血まみれの悲槍編 6
おーい! ラハト将軍!
このタイミングでそんな爆弾発言するなぁ!
しかも、あの時の俺、「考えておきますね!」ぐらいの返答しかしてないじゃん!
なんで勝手に決定事項にしてんだよ!
「んな? タカーシ? いつの間にそんな裏切りを?」
「タ、タカーシ? 私にあのような求婚をしておいて……貴様ぁッ!」
ラハト将軍の発言を受け、親父がまず俺に問いかけ、次にバレン将軍がよくわからない叫びを俺にぶつけてきた。
しかもその時、バレン将軍が怒りとともに魔力を俺に向けたため、バレン軍の他の幹部連中も魔力と殺意を向ける対象を俺に切り替えやがった。
「いや、待ってください! ラハト将軍!? 僕、あの時『考えておきますね』程度にしか答えてないでしょう!
決定事項にしないでください!」
もちろん俺は即座に反論する。
この際、ラハト将軍に対する俺の畏怖の念など考慮していられん。
いや、ものすっげぇ怖いけどな。
でも親父が俺に向けた疑いの視線や、よくわからん類の怒りがこもったバレン将軍の魔力。その他もろもろ。
それと気が付いたらバレン将軍が俺のすぐ目の前に移動していて、剣の刃を俺の首元につけている。
マジで殺されそうだ。
ぐだぐだ考えている場合じゃないんだ。
「んな? なんと!?
吾輩の誘いにあんな笑顔を見せていたくせに、それを無に帰すだと?」
知らねぇよ!
社交辞令で答えるとき、大体の人間は……じゃなかった! 今、俺人間じゃないけど、せめて笑顔だけでも返すのが常識だろ!
それにあの時、俺がすっげぇ嫌そうな顔で断ったら、むしろあんたが傷ついただろ!
ありゃ俺の優しさだ。あんたも大人なんだからそんな社交辞令の一つも気付いておけよ!
「貴様ぁ!」
っておい!
ただでさえバレン将軍に殺されそうなのに、ラハト将軍まで俺の方に向かってきたぁ!
しかもその後ろに両軍の幹部連中が続い……あぁ、もう!
マジやばいじゃん、俺!
ちょっ、 なんとかしないと!
「ふーう」
俺は覚悟を決め、軽く息を吐く。
そう、それなりの覚悟を決めないと、この場は逃れられん。
ヴァンパイアとしての俺の生存本能がそう言っている。
まぁ、そもそもこの修羅場が起きるきっかけが、情けないほど子供じみた言い争いだったんだけどな。
いい大人が揃いも揃って何してんだよ、ほんとに。
でもここはそう……気乗りしねぇけど仕方ない。
子供の体だけど、俺が大人の立場から収めてやろうじゃないか。
俺だって一応頭ん中は大人だしな。
この状況に、俺を守るためになにもしようとしないアルメさんとバーダー教官がちょっとムカつくけど……。
ん……?
アルメさんとバーダー教官……ちょっとにやついてねぇ?
もしかしてこの状況楽しんでる?
あったま来たっ!
くっそ! あんたら、立場的に俺を守るのが筋だろ!?
しかもバーダー教官? もとはと言えばあんたのせいだろ!
あんたら、なんでこの状況で……あっ、そうだ! いいこと思いついた!
ふっふっふ。
よし! じゃあ、まずはこのバレン将軍の剣をどけて……。
「誤解です。でもその前に、バレン将軍? とりあえずこの剣を収めてください」
出来る限り落ち着いた声で、俺はバレン将軍にそう伝える。
今さっきまで怒号を飛び交わしていた大人たちが、自らを恥じるように。
この口調がどれぐらい効果があるかは分からないけど、ついでに自分の気持ちも落ち着かせるために、俺はあえて機嫌の悪そうな低い口調でそう言った。
と同時に剣を握るバレン将軍の手を優しく掴み、刃が俺の首から遠ざかるように動かす。
「む……? すまない。思わず……」
謝ってくれたのはいいけどさ。
バレン将軍? 子供に手を掴まれたぐらいで顔を赤くすんなよ。
どこの純朴少女だ……?
