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5.ユキノさん宅へ

「良かったら、ウチ来ます?」

 これは悩ましい展開である。
 はたしてユキノさんは、自分の言っている意味を分かっているのだろうか?
 男女が一つ屋根の下。それはそれなりの意味を持つと思うのだけど。

「い、いやー。ユキノさんと二人というのは、いささか……」

「ふふふっ。両親も一緒に住んでますよ?」

 僕は盛大な勘違いをしていたようだ。
 ご実家であったか。
 うん。そうだよね。

 一人暮らししているなんて誰も言ってないもの。
 恥ずかし勘違いをしてしまった。

「で、あれば、ご両親とも相談ですね。資金が得られれば、宿をとりますので」

「いいんです。兄の部屋があまっていますから」

「ん? でも、お兄さんの部屋はお兄さんが使うんじゃ?」

「あの人は、戻ってこないと思います。冒険に出たくて冒険者になりました。今頃、どこかの国をフラフラしているんじゃないですかね」

「……そうなんですね。それなら、しばらくお願いします」

「はいっ!」

 とはいいつつも、店のある通りを抜けて住宅街へと入っていく。僕の心臓はドンドン高鳴っている。ご両親に挨拶をするというので緊張しているみたいだ。

 別に結婚の挨拶でもなんでもないのに、なぜか緊張する。一緒に泊めて欲しいというのも、なかなかに勇気のいることだと思うのだ。

「ただいまぁ!」

「「おかえり!」」

 出迎えてくれたのは僕と同じくらい。五十代前半くらいの両親だった。この人がユキノさんの親か。こんないい子に育ててくれてありがとう。なぜか、そのような気持ちが湧き上がった。

 体が勝手に深々とお辞儀をしていた。
 あの子の親には散々罵倒された。
 何度家に行ったかは数えていない。

 お墓の場所を聞くため、そして謝罪する為に何度も足を運んだ。亡くなってから二十年程になるだろう。何回も拝みに行った。自分が迷った時、大きな決断をするとき。転機となる時は墓参りに行った。

 そして、二度とミスが起きない様に、気を引き締めたのを覚えている。一気に今までの場面がフラッシュバックし、胸が苦しくなった。

「この人は、ヤブ先生! 傷口を縫ってくっつけるという魔法以外の治療法を知っている、貴重な人なの! 泊まるところがないっていうから、ウチに泊めていいかな?」

 横でユキノさんが紹介してくれているが、僕は顔をあげることができない。動くことができなかった。

「頭を上げてください。その傷口は自分で治療を?」

「……はい。あるもので縫いました」

「素晴らしい。肩に乗っているのはポイズンスパイダーですよね? 害はありませんか?」

「僕の言うことも聞きますし、害はないかと」

「それなら問題ない。どうぞ。お入りください」

 その声色は柔らかく、こちらに気を使ってくれているのが感じられた。このご両親がいたからこそ、今のユキノさんがいるのだなと強く実感した。

 人に気を使える。患者さんのことを思って治療ができる。治療に関する熱意もすごい。僕のやり方が良いと思うとすぐに活用する方法を模索したのだから。

「お気遣いありがとうございます。ユキノさんの熱意に負け、一緒に治癒院を開こうと思います。魔法の効果がなくなった今、僕の知識は世界の役に立つ。そう諭されました」

「ハッハッハッ! ユキノの頑固さに負けましたね? この子はこうと決めたらまっすぐに突き進むような子でね。曲げないんですよ。治癒士になると言った時も反対したものです」

「意外です。反対しないものかと……」

「治癒士を志した時には既に回復魔法の衰退がはじまっていたんです。人類は魔法を使い過ぎた。その代償があらわれたのでしょう。生まれてくる子にも耐性が付くようになってきたんです」

「なるほど。そうなると魔法以外の治療法を確立しか助かる方法はないですね……」

「そう! だから、反対した! でも、反対を振り払って人を助けたいからと今の道に入ったんです」

「それは、ご苦労をしましたね」

 ユキノさんにチラッと視線を巡らしながらも小声でお父様へと耳打ちした。困ったような笑みを浮かべて頷く。頑固さにご両親もお手上げだったようだ。

 思い返せば、出会ってからここまでユキノさんの思う通りに話が進んでいる気がする。まぁ、僕が何も言えないということも要因としてはあるんだけどね。

「しかし、魔法以外の治療法を知っているというヤブ先生が来たからには、この世界の医療は進歩するでしょう!」

 ユキノさんのお父様は両手を広げて嬉しそうにそう口にした。
 僕にそれだけの技術があるかというのは疑問だけど、回復魔法を使わない方法で治療法を探さなければいけないということは今までの医学知識が役に立つだろう。

 もう諦めるという言葉は使いたくない。人を死なせるようなこともしたくない。僕の所に来た人は、みんな救ってあげたい。

 それが、あの子への償いになると信じている。
 あの子とユキノさんがいうように、世界を照らす光となりたい。
 その為には、いろんな症例を経験する必要がある。

 この世界は、元の世界とまたかかる病が違うだろうから。

「ヤブ先生! 何そんなに深刻な顔してるんですか? 大丈夫ですって!」

 明るくそう言ってくれたのは、ユキノさん。僕はいつもこうやって誰かに元気付けられている。情けないものである。

「うん。そうだね。一緒に世界を救おう。ユキノさんのお父様、お母様、しばらくの間お世話になります」

 深々と頭を下げた。
 ユキノさんの両親は快諾してくれたのであった。
 

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