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第10話 依頼の行方

 ついさっきまで寝込んでいたと思ったら、いきなりやって来て依頼を受けると言うお父さん。それを追いかけるように、レイモンドとオウマ君のお着きの人もやって来る。

「ねえ。お父さん、いったいどうしちゃったの? さっきまで、あんなに全力で拒否してたのに」

 お父さん本人ではなく、レイモンドに聞いてみる。やたらとハイテンションなお父さんよりも、まだ冷静な答えが返ってきそうだったからだ。

「それが、つい先程目を覚まされたのですが、成功報酬を聞いたとたん、あんな状態になってしまいまったのです」
「報酬?」

 なるほど。悪魔祓いの依頼っても、一つの立派な仕事。と言うことは、当然それに対する報酬も出てくるだろう。
 とはいえ、さっきのお父さんの嫌がりようを見ると、ちょっとやそっとの事では引き受けると思えない。いったいどんな条件を出されたの?

「資金援助ですよ。アルスター家の事を知った際に、財政難と言うのも一緒に聞いたようでして、この依頼が成功したらオウマ家から資金援助を行うと約束してくれました」
「本当に!?」

 それを聞いたとたん、父さんに続いて私のテンションも一気に高くなる。金策が尽く上手くいっていない我が家にとって、願っても無いくらいの好条件だ。

「ああ。既に父にも話はつけてある。これでも引き受けてくれないか?」

 受けます!
 反射的にそう言おうとして、だけどわずかに残った理性がそれを止めた。

「で、でもさ、それって上手くいったらの話なんでしょ。悪魔の力を押さえるなんて、私達にできるの?」

 いくら資金援助が魅力的でも、依頼を達成できなきゃ何にもならない。お父さんは、その辺をどう考えているのだろう。

「確かにうちは悪魔祓いをやめてずいぶん経つが、ご先祖様の残した資料や道具なんかはまだ残っているからな。それらを使って勉強していけば、もしかしたらなんとかなるかもしれん。可能性は低いが、賭けてみる価値はあると思うぞ。痩せても枯れても、我がアルスター家は悪魔祓いの血筋。家族総出で頑張れば、出来ないことはない……かもしれん」

 最後の『かもしれん』で少々不安になったものの、確かにお父さんの言うことも一理ある。
 オウマ君が言うには、私には悪魔祓いとしての強い力があるらしいし、賭けてみる価値はあるのかも。

「このレイモンドも、資料の整理や解読など、できる限りの事はいたします」

 お父さんだけでなく、レイモンドもすっかりやる気だ。ただ私は、それに対して素直に頷くことはできなかった。
 だって、やっぱり不安はあるから。

 特に、さっきお父さんが言った、家族総出という言葉が気になった。

「それって、お父さんも悪魔祓いのやり方を調べたり、実際に練習したりするって事だよね?」
「もちろんだ」
「じゃあ、その間いつもやってる仕事や金策はどうするの?」
「えっ? そ、そりゃもちろん、全部平行してこなす事になるだろうな」

 やっぱりそうなるよね。それこそが、私の最大の不安の種なのだ。

「それ、本当に全部できるの?」
「えっ?」

 お父さんは決して悪い人じゃない。だけどどうにも不器用と言うか、要領が悪いと言うか、とても複数の事を一緒にこなすには向いていないような人だった。
 ただでさえ金策で手一杯の今、悪魔祓いなんて未知のものをやろうとしても、上手くいくような展開がちっとも見えてこない。
 本人にもその自覚はあるようで、とたんに冷や汗をかきはじめる。

「な、なら金策をやめにして悪魔祓い一本に絞ると言うのはどうだ。そっちが上手くいけば、金策の必要も無くなるんだからな」
「上手くいけばね。じゃあ聞くけど、今まで一度もやったことのない悪魔祓いに我が家の命運を賭けるって言うの? 本当に上手くいくと思う?」
「そ、それは……」

 悪魔祓いには、確かに試してみる価値はある。けどだからといって、上手くいくなんて保証なんてどこにもない。私もお父さんも素人なんだから、むしろ何の成果もあげられずに終わる可能性の方が高いんじゃないかと思ってる。
 そしてそんな事になったら、もちろん資金援助の話はなくなり、その間なんの対処もしなかった我が家は、いよいよ没落へ待ったなしになるだろう。