いや、バレン将軍のそんな変化に興奮してる場合じゃないな。
次はラハト将軍をどうにかしないと。
「ラハト将軍?」
「あぁ?」
返事が怖いってば! チンピラか!?
いや、ここも頑張らないと!
「ラハト将軍からお誘いを受けたことは、僕も嬉しかったです。
でも、ご存じの通り僕はそちらにいるお父さんの息子。おいそれと将軍のお誘いを快諾できる立場ではありません。
そんなこと、ラハト将軍には至極容易にご理解いただけるものと?」
「ん? んーん。まぁ、確かに……」
「もちろん僕の将来なんて、僕自身も分かりません。
ですから可能性の1つとして考慮しつつ、僕は『考えておきます』とお答えさせていただきました。
そう言いましたよね? あの時の僕、確かにそう言いましたよね?」
「あ、あぁ。覚えている。ま、間違いなく、貴様はそう答えた」
ふぇへっへっへ。
ラハト将軍、完全に俺に押されてんじゃん!
じゃあ、次! もっかいバレン将軍だ。
「というわけです。バレン将軍? 僕はラハト軍への入隊を承諾したわけではないのです」
「そ、そうなのか……わ、わかった」
どうでもいいけど、俺に手を握られてちょっとモジモジしているバレン将軍が、はんぱなく可愛いんだけど。
やっばい。チューしてぇ。
でもここは我慢だ。
んで、じゃあお次。
「でも、少なくとも僕はここにいる軍のどちらかに行くことになるでしょう。
そう思っていました。さっきまでは」
「さっきまで? それはどういうことだ?」
ここで親父が問いかけてきたので、俺は親父に視線を移す。
さてさて、ここで双方が納得するような結論。
これが必要なんだが、さっきアルメさんとバーダー教官を睨んでいたらふと思いついてしまったんだよな。
アルメさんとバーダー教官。その2人と関係の深いであろうとある魔族の姿が頭に浮かんだんだ。
「バレン軍とラハト軍。成熟したこの2つの軍を行き来しながら経験を積みつつ、やがて出来るであろう新たな軍で上を目指す。そういうのも面白いと思ってしまいました」
「やがて……?」
「新たな軍?」
俺の言葉に、バレン将軍とラハト将軍がつぶやくように反応した。
他のメンバーも似たような表情だ。
でもここで俺はわざと不敵な笑みを浮かべ――あと、バレン将軍がなかなか剣を鞘に入れてくれないので、それがちょっと怖かった俺はバレン将軍の手を握ったまま、剣を鞘に入れるようにバレン将軍の手を操った。
いっひっひ。なんて綺麗なおててだ。
こんな絶品、触っているだけで興奮――おっと。そんな場合じゃないんだって。
「そうです。先ほど幹部の皆さんのお話を聞いていて、ふと思ったんです。
この戦いで名をあげ、やがては皆さんの所までたどり着くであろう存在。
僕の友人のお父さんがそのような方ならば、彼と一緒に……そして彼の息子である僕の友人や他の子たちと一緒に1から組織を作り、やがてはこの2軍に匹敵するような軍に成長させる。
幸か不幸は獣人の寿命は我々ヴァンパイアよりも短いです。いずれフォルカーさんも死んじゃう時が来ちゃうんでしょうけど、その時には僕か彼の息子、または他の友人が後を引き継ぐ。
そして軍の成長を継続させ、今現在5体いる将軍たちの勢力に新しく喰い込んでやろうという大それた計画です。
ふふふ! 僕は悪い子でしょう?」
そして最後は悪ガキのような笑顔。
しかし、その笑顔も含め、今の俺の発言はこの双軍の面子も守りつつ、やたらと俺を高く買っているメンバーにさらなる期待を抱かせるものだ。
まぁ、俺自身こんなことは微塵も思っていないけどな。
ヨール家の屋敷の裏で農作業。あと上手くいくようだったらついでに武器商人。
のんびりとした業務内容をこれまたのんびりとこなしつつ、でも武器売買を通じてこの国の有力者とのコネも創っておけば、いざという時に困らない。
