第15話 プロローグ・ブルー
俺が黒崎青空と出会ったのは小1の時だった。
今でもよく覚えている。
隣の部屋に引っ越してきたアオとその母親が菓子折りを持ってあいさつに来たのだ。
母親のズボンを掴んでいたアオを俺は男だと思った。青い髪は短く揃えられていたし、半袖半ズボンという恰好だったし、小学一年生だったから胸も出てなかった。一人称も『ぼく』だったしな。
母親同士で何の得にもならん世間話を暫く続けた後、アオの母親は母さんの隣にいた俺に目を向けた。
「ところで、お子さん何歳ですか?」
「昨日7歳になったばかりなのよ。ほら、挨拶なさい」
俺はアオの目の前まで歩き、
「おれ兎神昴! お前は?」
俺が聞くと、アオは俯き気味に、
「黒崎、青空……だよ」
昔のアオは、今のアオからは想像できないほど内気だった。
それから俺たちは毎日のように遊んだ。やっぱり隣の部屋同士だと誘いやすいし、近所に同級生が居るというのは小学生の俺にとってなんか凄く新鮮だった記憶がある。
アオを女だとわかったのは出会ってから三か月後のことだったかな。母さんが仕事でいなくて、俺は黒崎家にお世話になった。それでアオのお母さんから風呂に入っていいと言われたから、俺は裸でアオの部屋に突入したのだ。
「アオー!」
「あ、昴くん……わあぁ!!!?」
アオは俺の裸を見て目を手で覆った。
「な、なんで裸なの!?」
「おばさんが風呂入れってさ。一緒に入ろうぜ!」
「だ、駄目だよ! 恥ずかしいもん……」
「え? 男同士なのに、なにを恥ずかしがることがあるんだよ?」
カチン。とアオが石のように固まった。
「……ぼく、男じゃないもん……」
涙目で、アオは言った。
「はぁ? なに嘘言ってんだよ」
「嘘じゃない……」
声を震わせながらアオは言う。
「ぼく……女だもん」
「お前が女なわけないだろ。だってお前」
あー、ここからはちょっと恥ずかしいエピソードだ。
「おっぱいないじゃん」
俺は無神経に、アオの胸をまさぐってしまったのだ。小学一年生とはいえ、酷い所業である。
実際、触った感触的に男の胸板と大差はなかったんだけど、
「あ……あぁ……」
わなわなと震えた後、アオは右手を振り上げて、
「ばかぁ!」
平手打ちを兎神少年の頬にぶつけたのだった。
胸では男女の判別はつかなかったが、その反応で女子なんだとわかった。
アオが女子だとわかった後も、俺はアオと変わらず遊び続けた。
そんでいつだったか……そうそう、小学五年生の時だ。
アオは学級委員に選ばれて、その辺りから正義感が強くなっていった気がする。その正義感からアイツは、先生に内緒でゲーム機で遊んでいる生徒に突っかかった。
「学校にゲーム持ってきちゃダメなんだよ!」
注意された男子生徒は大柄で、ガキ大将的な奴だった。
「うっせぇな、別にいいだろ」
「よくないよ! みんなルールを守って生活してるのに、1人だけ許されるわけないでしょ!」
「ルールなんてもん、オレには関係ないね! ルールがなくてもオレは生きていける」
なんて格好つける男子生徒。いっちょ前に一匹狼気取りだ。痛々しいね。
「今すぐやめないと先生に言うよ!」
男子生徒は舌打ちし、机にゲーム機を置いて、両手でアオの体を押した。
「きゃっ!」
アオは足を捻って、そのまま尻もちついた。
「へっ! ざまぁみろ! いつもいつもルールルールってうぜぇんだよ!」
とここで、兎神少年が現れる。
「うぜぇのはお前だ」
兎神少年は机にあったゲーム機を奪って、窓の外にゲーム機を持った手を放り出した。
「あ! 俺のゲーム! か、返せよ!」
「やだ。だってお前、ルール関係ないんだろ? だったらおれがお前から何を盗んでも、お前のモノを壊しても、犯罪じゃないぞ!」
俺はユラユラとゲーム機を持った手を揺らし、挑発する。
「わ、わかった! 学校でゲームはもうやらないよ! それでいいだろ!」
「それだけじゃねぇ。アオに謝れ! アオはいつもいつも、みんながめんどくさがる事も一番になってやってくれてるんだぞ! お前が掃除当番サボった時だって、アオが代わりにやってくれてたんだ! なのにさっきのは……あんまりだぞ!」
俺が怒鳴ると、男子生徒はアオに謝った。
「ご、ごめんなさい」
そして時間が過ぎて、放課後。
俺は足を挫いたアオをおんぶして、帰り道を歩いていた。
「大丈夫? 重くない?」
アオとランドセル2つ。
正直けっこうきつかったのを覚えてる。
「大丈夫! おれ、鍛えてるから! 父さんもいないし、ウチには女しかいないから、おれが強くなってみんなを守るんだ!」
なんかの漫画に影響されていたのだろう。俺もアオと同様、正義感溢れる少年だった。
「……ぼくも、守ってくれる?」
そう聞かれた俺はすぐさま「もちろんだ!」と返した。そして続けて、
「だってアオはおれの妹みたいなもんだしな!」
「妹、かぁ」
「ん? いや妹ってより……弟かな!」
「……弟」
「なんか
たしか、この時おんぶした感触がほぼ男子と変わらなかったからそう思ったんだ。まだ胸も平坦だったし。二つ下の妹よりも胸がなかった。
「ぼ――わたし、女の子だもん……」
涙声でアオは言った。
「……女の子だもん……」
そして間違いなく泣いた。
「あ、わりぃわりぃ! 女の子! アオは女の子だよ!」
さすがの兎神少年も失言だったと気づき、慌ててフォローする。
その次の日だったかな、アオがヘアピンをつけて、スカートを履いたのは。
本音を言うと、俺の中ではアオは今でも弟だった。それか男友達ってところだ。異性という意識はまったくなかった。
でも、その意識は高2の6月上旬に、あっさりと崩れることになる。