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第22話 かける言葉

 どうしてだろう。オウマ君に引かれている手が、まるで燃えるように熱く感じる。だけどその疑問に答えを出す前に、彼の手が小刻みに震えていることに気づく。

「オウマ君?」

 名前を呼ばれ、振り返った彼の顔は、びっくりするくらい真っ青になっていた。

「…………ごめん」
「えっ、どうしてオウマ君が謝るの?」

 項垂れながら、重く苦しそうな声が届くけど、私にはその理由が分からない。私がお礼を言うことはあっても、彼が謝ることなんて何もないじゃないか。
 だけど、オウマ君はそうは思っていなかった。

「エイダがあんな事になったのだって、元々俺の持ってる魅了の力のせいじゃないか。そのせいでシアンがあんな目にあって、酷いことを言われて。こんな事になるのが嫌で、力を抑える方法を探していたってのに……」

 今のオウマ君からは、さっきまであった怒りの感情は全て嘘みたいに抜け落ちていて、変わりに激しい後悔が渦巻いているように見えた。

「今までだって、この力が原因でトラブルになったことは何度かあったんだ。こんな歪な形で人の気持ちをねじ曲げるんだから、必ずやどこかで無理が出る」

 掃き捨てるように言ったそれは、もはや私に言ってるのか、それとも自分自信を責めているのかも分からない。ただ一つハッキリしているのは、彼が今までにないくらい、自分の力とそれによって引き起こされた事態を嫌悪しているってことだ。

 そしてとうとう、何を思ったのかこんな事を言い出した。

「力を使う練習、付き合ってもらっているけど、嫌になったらいつでも断っていいから。いや、いっそもうやめた方がいいのかも」
「ちょっと、どうしてそう言うことになるのよ!」

 いくらなんでも、それは話が飛躍しすぎている。だけどオウマ君は真剣だった。

「けど俺が近くにいると、きっとまた同じように迷惑がかかると思う。受けなくてもいい嫉妬や、心ない言葉を浴びせられるかもしれない。俺のせいで、シアンがそんな目にあうのは嫌だ」

 そこまで言ったところで、オウマ君はガックリと肩を落とす。その姿は、いつもよりとても小さく見えた。それは、少し前まで見せていた怒りとは全く違った意味で、私の知らない彼の姿だった。

 だけどもしかしたら、本当はずっとそんな思いを抱えていたのかもしれない。インキュバスの力が嫌だと言い、それを抑える方法をなんとしても見つけたいと言っていたオウマ君。その思いの根っ子にあるのは、想像以上に激しい後悔だったのかも。

「俺が近くにいることでシアンの迷惑になるにら、いっそのこと……」

 しだいに声は小さくなっていき、後半なんてほとんど聞こえない。だけど恐らく、もうそばにいない方がいいとか、そんな類いのことを言おうとしているのは簡単に想像がついた。

 もちろん私は、オウマ君を責める気なんてない。だけどそれをただ伝えただけじゃ、きっと彼は納得しないだろう。

 こんな時、なんて声をかければいい?
 少しの間迷って、だけどすぐに、そんな真面目な考えを振り払う。
 まともな言葉が届かないのなら、いっそのこと思い切りバカな方法でもやってやれ。

「オウマ君、こっち見て」
「えっ?」

 その言葉に、オウマ君は下げていた頭をようやく少しだけ上げ、私を見る。言っちゃ悪いけど、思った通り、普段の爽やかさなんてどこにもないような酷い表情だ。私はそんな彼に向かってゆっくりと両手を伸ばし、そっとその頬に触れた。

「シアン……?」

 どうしてそんなことをするのか、理解できずにいるんだろう。戸惑いも驚きの声がもれる。
 その瞬間、頬に触れていた私の両手が、一気にそれを、ギューっとつまみ上げた。

「痛たたたっ! い、いきなり何を!?」

 抗議の声があがるけど、両方のほっぺたを引っ張られながら言っても、迫力なんてちっともない。むしろ笑えてくる。せっかくのイケメンも台無しだ。
 それを見て軽く吹き出した後、ようやく手を離す。

「ごめんごめん。でも、これでさっきのエイダさん達との事はチャラね」
「はっ!?」
「だから、オウマ君は私に迷惑かけて、私はオウマ君のほっぺたをつねった。これでおあいこ、貸し借りなし!」
「いや、そんな無茶な」