そういう未来をぼんやりと思い浮かべているので、この発言はほとんど口から出まかせだ。
あと武器商人になる可能性も最近ふと思っただけでそれもどうなるかわからんが、そんな黒い商売を頭の隅に思い描いている時点で、俺は発言内容よりどす黒い性格なのかもしれん。
とはいえ大それた計画ながらもそれを不敵な笑みで伝える俺に対し、ここにいるメンバーは案の定、怒りを覚えるよりもむしろ好印象を受けてくれた。
「くっくっく。よくもまぁ、そんなことを。
タカーシよ。お前はどんどん大きな男になっていくな」
バレン将軍も不敵な笑みでそう言い、ラハト将軍が後に続く。
「我々の間に割って入ろうとは、これまた面白い。タカーシ? その時を楽しみに待っているぞ。我が軍とバレンの軍で多くを学ぶがよい」
よし。一件落着。
将軍級の2人が笑いながら魔力を収めたことで、幹部連中がとっていた臨戦態勢も解除され、緊迫した空気は一気にゆるくなった。
「まったく。この面子を前にそんなことを言うなんて……なんと恥ずかしい」
唯一親父だけがこんな反応だったけど、立場上そう言わざるを得なかっただけで、心ん中では嬉しがっているはず。
じゃあ……俺はそろそろお暇するか。
と思ったけどさ。
「バーダーよ。私もタカーシの出陣に賛成する。お前とアルメ。そしてお前が連れて行きたいと言っていたガキどもを連れて、フォルカーの増援に向かえ」
「承知いたしました。
タカーシの他にもその才能を見ておきたい子供が1人おりましてな。いい収穫が得られるものと。
ではアルメ殿?」
「えぇ。それでは出陣の用意を。
タカーシ様? タカーシ様のお荷物は荷車の方ですよね? 一度取りに戻りましょう。
バーダーさんは先に出発してくださいな。後で追い付きますから」
「じゃあ軍列の先頭のあたりでお待ちしております。現在の戦場までの道のりをうっすら覚えていますので、最短経路をご案内しましょうぞ」
「あら。それならお言葉に甘えて。
ささっ! タカーシ様? そんなところに突っ立ってないで行きますよ」
「え? あ? え?」
「ん? タカーシ様? 何を驚いているのですか? さっきあんなこと言っておきながら、もしかして怖いとか? ふふっ!」
「こ、怖くないもん! 僕、全然怖くないもん!」
やっちまったぁー!
アルメさん、絶対俺の心境知っていたくせに、今わざと煽っただろぉ!
いや、いいけどさ。
さっきあんだけ大ぼら吹いたんだ。
戦場とか殺し合いとか、そういうのに巻き込まれるのはもう仕方がないと思って諦めることにしよう。
バレン将軍に危うく殺されそうにもなったし、それから逃れられたんだ。
もうどうでもいいや。
「ふーう……」
俺は肩を落としながら窓の外を見る。
軍の行列はこの騒動の間も進み続け、窓の外の光景は全く別のものになっていた。
でも、まだ砂漠っぽい雰囲気ではない。
俺がこれから向かうところ。
見渡す限りの砂漠に、見渡す限りの敵兵。
って感じかな?
うん。なんだかんだいってバーダー教官とアルメさんがいるから俺の身の危険はあまりないだろうけど、そういう光景を前にする心の準備だけはしておいたほうがいいかもな。
俺はあきらめと恐怖。あと少しばかりの好奇心が混ざった不思議な心境のまま、窓枠に足をかける。
その時、背後からバレン将軍が話しかけてきた。
「ところでお前の班にはドモヴォーイ族がいなかったか?」
「いますけど……?」
「じゃあ急いで帰れ。ドモヴォーイ族とユニコーン族がはち合っているとしたら面倒なことになっているかもしれん」
俺があわてて荷車のところに戻ると、昼寝から起きたドルトム君が、王子に決闘を挑んでいた。
すっかり忘れてたけど、ドモヴォーイ族って昔国に対して反乱をおこし、その戦いに負けた種族だったっけ。