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第39話 伝えなきゃダメなのに

 この数日、私はずっと、意図的にオウマ君を避けていた。
 だって、近くにいたらドキドキしてしまうから。自分が魅了の力にかかっていると、嫌でも自覚してしまうから。

 それを認めたくなくて、今だって早急に離れようとしていたけど、そんな私の態度は全部バレていた。

「ねえ、何で?」

 急にそんな態度をとられたんだから、気になるのは当然だ。そして私も、ちゃんと事情を話さなきゃいけない義務がある。魅了にかかってるって、今度こそ言わなきゃいけない。
 そう思っていながら、出てきた言葉はさっきまでと何も変わっていなかった。

「そ、そんなことないって」

 違いがあるとすれば、そう告げた私の声が、僅かに震えていたこと。そして、それを聞いたオウマ君が、明らかに納得していなかったことだ。

「じゃあ、どうして今も逃げようとするんだよ!」

 見え透いた言い訳に苛立ったのか、またも掴むように、こっちに向かって腕を伸ばしてくる。
 だけど、オウマ君の手が触れようとしたその瞬間、私の手が素早く動き、反射的にそれを弾いた。

「やっ──!」

 バシッと辺りに音が響いたかと思うと、それっきり、オウマ君の動きが止まる。
 それから少し遅れて、彼の顔が悲しそうに歪む。

「ご、ごめん──」

 告げられた謝罪の言葉。だけど悪いのは、明らかに私だ。いきなり変な態度をとって、なのに何も話さない。こんなんで納得しろって方が無理な話だ。

「───っ!」

 だけど私は、何も言う事ができなかった。一言も発っせないまま、彼に背を向けると、逃げるようにしてその場を去っていく。
 そして、オウマ君の姿が完全に見えないところまで歩くと、立ち止まり、盛大に頭を抱えた。

「うわぁー、なんで逃げたりしたの! あそこはちゃんと謝らなきゃいけないとこでしょ。それに、魅了されてるってこと、ちゃんと言わなきゃいけないのに!」

 やらかしてしまったと後悔しながら、胸の奥にこもった思いを吐き出すように叫ぶ。
 だけどその後、今度はそれとは反対に、小さな声で、ボソボソと呟く。

「でも、私まで魅了されたって知ったら、オウマ君どう思うのかな? ショックだろうな。それに、もうオウマ君の側にはいられなくなるかも」

 口にした瞬間、もう何度目かも分からない胸の痛みを感じた。
 ただ今回はいつもと少し違っていて、そこにドキドキはなく、ただ苦しいだけだ。

 何度も本当のことを言わなきゃいけないと思って、だけど未だ言えない理由がこれだった。

 私がオウマ君の側にいられたのは、魅了の力がきかない、唯一の女の子だったからだ。それにより、力を制御する特訓に付き合えたからだ。

 その大前提が崩れてしまったら、もう彼の側にいる理由がなくなってしまう。オウマ君にとって、私はもう必要なくなってしまう。そう思うと、モヤモヤとした嫌な気持ちが広がっていく。

「変なの。このままじゃ、どのみち側にはいられないってのに。こんな風に思うのも、魅了にかかってるせいなのかな?」

 大きくため息をつきながら呟くけれど、その声に答えてくれる人は誰もいなかった。








 オウマ君に謝って、ちゃんと全ての事情を話した方がいい。そうは思っても、再び話しかけることもできないまま放課後になり、憂鬱な気分で家に帰る。
 そんな私を出迎えたのは、傍らにレイモンドを従え、満面の笑みを浮かべたお父さんだった。

「お帰り、愛しの娘よ。今日も良き日だったかい?」
「はぁ──」

 質問の答えは、このため息だけで十分だろう。元々楽天的な人だったけど、オウマくんの家から資金援助を受けるようになって以来、いよいよ頭にお花畑ができたような浮かれっぷりだ。
 もしこれで、実は依頼を果たせてませんなんて言ったら、いったいどうなってしまうのだろう。

「何か用? 何もないなら、部屋に戻りたいんだけど」

 悪いけど、今はとても付き合える気分じゃない。
 いつもなら私がこんな対応をした時、お父さんはしょんぼりしながら引き下がる。だけど、今回は違った。

「待て待て、用ならあるぞ。実は、お前に新しいドレスを買ってやろうと思ってな。既に服屋も呼んである」
「ドレス? 別にそんなのいらないんだけど」

 一応貴族の娘として全く必要ないわけじゃないけど、お母さんが昔着ていたお古がある。わざわざ新しい買わなくてもと思うのは、染み付いた貧乏性のせいだろうか?
 そう思っていると、レイモンドが助け船を出すように耳打ちしてくる。

「旦那様は、お嬢様の晴れ姿が見たいのですよ。ここはひとつ、親孝行だと思ってつきあってもらえませんか?」
「まあ、いいけど」

 私だって、何が何でも嫌ってわけじゃない。頷くと、お父さんはますます上機嫌になる。

「それは良かった。ちょうど、もうすぐ聖夜祭があるからな。御披露目はちょうどいい」
「聖夜祭?」

 ああ、そういえばそんなのもあったっけ。もうすぐ学校でもパーティーがあるけれど、今まですっかり忘れていた。

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