「じゃあ、シアンはこの依頼を受けるには反対なのか?」
「うーん、どうするべきか……」

 すぐに答えを出さないのは、私にも迷いがあるからだ。
 成功の可能性は未知数とはいえ、確かに悪魔祓いの報酬は魅力的だ。例え僅かなチャンスでも、それにすがって引き受けたいと言う気持ちはある。それに──

 チラリとオウマ君に目を向けると、断られる気配が濃くなったのを察したのか、どこか不安そうな顔をしていた。

『頼む!』

 ついさっき、彼がそう言って頭を下げたのを思い出す。いきなりの事でビックリしたけど、それだけ本気だったんだろう。
 オウマ君にとっても、これは人生を変えるかもしれない事なのだから、それくらい必死になるのも無理はない。
 それを思うと、無下に断るのも罪悪感が湧いてくる。

「────ダメか?」

 オウマ君が、悲しげな表情でそんなことを言ってくる。
 今のオウマ君には、普段学校で女の子に囲まれている時のような王子様みたいなオーラなんてなくて、むしろ迷子になった子犬のような弱々しさで私を見ている。
 ううん、オウマ君だけでなく、お父さんやレイモンドも、次の私の言葉を待っている。

「どうなんだ、シアン」
「お嬢様、ご決断を」

 ちょっと。なんだかいつの間にか、私の意思で決定するみたいな空気になってない?

 プレッシャーを感じるけど、みんなが私の答えを待ってる以上、このまま黙ってても仕方ない。これが正解なのかは分からないけど、思った事を言ってみよう。

「まずはお父さん。やっぱり、金策も悪魔祓いもって両方やろうとしてもムリだと思う。それから、悪魔祓い一本ってのもダメ。チャンスではあるけど、我が家の命運をそれだけに賭けるのは、絶対反対」
「そうだよな。やっぱり、難しいよな」

 さっきも言った事を、もう一度念押しして伝えると、お父さんは少し寂しそうに肩を落としながらも納得してくれた。

 それからオウマ君を見ると、こちらは寂しそうどころか、悲しみだったり切なさだったり、そんな感情がいくつも渦巻いているようだった。今更ながら、彼が私達にどれだけ期待していたかが分かる。

 だけど私と顔を合わせるなり、すぐさまそんな感情を飲み、平静を取り繕おうとする。

「急におしかけて、無理な頼みをして、ごめんな」

 そう言うオウマ君だけど、本当は未練があるってのは見れば分かる。
 多分本心では、今からでももう一度頼みたいくらいじゃないのかな。

 だけど私の話は、これで終わりってわけじゃなかった。

「ちょっと待って。確かに、家族総出で調べるってのは無理だけど、私個人でやるのならいいよ」
「えっ?」

 その言葉に、オウマ君の動きが止まる。いや、オウマ君だけでなく、お父さんやレイモンドも、目を丸くしていた。

「シ、シアン。それはつまり、どういうことだ?」
「だから、お父さんはこれまで通り自分の仕事をやって、この依頼は私が引き受けようかって言ってるの。元々バイトしようって思ってたところだし、それで使うはずだった時間を、これに当てれば問題ないんじゃない?」


 お父さんをこちらに駆り出すわけにはいかないけど、依頼そのものは魅力的。それなら、私がこの一件を担当すればいい。これが、私なりに考えた答えだった。

「元々悪魔祓いの力があるって言われたのは私なんだから、いけるかなって思ったんだけど。それとも、私一人じゃダメかな?」

 この案の問題は、私一人でやるとなると、家族全員でやるのと比べてどうしても効率が落ちることだ。
 もしもこれでオウマ君がダメだと言ったら、残念ながらこの話はここでおしまいになるだろう。

 だけどそれを聞いて、次第にオウマ君の顔に明るい色が差し始めた。

「いいのか……本当に?」

 その声は、心なしか震えているようにも聞こえた。

「うん。だけど、上手くいくとは限らないよ。なんたって全くの素人なんだし、ダメでも恨まないでね」
「ああ、もちろんだ。引き受けてくれてありがとう。本当に、ありがとう」

 こんな妥協みたいな提案なのに、それでもオウマ君は何度もお礼を言っては頭を下げてくる。本当に、藁にもすがる思いだったのだろう。

「お礼を言うのは早いって。何とかなるかもわからないって言うか、どっちかと言うと望み薄いような気もするし……」
「ああ、わかってる。それでも、ようやく希望が持てるかもしれないと思うと、嬉しいんだ」

 そんなオウマ君を見て、私もできる限り頑張ってみようと、改めて思った。報酬のお金はもちろん大事だけど、こんなにも頼られているのなら、何とか力になってあげたかった。

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