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第21話 エポンを守れ!強襲のイブニング!!

 エポンが薫たちから逃げ出す、数分前。

 神尾町南区の上空に1人の男が、虚空から姿を現す。紫色の様な黒色の様なモヤが突如何もない所に発生し、その中からヌッと出てきた。



 その男はイブニング。闇の世界の国、ドーン帝国に所属する妖精界侵攻部隊隊長である。

 たった1人で妖精界を氷漬けにして、滅ぼした恐るべき男だ。

 そんな彼だが妖精界を凍らせている時、3体の妖精が何処かへ逃げていくのを確認して、自分の作戦が失敗した事を知った。さらに、妖精界の女王が凍る間際に、世界全体に結界を張り始め、急がなければ妖精界から出られなくなる状況になってしまい、目星をつけていた8体の妖精を氷漬けのまま回収し、脱出をしたのだった。



 それからはドーン帝国の皇帝から人間界の神尾町へ向かって、逃がした妖精の捕獲、もしくか始末を命じられる。

 それからだった。彼が失敗続きの人生を歩むようになったのは。

 妖精界から逃げ出した妖精たちは人間界の住人と手を組み、伝説上の存在だとされていた”アンジェストロ”となり、ドーン帝国の万能兵士と名高いリコルドを次々と浄化されていった。

 9体ストックがあったはずの妖精の氷漬けも、今や2つだけになってしまった。



 手に持っている妖精の氷漬けを見つめ、ポケットに入っているドクターエクリプスから貰った黒い機械に触れる。

 その丸みを帯びた機械の冷たい感触を感じながら、次がリコルドで勝つ最後のチャンスである事を自覚させる。それと同時にこの機械から謎の恐怖感も感じていた。

 故に、イブニングはこの機械を使わないためにと、こっそりエクリプスの研究室にあった妖精が入ったカプセルを拝借しており、それも含めて3つの妖精を使ってアンジェストロと戦う気持ちに切り替える。



 もはやアンジェストロになってしまった妖精2体は後回しにして、アンジェストロになっていない、黄色い妖精を狙う。それがイブニングの最後の作戦だった。

 これはもう作戦とはいえないだろう。恐らく他人から見たら自棄になったのだと思われるだけだ。

 だがそれでもイブニングはやるしかなかった。ドーン皇帝の期待に応えるために。そして自分と違って順調に結果を残しているという姉に追いつくために。

 複雑な思いを抱えながら、空から妖精を探しに行く。





 芝乃川を勢いよく上っていると、エポンは頭の中で、自分が置かれてしまった状況の事への文句を言っていた。



 (なんで、何でエポンが戦わなきゃいけないエポ?ラパンとミランがやってるエポ、エポンがやる必要なんてないエポ!ユズキだって…戦う必要なんて…エポ!!)



 そもそも飛べるはずなのに、泳いでいる事からも彼の慌てようがよくわかる。

 ザバンザバンと大きな音をたてながら、川の流れに逆らって泳いでいた。



 (嫌エポ……エポンはやらなきゃいけない事とか、自分だけの使命とか……そういうのが嫌エポ!だから…妖精界が大変な事になったあの日…諦めて家にいたのに…ラパンたちが連れだすから…こんな事になっちゃうエポ……)



 一心不乱に泳ぎ、疲れてきたエポンは適当なところで、岸に上りゴロンと寝転んだ。

 すると、エポンの身体に雨粒が当たっている事に気づいた。

 いつの間にか雨が降ってきていた様だ。

 段々とエポンは一人になった事の孤独感が溢れ、涙が流れそうになってきていた。

 自分が世界で一番不幸なのだと、そういう風に思いながら雨模様の空を見上げていた。



 すると、遠くから「エポ~ン」と、彼を呼ぶ女性の声が聞こえた。

 この声は黄海だ。黄海柚希の声がこちらに近づいてきている。



 (も、もう追いつかれるエポ!?い、移動しなきゃエポ…)



 

