第22話 限界のサイン
ハクアたんとの修行が始まって1週間後の朝。
最近では当たり前になっている風紀委員の出迎えを俺は受けていた。
「おはようございます」
挨拶する風紀委員たちの顔色は暗い。
こういう挨拶運動ってメンバーでローテーションするはずだが、顔触れに変化はほとんどない。アオも毎日いる。よく見ると、1年生と2年生はいるのに3年生はほとんどいない。
「おはよう、兎神くん」
アオが挨拶してくる。
ニコニコの笑顔を顔に張り付けて。
一見、心配ないように見えるだろう。元気に見えるだろう。だけど、
「……アオ、昼休み話がある。屋上に来てくれるか?」
「え? なに、告白でもするつもり?」
冗談っぽくアオは聞いてくる。
「真面目な話だ。いいから来てくれ」
「……うん、わかった。でも屋上は入っちゃだめだから、屋上の扉の前でいいかな?」
「了解、それでいこう」
仕事の邪魔にならないよう話はそこで切り、言いたいことは昼休みに持ち越すことにした。
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屋上へ繋がる扉の前、物置同然となっているその場所で、何年前からあるかもわからない段ボールに腰を落ち着ける。待つこと数分でアオもやってきた。
「それで話ってなに?」
またニコニコの笑顔だ。
「……お前、最近眠れてるか?」
「え?」
「飯はちゃんと食ってるか? ストレスを抱え込んじゃいないか?」
「えーっと、カウンセリング? どうしたの兎神くん、私はほら、この通り元気――」
「お前がバカみたいにニコニコしてるのはな、限界のサインなんだよ。小学生の時、習い事をやり過ぎて1日も休みがなかった時も、中学生の時、38度の熱を出した時も同じ顔をしてた。……俺が不登校だった時も同じ顔をしていたな」
アオはニコニコ笑顔を崩し、眉を八の字にする。
「普段は鈍感なクセに、妙なところで鋭いよね」
「伊達に幼馴染やってねーよ」
アオは口元だけ笑わせる。
「……朝の挨拶、3年生はいつもいないな。なにしてるんだ、アイツら」
「風紀委員長の早川先輩を筆頭に、最後の大会をキーワードにしてみんな部活に
「説得はできなかったのか?」
「早川先輩とは何度も話した。けど駄目だったよ。まぁ一つだけ、先輩を引っ張り込む方法はあるんだけどさ」
「その方法ってのは?」
「この前ね、早川先輩と話した時に言われたんだ。“アオちゃんがキスしてくれたら出てもいいよ”ってさ」
「なっ……!?」
胸の底から、怒りが湧いてくる。
「あの野郎」
俺が拳を握ると、アオは「駄目だよ」とすぐさま制止してきた。
「ただの冗談だよ。本気にしちゃダメ」
「……わかってる。だけど、このままにしておいていい問題じゃないだろ。委員長一人だけならともかく、3年全員いないんじゃ1年2年の負担が半端ないだろうが」
「兎神くんの言う通りだけど、どうしようもなくてね。風紀委員の顧問である新木先生にこのことを相談する手もあるんだけど、それをやっちゃうと厳しい新木先生のことだから3年生全員を委員会からクビにしちゃう可能性があるんだよね。そうなると本末転倒と言うか」
結局3年が抜けた穴は埋まらないことになる。
「それに早川先輩、弁は立つからさ、先生が上手く言いくるめられちゃう可能性もある。だから私たちで何とか乗り切るしかないんだよ」
「風紀委員の仕事って朝の挨拶だけじゃないだろ? 他にも色々仕事があるはずだ」
「うん。朝は挨拶運動、放課後は校舎の見回りと各教室・設備の施錠チェック。他にも風紀強化期間内は持ち物検査と制服チェックを週に2回ずつね。私の場合はこれに加えて1日のチェック内容、違反した生徒の名簿とかをレポートにまとめて先生に提出する仕事もある」
「……あと1週間とはいえ、3年生抜きじゃやっぱりきついだろ。ちゃんと引き継ぎもされてないんだろうし」
「いいんだよ、もうあの人たちにその辺の期待はしてない。どうせいずれは1年生と2年生だけになるんだから、その予習だと思えば……」
と語ったところで、不意にアオの足元が揺れた。
俺は咄嗟にアオの肩を抱き、支える。
「……っ!」
「まったく、相変わらずやせ我慢が下手だな。保健室行くぞ。今から放課後まで寝かせてもらえ」
チャイムの音が鳴り響く。昼休みが終わったようだ。
「ほれ」
アオに背を向け、膝をつく。
「え? なにしてるの?」
「おんぶしてやるよ」
「い、いいって! 恥ずかしいし!」
「今のチャイム聞いたろ? もう昼休みは終わった。廊下を歩いてる生徒はいないよ。人目のつかない道を選べば誰にも見られねぇって」
「……」
アオは渋々、俺の背中に乗った。
だけど全身を俺に預けたわけじゃない。アオの右腕はしっかり俺の体をホールドしているが、左腕は俺の背中とアオの体の間に挟み込まれており、体が密着しないようにしてある。
高校生だしな。昔みたいに全身べったりはさすがにアレか。持ちづらいけど仕方ない。
アオを持ち上げ、保健室まで運ぶ。……高校生になったから体重はそれなりに増えていて、結構きつかった。
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放課後になって、俺は綺鳴にアオのことを報告した。
綺鳴は話を聞くと、「酷いです!」と頭に角を生やした。
「帰宅部イコール暇人だなんて、偏見ですよ!」
そこかい。
「家の手伝いをしている人や、塾に行かずとも学校の予習や復習、自分で勉強している人たちもいるのです! 私みたいに配信を――」
「わかったわかった。でも今はその3年に文句言ってる余裕もないんだ」
「兎神さんはどう動くつもりなんですか?」
「アオが無理しないよう、俺も風紀委員の仕事を手伝おうと思ってる。できる範囲でな。とりあえずこの強化期間を乗り切って、その後で先輩の問題は片付けようと思う」
「では私も手伝います! ……引きこもりのできる範囲で」
というわけで、俺と綺鳴は二人で保健室に向かった。
保健室に入ると、ちょうど保健室を出ようとしているアオに出会った。顔の血色が明らかに良くなっている。
「もう大丈夫そうだな」
「うん。いっぱい寝たからね。色々ありがと、兎神くん」
「これから委員会の仕事か?」
「そうだけど……」
「俺たちも手伝うよ」
「アオちゃん、私たちにできることは何でも言って!」
アオは小さく笑い、
「ありがとう。じゃ、お言葉に甘えようかな」