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12.この世界の毒

「ヤブせんせー! いますか!?」

 この前の街での一件以来、治癒院が認知されるようになり、ちょっとずつ患者さんが足を運んでくれるようになっていた。

 風邪薬の代わりになる物を研究する日々だった。
 
 そんな時、突如血相を変えて走ってきた女性。その女性の腕には十歳くらいの男の子が抱えられている。

「あっ! 力根さんの奥さん!」

 ユキノさんは入口へと駆けていく。
 僕も後ろからついて行った。
 
 決して力根という名前なわけではない。
 勝手にユキノさんが名前をつけているだけなのだ。

「すみません! 息子が、何かに噛まれたみたいなんです!」

 患部を見ると斑な紫色に変色している。これは、今まで見たことがないものだ。だとすると、この世界の何かに違いない。

「心当たりは?」

「森の浅い層で遊んでいたみたいなんです。近づくなって言ったんですが……」

「噛まれたのはいつかわかりますか?」

「ちょっとわからなくて、遊びから帰ってきて少ししたらぐったりし始めて」

 遅効性の毒なんだろう。
 こっちの世界の毒だとすると。
 詳しい人に聞こうか。

「ユキノさんは何の毒かわかる?」

「……すみません。私は……」

「いいんだよ。ヤコブさんを呼んできてもらえないかな?」

「はいっ!」

 治癒院を飛び出していくユキノさん。
 あの様子だと十五分くらいで戻ってくるかな。
 その間に応急処置をする。

「ちょっと寝かせるねぇ」

 ベッドへと少年を寝かせる。
 その腕の付け根のあたりをタオルで縛る。
 この世界にゴムがあればいいんだけどね。

 まだ出会っていないから探したいものだ。

 どういう毒かがわからないからこのままにするしかないね。
 あまりよくないんだけど、しかたない。

「ちょっと傷口を吸うよぉ?」

 丸い器を用意して傷口を吸う。
 吸った血を器へと捨てる。
 血も少し紫が混じっている気がする。

 血の色まで変えるなんてどんな毒なんだ!?
 これは急がないとまずいかも。

 何度か吸っては捨てを繰り返すが、患部のまだら模様は変わらない。時間が経ちすぎたのかもしれない。しかたがないことだけど、もっと早ければよかったかも。

「先生は大丈夫なんですか?」

「一応、飲み込まない様にしているので、大丈夫です」

 ニコッとお母さんへと笑みを向けて症状を確認する。
 熱が上がっている。
 この子の体が抗体を作ろうとしているのだろう。

 でも、このままだと体力の方が持たない。
 どうすれば解毒できる?
 解毒できる何かがあるだろうか?

「せんせー! 連れてきました!」

「おう! せんせー! どうした!?」

 ヤコブさんも慌てた様子で走ってきた。
 なんて言って連れてきたかわからないけど、大変な事態だということは伝わっているようだ。

「この患部を見て、何の毒かわかりますか? 冒険者であるヤコブさんなら知っているかと思って」

「あぁ。わかる。こりゃブラッディスネークだな。強力な毒を持ってる」

「この毒を解毒する方法を知っていますか?」

「いや。俺の友人は、毒が回る前に腕を切り落としたぞ? 魔法でもこの毒は解毒できないと聞く」

 子供も耐性を持ってきて生まれてきていると聞くから、たしかに魔法をかけたところで毒をどうこうできないのかもしれない。

 だとしたら、もうこの子の腕を切り落とすしかないのか?
 こんな小さな男の子に、この後の何十年。腕がない不自由な生活をさせるしかないのか?

 骨肉種ならそうするしかないような話も聞く。だが、生物の持っている毒だ。生物の体内にそんな毒を持っているのに、人間に注入したら死ぬっていうのか?

 そんな理不尽な。
 でも、それで命を落とした人たちは前の世界でもいた。
 この世界は異世界だぞ?

 魔法がある世界に解毒できない毒なんてあるのか?
 魔法の仕組みが理解できないからどうやって治していたのかはわからない。
 時空間でも操って元の状態に戻していたのだろうか?

「せんせー。判断は、はえぇほうがいい。このままだと命を落とすぞ?」

 本当に何もないのか?
 何か僕の知識でどうにかできるような方法はないか?
 毒に対抗するための薬なんて今から開発していられない。

 そんなバカなことをしてもこの子は命を落とす。
 何かないのか?
 患部から血を多くだす。
 そして母親の血を血管へ送って交換する?

 その為の針と管は?
 そもそも現代医療の物が何一つないんだ。
 同じような治療なんてできないだろう。そんなわかりきったことを考えている暇はないんだ。

「おい! せんせー! 早いうちなら、根本から切り離せば助かるぞ?」

「今は止血しています。時間は少しあるはずです。そのブラッディスネークというのはどうやって討伐するんですか?」

「ん? どうって、俺達のパーティはフリーズっていう凍結魔法で動きを鈍らせて首を斬り落とす。凍らせれば、噛まれても数時間大丈夫だと冒険者組合から指導されているが?」

「っ! ユキノさん! 昨日作っていた氷を持ってきてください!」

 その情報が今までの経験則だとすれば、この毒は温度を下げることで、ある程度毒の回りが遅くなるはず。

 これで少し時間が稼げる。僕はあの時以来、諦めることは絶対にしないと誓ったんだ。この少年の命も、未来も必ず守って見せる。

 何か突破口があるはずだ。この蛇に噛まれて熱を上げている。熱が上がっているということは抗体を作ろうとしている……。抗体……。毒……。

 ……そうか。突破口が見えた。

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