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8.勘違い?

「私ここで毛布かけて寝ますねぇ」

「あっ……はい」

 僕は抵抗したんですよ?
 男と一緒の家に住むっていうのは、特別な意味があると思うんですよ。この世界では普通の出来事なんですかね?

「これってどこに置きます?」

 自分のマグカップをどこに置くかというのを僕に聞いてくる。なんか新婚の夫婦みたいな会話じゃないのかなぁ。

 そんなことを考えながらも。
 自分の中では、ダメだと言い聞かせている。
 ダメなのは恋愛感情を抱くこと。

 あくまでも、仕事のパートナーとして。
 こんな歳のおっさんを相手にしてくれるわけもない。
 ただ通いやすいから、住み込みで働く。

 そういうことだろう。
 そう理解した。

「あっ、その上の棚が空いてますよ?」

「じゃあ、ここ私のもの置いてもいいですか?」

「はい。僕はその隣に置きますので」

「ふふふっ。わかりました。なんか、新婚みたいですね?」

 それはどういう意味で発せられた言葉なのか。
 ちょっと勘違いしてしまいそうになるけど?

「あっ。すみません。娘さんほども離れてますよね……」

 それもどういう意味なんだ。
 急上昇した心拍数は急降下の一途をたどった。
 娘くらいの年齢なのだから、恋愛対象にもなりませんよと言われている様な気もする。

「僕は、ちょっと生活必需品を買いに行ってきますね」
 
「あっ! まって! 私も行きますよ! 街の中分からないでしょ?」

 昨日の物件見学で結構街を歩いたので塵を把握できてはいた。ただ、ユキノさんのこの感じは、断ることは想定していない言い方だろう。

「あっ……そうですね」

「ふふふっ。行きましょ?」

 頭をコテンと傾けて可愛らしい仕草をする。
 僕は女性の免疫があまりない。

 恋愛らしいこともしたことがないし。ずっと病気と向き合うことばかり考えていたので仕事の日々だった。その中に、恋愛なんてする隙がなかった。

 仕事一筋と言えば聞こえはいいが、仕事しかすることがなかったのだ。友達がいるわけでもない。ずっと患者さんのことを考え、病気と向き合う。そんな日々だった。

 医療ミスで病院を退職してから、初めて人間らしい生活をしたのではないだろうか。スーパーで買い物をして、家で料理を温めて食べる。

 そんな生活をいままでしたことがないことの方がおかしいことなのかもしれない。その生活に女性の影があるわけもなく。男の寂しい一人暮らしだ。寂しいとも思わなかったが、ずっとあの子の家には通っていたから。

「ヤブ先生?」

「あっ。どうした? 惚れちゃった?」

「ちょっと意味わからないです。何が欲しいんですか?」

 おふっ。また意味が分からないことを口走ってしまった。
 欲しいものはいろいろあるが、金がない。

「あー。最低限、下着を欲しいかな」

「男の人の下着は、衣服の店にありますよ」

 その点はあまり違いが無くてよかった。
 鎧と一緒に売っていますと言われても変ではなかったから。

 前を歩くユキノさんはなんだかルンルンと歩いている。何かいいことでもあったのだろうか。そんなことを想いながら顔をジッと見つめてしまっていたみたいで。

「ヤブ先生、どうしました? 私の顔なんてみて……」

「ん? いやー綺麗な顔だなぁと思ってねぇ」

「またぁ。そんなこといってぇ。ホントは何考えていたんですか?」

「……何か、知らないところでいいことでもあったのかなぁ? と思ってね」

 そう伝えると、急に赤くなった。
 そしてニコッと笑い、こういったのだ。

「先生のしっているところでいいことがあったんですよ?」

 ふむ。この子は魔性の女のようだ。いったいどういう意味だろう。一緒に住めることが嬉しいとかそういうことなのだろうか。

 そんなわけがないか。五十過ぎの僕みたいな人と好き好んで一緒にいるわけがない。こんな腹の出たおっさんなんて眼中にないだろう。

「ん? そうなの?」

 知らないフリをしてそう返事をすると少し口を尖らせて前を歩き始めた。
 あれ?
 もしかして、機嫌を損ねた?

 女性はやっぱり難しい。
 乙女ゲームのようにはいかないだろうし。
 選択肢を間違うとバッドエンドになるのは、現実もゲームも同じなのは変わらないと思う。

 だが、ハッピーエンドになるためにはどの選択肢がいいのか。それは、ゲームでも現実世界でもかなり難しい選択ではないだろうか。

 ゲームの方がまだやり直しきくし、いいきがする。現実で選択肢を間違えた場合、相手は不機嫌になり、その機嫌をとるために苦労しなければならない。

 それが、まさしく今起きているような感じだ。

「あっ! あそこにマフェがありますよ?」

 マフェとは、前の世界でのパフェの様なもの。器にアイスが乗っていて、その上に果物が敷き詰められているスイーツのようなものだ。

 この街にはマフェの店はない。
 すなわち、出店である。
 この国を回っている行商人だろう。

「えっ? どこ?」

「あそこです。食べます? 奢りますよ?」

「やったぁ! いこっ!」

 手を引かれていく僕は熱くなったユキノさんの手を掴みながらかけていく。こんなに手が熱くなるなんてどうしたんだろう。

 まぁ、歩いていたから火照っていたのかもしれないし。それ以外に考えられるのは、恥ずかしくて? それとも、風邪とか?

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