 うん、無茶だ。そんなの、やる前から分かってる。
 だけどきっと、いくら真面目に言葉をかけたところで、そう簡単には届かない。それなら、例えふざけていても、力ずくで届けた方がいい。

「だいたいさ、私が協力するのやめたら、本当に一生魅了の力がついて回るかもしれないんだよ。そんなことになったら、もっとたくさんの人に迷惑かけるじゃない」
「それは……」
「それに、こっちは成功報酬だって期待してるんだよ。今さらそっちの都合でやっぱりキャンセルしますなんて、虫がよすぎない?」
「ごめん……」

 うん。こうして言ってみると、オウマ君の言ってることは、ある意味本当に身勝手だ。元々この依頼だって、彼がどうしてもと頼んできたから受けることになったんだ。頼むと言ったりやめると言ったり、振り回される方はいい迷惑だ。
 だけど本当は、そんな不満以上に言いたいことがあった。

「それにさ、私が悪く言われたら許さないんでしょ」
「えっ……?」
「さっき、エイダさん達にそう言ってくれたじゃない。もしかして、その場の勢いで深く考えずに言っただけだったの?」

 あれだけハッキリ言っておいて、もしそうならちょっとショックだ。だけどきっと、そうはならないだろうと確信している。

「いや、それは本当だ。もしもまた何か言われたら、すぐに言ってくれ。絶対に、何があっても俺が守るから」

 オウマ君は真っ赤になって首を振り、今までとはうって変わって強い口調で言う。

「でしょ。守ってくれるなら、また何かあったって大丈夫だよ」
「大丈夫って、そんなんでいいのかよ?」
「うん。いいよ」

 これはなにも、彼への気遣いだけで言ってるんじゃない。オウマ君が私の前に立って庇ってくれた時、それまで感じていた怖さなんて、全て吹き飛ばすような安心感があった。
 それを思い出すと、彼が守ってくれるのなら、例えこれから何があっても大丈夫なような気がした。

「ってわけで、これからも依頼は続けるってことでいい?」
「あ……ああ。シアンがそう言うなら」

 何もかもってわけじゃないけど、これでひとまず元通りでいいのかな。いや、まだ一つだけ、言っていない言葉があった。
 頷くオウマ君を見ながら、その言葉を伝える。

「それから、さっきは助けてくれてありがとう。カッコよかったよ」
「なっ────!」

 どうしたんだろう。お礼を言っただけなのに、まるで言葉を失ったように口をパクパクさせながら驚きの表情を見せている。もしかして、カッコよかったなんて言ったのがまずかったのかも。

「ひょっとして、私まで魅了の力にかかったとか思ってない? 違うから。あんな風に助けてくれてくれたら、誰でも普通にカッコいいと思うって」

 もし私まで魅了されたと思ったら、オウマにとっては大層ショックだろう。誤解はしっかりといておかないと。

「別に、そんな心配なんてしてないよ。ただ、カッコいいなんて初めて言われたから……」
「いやいや、数えきれないくらい言われてるでしょ」

 多分オウマ君の場合、「おはよう」や「こんにちは」と同じくらい言われてると思う。

「魅了の力抜きでは初めてなんだよ。その、だから……こんな時、何て言ったらいいのかわからない」

 顔を赤くしながら言うオウマ君は、カッコいいと言うより、可愛くも見えた。なんだかさっきから、彼の知らない表情を次々と見ているような気がする。
 すると何を思ったのか、オウマ君はこんなことを言ってきた。

「それに、俺にはシアンの方がカッコいいと思う」
「それってどういう意味?」

 男の子が、女の子相手にカッコいいと言う。それって喜ぶところなのかな?

 疑問に思うけど、オウマ君が話は終わったとばかりに歩き出す。

「早くシアンの家に行って練習するぞ。付き合ってくれるんだろ」
「そうだね。急ごうか」

 私も、足を速めながらその後をついていく。だけど少し歩いたところで、ふとその足を止めた。

「……シアン?」

 不思議に思ったのか、オウマ君も立ち止まってこっちを振り返る。
 もちろん私だって、早く帰って練習に付き合おうって思っている。だけどその前に、どうしても言いたいことがあった。

 それは少し前から思っていて、けれど面と向かっては言い出せなかったこと。
 だけど今は、それを切り出すいい機会なのかもしれない。

「ねえオウマ君。前にも話したけど、私から生気を吸い取ってみない?」
「なっ──!?」

 まさか、そんなことを言われるとは思わなかったんだろう。
 オウマ君は目を丸くしたまま、声もなく私を見つめていた。

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