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 それから数日経った日の朝、突然レックス侯爵邸の本宅にナイジェルの乗った馬車がやってきた。

「こ、これはナイジェル様、本日いらっしゃるとは」
「おじい様はどこに?」

 出迎えた執事長のシャベリの言葉を遮って、ナイジェルは祖父の居場所を問い質した。

「旦那様は朝の散歩で庭園に」
「そうか」

 皆まで聞かずに、ナイジェルは玄関広間を突き抜けて大広間へと向かった。
 今はカーテンを引かれていて薄暗い大広間からは、庭園が一望出来る。舞踏会が開かれる時は、玄関広間と併せて会場となる。
 しかしナイジェルの父が亡くなって以降、この場所が来客で埋め尽くされたことはない。
 ナイジェルがカーテンをシャッと開けると、差し込む陽の光に照らされて、ホコリがキラキラと舞った。
 カーテンを開けたナイジェルの目に、祖父であるスティーブンとその隣を歩くライリーの姿が飛び込んできた。
 二人は腕こそ組んではいなかったが、笑顔で何か話しながら邸に向かって戻ってくるところだった。
 先にナイジェルに気づいたのはライリーだった。
 彼女は大広間の大きな窓からこちらを見ているナイジェルに気づき、スティーブンに顔を寄せて指差している。
 あの後、ナイジェルはライリー・カリベールという名前を元に、彼女の素性を調べた。
 まずはミンチェスタ伯爵の所に雇われた、かつてのレックス侯爵家の使用人だったという若いメイドに会った。
 そのメイドはナイジェルも顔を見たことはあったが、名前は思い出せなかった。 
 彼がレックス家の本宅に寄り付かなくなったのはニ年ほど前からで、ちょうどその頃に田舎から出てきたと雇われたと記憶している。
 鄙には稀なではないが、顔立ちはまあまあ整ってはいたが、雇われた頃からナイジェルにあからさまな媚を売り、よくメイド長に仕事が雑だと怒られていた。
 あれから仕事が出来るようになり、少しは成長しているのかどうかはわからないが、化粧は派手になっていた。ナイジェルが話を聞きたいと呼び出すと、意味もなく瞬きの回数が増え、胸を強調するように腕を寄せていた。
 そんなつもりで呼び出したわけではないナイジェルは、それでも彼女から情報を得るため、ぐっとこみ上げる嫌悪を堪えた。

「侯爵様の客にこんなこと言いたくありませんけど、はっきり言って嫌な女でした」

 ナイジェルがライリーについて知っていることを聞きたいと口にすると、最初その意図が読めず彼女は警戒していた。
 しかし、ナイジェルがライリーに好印象を持っていない様子を感じ取ると、途端に悪口を捲し立てた。

「いきなり夜のうちにレックス家に来て、離れに陣取ったかと思うとメイド長や執事長だけを呼んで、一緒に連れてきた使用人を私達と働かせ暫く離れの建物から一歩も出てこなかったんです」
「一緒に連れてきた…使用人?」
「若い女性で、持ち場を決めるから五日ずつあちこちの部署を交代で担当させて、面倒を見るようにってことだったんです。でも、実はそれがそのライリーっていう離れの客だったんです」
「は?」

 メイドの話を聞いて、ナイジェルは間抜けな声を出してしまった。
 だがすぐに執事見習いの姿でクラブに現れた彼女の姿を思い出し、彼女ならやりかねないと思い直した。

「二ヶ月後に突然全員が広間に呼び出されて、侯爵様の隣にいた彼女を見た時は驚きました。そして自分は侯爵様に雇われ、ここの財政を見直す手助けをしているとかなんとか話していました」
「そのライリーという女性は、使用人に扮していたと言うのか?」

 立ち会いだと称してその場に一緒にいたミンチェスタ伯爵が、驚いて口にした。
 
「はい。けど、それより驚いたのは、いきなり解雇する人間の名前を言ったことです。おのお…彼女が言うには二ヶ月皆の仕事ぶりを見て、侯爵家に相応しくないと思うと判断したとかなんとか、失礼だと思いませんか? たった二ヶ月、それも数日一緒に持ち場を共にしただけで、何がわかるっていうんですか!」

 彼女はその時の気持ちを忘れられないのか、ミンチェスタ伯爵とナイジェルの前だと言うのも忘れ、興奮して喋り続けた。
 
「私が掃除した後をついて回って、よく難癖をつけていました。まだここが汚れているとか、そこはそんなふうにしてはだめとか、先輩の私に偉そうに。私だけではありません。他にも洗濯室のミミーにもシワが伸びていないとか、厨房のジョアンには芋の皮はもう少し薄く剥けなどと仕事ぶりに文句をつけて、粗探しばっかり。他にも私ほどではありませんが、邸内では美人と評判のメイドをまるで目の敵みたいに」

 ミミーやジョアンがどんな顔だったかも思い出せないが、ナイジェルはそれで、と続きを促した。

「そのくせ、ぱっとしない小鼠みたいなカーラや豚みたいなメグのことは、仕事が丁寧だとかよく出来ると褒めるんですよ」

 メグというメイドは覚えがなかったが、カーラのことはナイジェルも何となく記憶にあった。
 いつもせっせと床を磨き、ナイジェルと目が合うとすぐに視線を反らし、恥ずかしそうに顔を伏せていた。
 メイド長のエリンに良く褒められていた。
 多分だが、目の前のメイド(名前はシシリーだった?)やミミーだかジョアンというメイドは、おざなりな仕事しかしていなかったのだろう。
 そして彼女がぱっとしないとけなしていたメイドは、見かけこそ派手ではないが、真面目に仕事をする者たちのようだ。

「なるほど、それで君たちは突然解雇されたと」
 
 大変だったなとナイジェルが同情を口にすると、シシリーは満更でもないなさそうな様子を見せた。

「ま、まあ、侯爵様からの気持ちだと言って、普段のお給料の半年分の金貨を退職金だと出してくれましたけど」

 彼女はそう言うが、ナイジェルは違うと思った。

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