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第10話 五人の健康状態を確認してくれ

 息子が元気になってしまい、ほとんど寝られなかった。

 もんもんとした気持ちを抱えながら長い夜が終わってようやく朝になる。

 味の薄いスープを軽く飲んでからエーリカの案内に任せてボロボロの家の前に着く。

 屋根は崩れかけていて、木の壁は穴が空いており外からでも中が覗ける。もはや建物の役割を果たしてないといえるだろう。

 田舎村だといってもこれは酷すぎる。劣悪な環境だ。

「五人はここに隔離されています」

 知識を持たない村人たちは、瘴気による汚染を病だと勘違いしているらしい。発生源を取り除かない限り隔離なんて意味ないんだけどな。

 浄化が終わったら正しい知識を広めなければいけない。

「勝手に入っても良いのか?」
「昨日の夜、村長に許可は取っています。もう死んだ者として扱われているので何をしても良いとのことです」

 まともな食料すら手に入ってない現状では、真っ先に弱い人たちは捨てられる。

 倒れた五人はもう生きている者として見られてないようだ。

「このまま死んだ方が村にとって都合は良い、とかないよな?」
「それは大丈夫だと思います。村人全員が毎日健康になるようお祈りしてますし、元気になるのを待ち望んでいると思います」

 本心では生きて欲しい。だけど現実がそれを許さない、か。

 この対応も苦渋の決断だったのだろう。

「わかった。では処置を始める。エーリカは外で待機して誰か来たら教えてくれ」

 指示を出してからベラトリックスと家に入る。

 床の上に直で寝ている五人がいた。全員子供だ。男が一人と女が四人。

 体が小さいから汚染物質への影響が早めに出てしまったのだろう。エーリカも成人にしては背が低かったので、俺の推測は間違ってない自信がある。

「五人の健康状態を確認してくれ」

 静かにうなずくとベラトリックスは前日と同じように子供たちに魔法を使って体内の調査を始めた。

 終わるまで少し時間がかかるので、俺は床に手を置いて床に光属性を付与する。

 ほんのりと輝き出した。光の粉が舞い上がって室内を明るく照らす。

 室内限定ではあるが強めに付与したから、この場所だけは瘴気を跳ね返すほどの力を発揮してくれることだろう。

「調査完了です。体は衰弱しているようですが、汚染物質さえ取り除けば持ち直すと思います」
「わかった。後は俺がやる」

 左右で別々の手を握ると光属性の魔力を流し込む。少し抵抗を感じたがたいした力はない。これで確信した。小型の弱い汚染獣による瘴気の影響である。

 苦労することなく子供の体内に蓄積していた汚染物質は浄化された。

 次の二人も同じ事をすればすぐに作業が終わり、最後の一人を見て止まる。

 体から瘴気が漏れ出しているのだ。

 これは高濃度の汚染物質が存在する証明である。先ほどまでの汚染物質と比べたらレベルは数段高い。

「ベラトリックス。彼も他の四人と同じだったのか?」
「そうでしたけど……何かあったんですね」
「男の子だけ体から瘴気が発生している。中型もしくは大型の汚染獣から影響を受けている可能性があるぞ」
「っっっっ!!」

 汚染獣は強くなれば体は大きくなる傾向にあり、俺たちは便宜上サイズで危険度を表すことにしている。もちろん偽装されることもあるので見た目だけで判断できないが、大きく外れた事例に俺は出会ったことがない。

 また強い汚染獣は放つ瘴気の濃さ、大地や生物の体内に残る汚染物質も相応の危険度になる。つまりヤバイってことだ。

 山脈が真っ黒になっているのも納得である。あれは大型の汚染獣の影響も受けているのだろう。

 大型の汚染獣は知能が高いため非常に厄介な相手だ。

 光属性を持つ者がいると気づいたら真っ先に動いて殺しに来る。

 勇者をクビになったというのに命なんか狙われたくない!

 村の浄化を弱めにしていて良かった。

 全力を出していたら俺の存在に気づいて殺しに来ていたかもしれない。

「本来は数日かけて浄化しなければいけないが、子供の体力が持たない。いっきに片付けるぞ」

 小さな手を握ると全力で光属性の魔力を流した。

 強い抵抗を感じ、せき止められてしまう。

 くそ……ッ。浄化の力が届かない!

 汚染で死にかけている人は見捨てない。それが光属性を持つ人が背負う責任であり、俺がこの村を早々に立ち去らなかった理由だ。

 室内や個人に対してなら汚染獣も俺の存在に気づけないだろう。

 今が全力を出すときである。

「俺はお前たちには負けないッ!!」

 最後の一滴まで振り絞るイメージで光属性の魔力を小さな体に注ぐ。ようやく僅かではあるが浄化が働いてくれた気がする。

 今の勢いを止めるべきではない。

 目を閉じて集中する。

 汗が流れ出て体は疲れているが、それでも大量の魔力を使い続ける。

 体内から力が抜けいき、時間感覚が曖昧になってきた。

 俺はどれほど同じ事を続けているのだろう。

 魔力の枯渇が近づいて激しい頭痛と倦怠感に襲われてきた。このままだと先に俺が倒れて死ぬかもしれない。

 そうすれば男の子を助ける手段はなくなってしまう。

 方針を変えて中断するべきか?

 悩んでいると、ふと小さな手が動いたように感じた。

「大丈夫か?」
「うぅっっ」

 まともな言葉ではないが、意識を取り戻しつつあるようだ。

 子供が頑張っているのだから大人である俺が先に根を上げるわけにはいかない。

 最後の気力を振り絞って光属性の魔力を注ぎ込むと、さっきまでの抵抗が嘘だったかのように体内の汚染物質が急速に浄化されていった。

 よし! これでなんとかなる!

 すべてを浄化しきって安心したら、魔力欠乏の症状が出て急に力が抜けてしまう。

 仰向けに倒れてしまった。

「ポルン様っっ!?」

 慌てたベラトリックスが駆け寄った。

 俺を抱き上げようとする。

「先に子供の確認を頼む」
「でも!」
「これはお願いではない! 命令に従え!」

 勇者時代のように強い口調で言ったら、なぜか嬉しそうな顔をされてしまった。

「わかりましたっ!」

 納得したベラトリックスは子供たちの体内調査を始める。

 みんな助けられると良いな、なんて思いながら眺めていた。

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