第20話 よくない! けど、それしか方法がないの!(ベラトリックス視点)
私が今晩、相手をする話がまとまると、ドルンダ陛下とプルドは面会室から去って行った。
私は外出禁止になっていて王城からは出られない。抜け出すのは難しそう。
「どうして引き受けたんですか?」
軽率な約束をしたことに怒っているみたいで、トエーリエは責めるような口調だ。
「勇者交代事件における王家の思惑は一部しか見えていない。まだ私たちの知らない裏がある」
「うん。それはわかる」
「だったら、ポルン様を守るためには王家の中に潜り込む必要があるのもわかってくれるよね?」
私の覚悟を理解できないトエーリエとヴァリィじゃない。この言葉だけで、何を言っても考えを変えないと伝わった。
「だからといって! それでいいのですかっ!」
「よくない! けど、それしか方法がないの!」
プルドと夜を共にするなんて生理的に受け付けない。そこを我慢しているというのに、まだ責めてくるトエーリエに苛立って声を荒立ててしまった。
泣いたら負けた気持ちになるので袖で目を拭う。
「なら、お得意の魔法でズルしちゃいなよ!」
「王族の部屋は魔法を無効化する素材を使っているし、仮に突破できても監視役までは騙せない。無理だよ」
私みたいな出自がよくわからない女を相手させるのだから、近くで危険がないか確認する見張りがいるはず。
魔法で偽の記憶を植え付けるには直接接触する必要があるので、複数人を同時にごまかすのは厳しい。誰か一人は逃げ出すでしょう。
何の準備もせず面会室に乗り込んだ時点で私の負けは決まっていた。
「本当に何も出来ないの?」
ずっと黙っていたヴァリィが初めて喋った。真剣な眼差をしている。
問われたので改めて可能性を模索してみようと思った。
魔法は厳しい。それは変わらない。王城に張られた結界を壊すのには時間がかかるので脱出も不可能だ。
……でも薬物ならどう? 私は薬の知識も豊富にある。調合だって得意だ。相手の意識や記憶を改変するような薬だって頭の中にレシピは入っている。これを防ぐ魔法はいまのところない。
失敗する可能性もあるけど、チャレンジする価値はある。
けど材料や道具が手元にない。
「これから言う薬草と道具を持ってこれるなら、プルドを上手いこと丸め込むことはできるかも」
「それって、ヤったことにできるってこと?」
「うん。それもできるし、逆に立たなかったことにして何もなく終わったと事実誤認させるのも可能だね。自白効果もあるから隠された情報を手に入れられるかも」
「それ最高っ! やるっきゃないじゃん!」
ヴァリィが少年の様な笑みをしていた。部下は男ばかりと言うこともあって、たまにこんな表情をするから女のファンが増えているみたい。
「何を作るつもり?」
「お香だよ。室内において匂いを充満させると意識が曖昧になる効果がある。娼婦たちが気に入らない相手を適当にあしらうためだけに作られたから、効果は男にのみ出るの」
監視役が女だったらお香の効果は効かないので、別の方法で記憶を改ざんしなきゃいけないけど。
「すごい。そんなものあるんだ……」
昔から私みたいな状況に陥る女は多かったからね。対抗策の一つや二つ、あるんだよ。
「でも問題がある。私はここから出られないから誰かが準備しなければいけない」
「なるほどねぇ、それなら私が何とかできると思う」
「どうやって?」
騎士団長という立場なので、ヴァリィは城内でもある程度の強い権限を持っている。
だけど王族の部屋に無断では入れるほどではない。材料や道具はともかく、どうやってお香を置くつもりなのだろう。
「材料や道具は私が探してここに持ってくる。お香は部屋の準備をする侍女に渡すさ。金を握らせて、女が興奮する材料を使った特別な物とでも言えば拒否はされない」
王城内に一番詳しいのはヴァリィだ。
彼女が自信を持って言うのであれば信じても良い。
他に方法はないのだから信じるしかない、といった方が正しいかもしれないけど。
最悪失敗したら体を自由にさせた後、隠された情報を引きずり出してドルンダ陛下を刺し殺そう。勇者は殺してしまうと国が滅んでしまうので、股間にぶら下がっているモノを斬り落とすだけで済ませてあげる。すぐトエーリエに助けを求めれば命だけは助かるからね。
「わかった。それじゃ具体的な話を詰めましょ」
素材が集まっても、お香を作るのに最低でも二時間は必要だから急がないと。
この件が上手くいったらポルン様は褒めてくれるかな? なんておこがましいことを思いつつもヴァリィと話を進めることにした。
* * *
新勇者プルドとの初面談が終わった日の夜。
すべての準備を終えた私は、数人の侍女に囲まれて城内に作られた風呂へ入っていた。
入念に全身を洗われた後、髪に香料をたっぷりと付けられる。柑橘系のスッキリとした香りがする。これが最近の流行なのかな。
「お入りください」
命令に従って薔薇の花びらが浮いている湯船に肩までつかった。
侍女は夜の行為を監視役も務めているらしく、お香計画は修正が必要だ。現場で臨機応変に対応するしかない。
「体にプルド様が好きな香りを付けたいので長くつかるように」
私を見下ろすようにして侍女が言った。
「そこまでして彼に気にいられたいと思わないんだけど」
「平民風情が生意気なことを言いますね。本来なら私たちがお相手するはずだったんですよ」
後頭部を蹴られてしまった。私が夜の相手に選ばれたのことを気にいってないみたい。
上手くいって結婚でもされたら立場がないとでも思っているのかな。
だったら安心して欲しい。選ばれた理由は、ポルン様の仲間を寝取りたいからという低俗な理由だと思うから。適当に遊んで捨てるつもりでしょう。
「あなたが選ばれる? ぷっ、それはあり得ないんじゃない?」
「なぜっ!」
「鏡をみればすぐにわかることを聞かないで」
私はやられたままで終わるような大人しい女じゃない。やり返す主義なんだよね。
「この女! もっと痛い目に――っっっ!」
魔力に殺気を乗せて外へ放出すると、うるさい侍女は黙った。
貴方たちが無駄な作法を学んでいる間に実力を磨いてきた私に勝てるはずないのに、どうして強気に出られるのだろう。不思議で仕方がない。
捨て身になって襲われる可能性すら考えられない知能の低さには感心してしまう。
……といっても、私も欲しいと思ったら周りが見えなくなってしまう。同類であるため、あまりバカにはできなかった。