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第12話 タイマン勝負だけの『駄作機』と呼ばれて

 日差しを浴びて目覚めた誠は、かび臭い硬い簡易ベッドから身を起すとそのままシャワー室へと向かった。そしてそこでいかにも体にまとわりつく汗を流すためだけにあるようなぬるいシャワーを浴びた誠はその足を食堂に向けた。

 誠以外は関係者ばかりの食堂はこれもまた下町育ちで古くて汚い食堂を見慣れている誠からしても食事をする場所にはふさわしくないほどの清潔感のかけらも感じさせない空間だった。東和陸軍の自分達が期待されていないことを理解している隊員達が内輪話に話を咲かせて誠など気に掛けない様子が繰り広げられる中、誠はこれもいかにも冷凍食品を温めただけと言うような卵料理と、冷めた温野菜に不味い白米の乗ったトレーの食事を平らげた。

 男子隊員の為の施設とはいえ、そこの食堂にはランの姿は無かった。

 たった三か月の付き合いで知ったことは、彼女は意外と食通で、話をしてみると東和共和国の首都である東都の色々な名店を知っていることが分かった。そんなランがここの明らかに栄養を取らせるためだけにあるような不味い食事を嫌って別のところで食事をすることは考えられることなので、ランが不在なことは誠も気にもしなかった。そして疲れた雰囲気の試験機担当の技師達を横目で見ながら携帯通信端末をいじってみた。

 小隊長のカウラからも野球の監督のかなめからの連絡も無いのを確認すると、急いでこれも大量仕入れで原価を下げているのが明らかにわかるプリンを食べ終えて昨日のランの指示通り射爆場のシュツルム・パンツァー用のハンガーへと向かった。

 一両の見慣れた『特殊な部隊』に一台しか配備されていない05式専用の運搬トレーラーの周りに人だかりができているのを不審に思いながら誠はゆっくりとその人だかりに近づいて行った。

「典型的な駄作機って奴だな。今時、中世の騎士でもあるまいし、一騎打ち専用のタイマン最強マシン?時代遅れだよ。今の時代は機動戦。機動力ゼロの機体が戦場で何の役に立つんだよ」

「全く菱川重工豊川も落ちたもんだな。こんなカネの無駄になるような機体を作るなんて。だから同じ菱川の新田工場が作った07(まるなな)式に競り負けるんだ。豊川工場だけど、あそこは近々閉鎖になるらしいって噂だ。こんなの作るようじゃ先が知れてらあな」

「こんなもん誰が使うんだよ。確かに局地戦しか起きないってわかってるんだったらこれもアリかもしれないけど、戦場はいつだって流動的なんだ。それなのに……時代遅れもここまでくると一種の『芸』だな」 

 人だかりを構成する作業着姿でつぶやく陸軍の技官連中を見ながら、誠はトレーラーの隣のトラックの荷台から降りてきた西と誠達『法術師』のケアをしている看護師の神前ひよこ軍曹、そして見慣れた整備班の連中を見つけた。

「神前さん!」 

 昨日も誠に気遣ってくれた西が声をかけると、野次馬達も一斉に誠の顔を見て口をつぐんだ。ちらちらと誠達を見つめてニヤニヤと笑う陸軍の将兵が見える。その中には誠が東和宇宙軍のパイロット候補生時代に同期だった顔も数人見えた。彼等が誠を『吐しゃ物を履くパイロット落第生』と呼んで近づくことさえしてくれなかったことを思い出し、誠は少し嫌な気分になった。

「急ぎで申し訳ないんですが、とりあえずパイロットスーツに着替えてくださいね。クバルカ中佐から早めに準備するように指示されてるので」 

 そう言うとひよこはばつが悪そうに手にしていた袋を誠に手渡した。中には長身の誠がいつも着ているパイロットスーツが入っていた。

「分かったよ。早めに準備する」 

 誠はそう言ってひよこからパイロットスーツを受け取るとそのままトラックの中の仮眠スペースに入って着替えを始めた。そんな彼等の周りを付かず離れず技官達が取り囲んでいるような気配はトラックの荷台の中でも良く分かった。

彼等は相変わらず『駄作機』05式の悪口とそのパイロット『もんじゃ焼き製造マシン』の誠の悪口を言っているらしく、時々起きる爆笑が気の弱い誠にも癇に障るものを感じた。

「みなさん!これは見世物じゃないんですから!向こう行っててください!はっきり言って邪魔ですよ!」 

 外では西が叫んでいた。野次馬達も今回誠が実験に使用する秘密兵器である法術兵器に関心はあるようだが、西の剣幕に押されてぶつぶつ言いながら陸軍の野次馬達は退散しているようだった。

「量産されない『駄作機』に『パイロット落第生』の僕。本当にお似合いだな」

 誠はそんな言葉を吐いて自嘲気味に笑うと作業着を脱いで、急いでパイロットスーツに着替え始めた。

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