バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第34話 私の全てをあげたって

 最後に残った男と、オウマ君が激しく揉み合っていた時のことを思い出す。多分、その時持っていた男のナイフが刺さったんだろう。

 だけど今は、そんな理由さえもどうでもいいのかもしれない。例え原因がわかったところで、オウマ君から流れ出る血は止められないのだから。

「オウマ君! オウマ君!」

 何度も名前を呼び掛けるけど、返事どころか反応一つありはしない。せめて少しでも血を止めようと、上着を脱いで傷口に押し当てるけど、それにも少しずつ、赤いシミは広がっていく。

 ピクリとも動かない体に、止まらない血。それは、この後に訪れる最悪の事態を連想させるには十分だった。

「わ、私のせいじゃありませんわ。最初に、ちゃんとオウマ君にはケガをさせるなと言ってましたのに──」
「うるさい、黙ってて!」

 エイダさんが何か言ってたけど、まともに聞いている余裕もなかった。なんとかして助けなきゃ。そう思ってはいるけれど、どうすればいいのか分からない。
 オウマ君は、たった今私を助けるため、身を呈して戦ってくれた。なのに私は、何もできないでいる。そんな自分の無力さが悔しかった。

 だけどその時、ホレスの声がとんだ。

「シアン、生気を送れ!」
「えっ?」
「前にオウマ君が言ってただろ。インキュバスの力があれば、傷を負ってもすぐに回復するって!」

 そう言えば、そんなこと言ってたっけ? あいにく私はハッキリとは覚えていなかったけど、インキュバスの力について、ホレスの記憶は疑う余地はない。言われるままにオウマ君の手を掴み、生気を渡そうとする。
 生気を吸われた後は、いつも全力で走ったみたいに、ひどく体力を消耗する。でも今は、例え倒れるくらいまで吸われたって、私の全てをあげたって、オウマ君が助かるならそれでいいと思った。
 だけど──

「ダメ。何も起きない!」

 いくら強く手を握っても、傷口はちっとも塞がらない。と言うより、生気を吸われる感覚そのものが、ちっとも起きてこなかった。

「意識を失っているからダメなのか? なら無理やり起こして──いや、今激しく動かすのは危険か」

 ホレスも、これ以上どうすれいいのかわからず、焦りを募らせていく。

 生気さえ送ることができたら、助けられるかもしれないのに。だけどそれが叶わない今、結局私は何もできないでいる。そうしている間にも、オウマ君からはなおも血が流れ出る。
 瞳に映るその光景が、いつの間にか歪んでいることに気づく。挫けそうになって、目の前の現実を受け入れたくなくて、気がつけば、いつの間にか私の目には涙が溢れていた。

「う……く……」

 このまま感情を爆発させ泣き叫ぶくことができたら、ある意味その方が楽かもしれない。だけどだけどそんな気持ちを降りきるように、涙を拭う。

「考えなきゃ。何とかする方法を」

 ここで泣いたって、何も解決しやしない。時間を無駄にするだけだ。そんな暇があったら、助ける方法を考えろ。
 私にはホレスみたいな知識も機転も無いけれど、それでも必死で探す。どうすればオウマ君を助けられるかを、私の生気をあげられるかを。

 今まで見聞きしたこと全てをひっくり返し、記憶を辿る。
 そして思い出す。初めてオウマ君へ生気を送る方法を聞いた時、彼やホレスが何と言っていたのかを。手を繋ぐよりも、よりたくさんの生気を渡す方法があったことを。

「これなら、もしかして──」

 倒れているオウマ君に、そっと顔を近づけ小さく深呼吸する。
 果たしてその方法が、今のこの状況でも効果があるのかは分からない。だけど少しでも可能性があるなら、それに掛けたい。掛けるしかない。

 僅かに開いたまま動かなくなった彼の口に、私は自らの唇を重ねた。

しおり