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第20話 風紀強化

 6月がやってきた。中(だる)みの季節だ。
 大型連休もなく、大きなイベントもない。当たり障りない日常を過ごすひと月。

 眠れませんと宣言しておきながら昨夜はぐっすり眠れた。ハクアたんとの長時間通話は俺の体力をゴリゴリ減らしていたらしく(過度な緊張のせい)、ベッドで横になったら数秒で暗幕が落ちた。

「わかりました。今のところ順調、ということですね」

 学校前の畑道でたまたま麗歌と会った俺は、昨日の特訓の成果を報告した。

「ところで先輩、そのニヤケ面はなんですか?」

「いやぁ、まさかハクアたんにおやすみなさいって言われる日が来るなんてな~。まだ頭の中にあの時の声が響いてるぜ」

「気持ち悪いですね」

「そんな真顔で罵るなよ……」

 学校の前の坂に足を乗せたところで、なぜか麗歌の顔が険しくなった。
 校門の方を見ると、風紀委員が並んで挨拶をしていた。

「おはようございます!」
「おはようございます!」
「おはようございます!」

 と機械のように挨拶を繰り返す。

 中には当然アオも居る。

「よっ、アオ」

 俺が声をかけると、アオは目を泳がせながら、

「お、おはよう~。兎神くん……」

 と返した。なんだ、このよそよそしい反応。駅前でカップルのキス現場を目撃した中学生みたいな反応だ。アオは俺から目を逸らしたり、合わせたりの繰り返しをする。

「……アオ先輩、これは何をしているのですか?」

 どこか厳しい目つきで麗歌は聞く。

「挨拶運動だよ。風紀委員の会議で今日から2週間を風紀強化期間にすることにしたんだ。これはその活動の一環」

「まさか、これから2週間、毎朝挨拶運動を?」

「うん。大変だけど仕方ないよね」

 挨拶運動ってなんか意味があるのかね? 目的は全員に挨拶を習慣づけさせることだと思うが無理無理。ここではチャラ男もギャルも挨拶するだろうが、ここ以外じゃ先生とすれ違おうが挨拶なんてするわけない。

 さすがにこの場じゃそんなこと言えねぇが。

「……」

 ふと麗歌の方に目をやると、麗歌は首に汗をかいていた。

「どうした麗歌?」

「いえ、なんでもありません……」

 麗歌はアオに「無理はなさらず」と言い残して校舎の方へ歩いていった。俺も「じゃあな」と言って、自分の教室へと向かう。

 頭の中には去り際の麗歌の青白い顔が焼き付いていた。


 --- 


 そうそう、現状の朝影綺鳴がクラスでどういう扱いをされているかと言うと、ほとんど影に同化している。
 復帰当初こそチヤホヤされていたが、その補正が切れた瞬間、綺鳴は息をひそめるようになり、今はボッチを極めている。決して悪いことではないと思う。綺鳴自身、これが楽なのだろう。たまに後ろの席を見ると一人で楽し気に漫画を読んでいたりしてるしな。

「兎神さん! 兎神さん!」

 背中を細い指でツンツンと突かれた俺は、思わずにんまりしそうになる顔を必死に引き締め、振り返る。

「ん? どうしたぁ?」

 ちょっとだけ声が上ずってしまった。
 仕方ないだろ。だって今の声ちょっとかるなちゃま寄りだったのだもの。

「聞きましたか? これから2週間、風紀強化期間だって」

「ああ、アオから聞いたよ」

「……アオちゃん、大丈夫でしょうか」

 今の綺鳴の表情は、さっきの別れ際の麗歌の表情に似ている。
 もしかしたら麗歌もアオのことを心配していたのだろうか。しかし、そこまで心配することか? 確かに朝早く来ることはしんどいし、他にも放課後居残りで何か作業をするのだろうけど、体を壊すほどの重労働はないだろう。アオは部活もバイトもやってないから、風紀作業以外に特別仕事はないはずだ。

「大丈夫だろ。別にアイツ、風紀委員長でも副委員長でもなく、ただの一役員なんだからそこまで大変な仕事は任せられないさ」

「……そうだと、いいのですが」

 まだ綺鳴の表情は浮かない。

「心配するな。もしアイツが限界になったらすぐわかる」

「え? どうしてですか?」

「アイツとは小・中・高とずっと同じ学校だからな~。俺にはわかるのさ、アイツの限界のサインがよ」

「ほぉ~、へぇ~」

 綺鳴は目を細め、所謂ジト目で見てくる。

「……なんか、ちょっとジェラシーです……」

 ブツブツとなんか言ったが聞き取れなかった。コイツ、たまにボソッと俺にも聞こえない声で呟くんだよな。それで“なんて言ったんだ?”と聞くと大抵なんでもありません! と返ってくる。ゆえに、俺は聞き直すことはしない。

 10分休みが終わって3時間目が始まる。
 大丈夫だ、と言いつつも、俺はアオのことが気になっていた。


 わかったわかった。みんながそこまで心配するなら、昼休みに一度様子見に行ってやるよ。

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