽい言葉遣いだ。
 あのかるなちゃまも開いた口が塞がらない。

『いや……いやいやいや! さすがに絶対、ハクアちゃんには負けないって!』

『いやぁ、でもこの自信、かるちゃんやばいんじゃない?』

『これはゲーム最弱が入れ替わるかもね~』

『むむむむむ……!』

 ハクアたんとかるなちゃまの間で火花が散る。
 これでかるなちゃまも完全にスイッチが入っただろう。来週の決戦、お互い全力の勝負になる。


 配信が終わり、22時。

「それにしても大胆な発言でしたね」

 ハクアたんとのゲーム特訓の時間だ。

『舐めプレイしているかるなちゃまに勝っても意味がないからね。あれぐらいの挑発はしないと』

 対戦しながら会話する。

 最初の頃に比べたら本当に成長したな。
 このゲームはお互いに3つのライフがあり、1度キャラクターが画面外に吹っ飛ばされるとライフが1つ減る。

 これまでガチで対戦したら俺は1つのライフも削られることなくハクアたんのライフを削り切れた。でも今は1ライフは削られる。俺がかるなちゃまの持ちキャラを使うというハンデを背負ってるとはいえ、素晴らしい進歩だ。

 ただまだ、かるなちゃまには劣る。あと6日でどれだけ詰められるか……。

『絶対勝たせてね。昴くん』

「もちろんです!」

 それから時間いっぱい特訓をして、通話を切る。

「……やっぱり」

 同じだ。同じ声だ。 
 背中越しに聞いたアオの声と、ハクアたんの声は……一緒だった。

「もしかして」


 アオがハクアたんなのか……?


「あ!!」

――ようやくわかった。

 この前、ハクアたんと電話した時に感じた違和感の正体が。このモヤモヤの正体が。
 あの日、電話しながら愛の叫びをした際、隣から妹が大声で怒鳴ってきた。
 その時の妹の言葉は“うるせぇ、何時だと思ってるの”だ。なのにハクアたんは“あはは、妹ちゃんに怒られちゃったね”と言った。

 なぜ怒鳴ってきたのが妹だとわかったんだ? 

 あの時、妹は俺を兄だとは呼んでいない。

……もしもアオがハクアたんだったなら辻褄が合う。

 でも、幼めの女子の声を聞けば妹の声だと思うのは当然ではある。だって俺は高校生、娘という線はない。他に可能性があるとすれば従妹とか彼女だが、時間帯が時間帯だったしな。誰でも妹の声だと思うだろう。

――しかしもう一つ、アオがハクアたんかもしれないと思う要因はある。

 それはアイツが朝影姉妹を知っていたことだ。普通、あの姉妹と関わりを持つ機会はない。綺鳴は不登校生で、麗歌は一個下だったわけだからな。

 アオが朝影姉妹と面識があったことも……アオがハクアたんだったのなら、辻褄が合う。

 しかしアオはかなり顔が広いし、風紀委員なのだから不登校生……問題児であった綺鳴と何らかの機会に会った可能性も全然ある。アイツはクラスで不登校生とか居たらそいつの家まで訪ねるタイプだ。一年の時、綺鳴とアオが同じクラスだった可能性もある。

 どの根拠もそれぞれ否定材料も存在するな……。

「……うっ……」

 もしアオ=ハクアたんだったら、俺は……どう反応すればいい。
 これまでのハクアたんとの通話の内容も、相手がアオだと思うと恥ずかし過ぎる。

 どうする? 直接アオに聞くべきなのだろうか。それとも――
 

 ---


 朝になって、登校した俺は最後尾の席に座る綺鳴を見て驚いた。

「こおおおおおおお……!」

 綺鳴は頭に“必勝”のハチマキを巻いて、手にはブレシスの攻略本を持っている。

「ど、どうした? えらい気合入ってるな……」

「はい。どうしても負けられない戦いがあるのです」

 綺鳴は声を絞って、

「……すべて完璧なハクアちゃん、そのハクアちゃんに唯一私が勝ってるのがゲームです。ゲームですら、ハクアちゃんに負けるわけにはいかないのです……!」

 綺鳴は不意に笑顔を作って、それはもう抱きしめたくなるぐらい(いと)おしいお顔で、

「兎神さんはもちろん、かるなちゃまの応援をしてくれるんですよね?」

 2人の女に同時に告白された気分だ。
 しかもどっちも裏切れないときている。

 多分、不倫する男ってこんな気分なんだろうな……と思いつつ、

「もちろんだ! 俺はだいふくだからな!」

 グッドサインと共に言い放つ。

 すまん綺鳴。今回ばかりは俺はハクアたんの味方だ。めちゃくちゃ“そう言ってくれると思ってました!”てな感じの笑みを浮かべてくれているけど、バリバリお前のプレイ動画を研究して弱点とか教えてる。

 もし俺がハクアたんの味方だとバレた時の危険性がぐんぐん引きあがってやがる。後で麗歌に念押しの口止めをしておこう。



 そんな罪悪感を抱えながらも授業を乗り切った俺は、放課後、ウチの玄関の前で会いたくないやつに会ってしまった。

 そいつは俺ん家の玄関の前の手すりに背を預け、俺を見つけると待ってましたと言わんばかりに手すりから背を離した。

「げっ」

「“げっ”、ってなに? ひどくない?」

 黒崎青空が待っていた。 

「ねぇ、顔赤いよ? もしかして昨日のこと気にしてる?」

「き、昨日なんかあったっけ?」

「――はぁ。まさか真に受けてるの? ちょっとからかっただけで……私のこと意識しちゃった?」

「い、意識なんてしてるわけねぇだろ!」

「ふーん」

 アオは小意地が悪い目で俺を見た後、パチン。と胸元のシャツのボタンを1つ外した。浅い谷間と、白いブラの端が視界に入る。
 俺の目線はアオの胸元に直進し、ポタリと一滴の鼻血が落ちた。俺は慌てて右手で鼻を隠す。

 アオはクスりと笑って、

「わっかりやすいね、相変わらず」

「うっせぇ! つーか、風紀委員がそんなことしていいのかよ!」

「……私、兎神くんが思ってるほど真面目な子じゃないよ? あ、そうだ、本件を忘れるところだった」

 アオはカバンから小さな袋を取り出す。袋の中にはクッキーが入ってる。

「好きだったでしょ? チーズクッキー」

 クッキーは全部兎の形をしている。

「色々とお世話になったからそのお礼」

「お! 懐かしいな。お前の母さんがよく作ってくれたやつな」

「今回は私の手作りだよ」

「ありがたく貰っとくよ」

 俺はクッキーを受け取る。

「用はそれだけ。またね、兎神くん」

「あ、待った!」

 帰ろうとするアオの手を、俺は掴んで止めた。

「……兎神くん?」

「お、お前に聞きたいことがある」

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