 エポンは急いで体を浮かせると、再び川上の方へ行こうとする。



 「エポン~いたいたぁ~。待ってよぉ~」



 だが黄海の走るスピードはエポンが飛んで逃げるより早く、既にもう真後ろに来ていた。



 「早いエポぉ~…」



 「話を!話を聞いて欲しいラパぁ!せめてユズキのだけでもいいからぁラパぁ!」



 さらにラパンまで追いついてきたようだ。

 エポンはピタッと止まり、振り向いて追いかけて来た3人の人間と2人の妖精を見る。だが、表情は相変わらず戸惑っている。



 「エポンゆずは―――――――――――――



 黄海がエポンに自分の気持ちと、ラパンの気持ちを伝えようとしたその時。

 上空から黒い光弾がシャワーの様に降り注いだ。



 「な、何これぇ…!?」



 「え、エポぉ……」



 「この光の弾…イブニングラパ!カオル!!」



 「はぁ……はぁ……う、うん!私、やるよ!」



 戸惑う黄海と怯えるエポン。この攻撃が、イブニングからの攻撃だと気づいたラパンに引っ張られ、変身をする薫。



 「「コンドラット・アンジェストロ!!!」」



 そしてすかさず、弾性を持つ盾”ソル・スクード”を出来る限り大きく発動し、無防備な黄海たち2人を覆って守る。

 そしてミランと明瀬も共にアンジェストロへ変身し、真上にいるであろう、イブニング目掛けて飛び上がった。



 「おっ、来たかぁ。来るのは青い奴…シエル…だったかぁ?お前だと思ったんだよなぁ」



 「何あたしが来ても無視して真下に攻撃してるのよ!あたしに攻撃しなくていいの?」



 シエルはあえてイブニングの言葉を無視するように話す。

 だが、イブニングは全くそれを聞こうともしない。

 隣まで飛んで来た時に話しかけた以降は、何も言わず虚ろな目で真下にいるソルたちに光弾を撃ち続けている。

 その様子はどこか狂気を感じさせた。



 「ちょっと!無視すんなぁ!やぁ!シエル・アルティ!!」



 何も反応を示さないイブニングに、シエルは手に持った棒状の武器、シエル・グルダンの側面にフェアリニウムを纏わせ、そのまま横から殴りかかった。



 「ふん…」



 「なっ…!?」



 しかしイブニングにはその攻撃は通じず、顔を向けられる事もなくノールックでグルダンを掴まれ、止められてしまった。

 更にそのままグルダンを振り回し、シエルを地面へ叩き落した。



 「うわぁああぁあ!!」

 《やっぱ強いミラ!》



 冷静にイブニングの強さを実感しているミランをよそに、シエルは地面に叩きつけられる直前に、落下地点にソルが、ソル・スクードを張りトランポリンの様にして、ダメージから守ってくれた。



 「わっ!あっ!!ソル、サンキュー!」



 「サポートは任せて…!」



 エポンたちを守りながらもシエルのために盾を出したが、激しいイブニングからの攻撃によって最初に出した盾は破られてしまい、ソルたちがいた辺りが無数の光弾によって爆発を起こしてしまう。



 「ソル!!柚希!!エポン!!」



 シエルが叫び、土煙を実体盾シエル・プロテクシオンで振り払うと、エポンと黄海の上に覆いかぶさり自分の身を盾にして守っていた。



 「な、なんて無茶を…大丈夫…?」



 「う…うん…何とか…!」



 2人は支え合いながら立ち上がり、エポンと黄海にも怪我がないかを確認する。



 「柚希たちも大丈夫?立てる?」



 「う、うん。天土ちゃんが助けてくれたからぁ…。ごめんねぇ」



 「……エポ…」



 「2人とも無事でよかった。ここは危ないから離れててね…!」



 「わかったぁ!行こう、エポン」



 そう言って黄海はエポンを抱えて、その場から離れた。

 土煙が晴れてくると、上空からイブニングが下りて来た。

 彼はかなり落ち着いており、先ほどまで恐ろしい数の光弾を撃っていたとは思えない程、静に地上に降り立った。

 イブニングは左手に2つ、右手に1つの妖精を持っており、それらを地面に落とすと同じ数の人形も落とした。



 「リコルド・クレシオン…」



 イブニングがそう呟き、これまで通り黒い泥が妖精と人形を包み込み、蒸気と共に中から3体のリコルドを創り出した。



 その内2体のリコルドは見た目は筋骨隆々な男性の様であると共通しているが、片方は両足が肥大化しており、もう片方は両手が肥大化していた。双方とも武器は持っていなかった。

 最後の1体は、翼を持った馬の見た目のリコルドで、他の2体のリコルドを差し置いて、異彩を放っていた。

 ソルとシエルも、これまでに戦ってきたリコルドと全く見た目が違うリコルドに困惑していた。



 「な、何あれ…ペガサス…?」



 「でもペガサスって空想上の動物でしょ!?…妖精にはいるって事なのかしら?」



 「ラパン、どうなの?」

 《あんな変な見た目の妖精なんていたラパ?…ラパンの周りには、殆どこの世界の動物と同じような特徴を持った妖精だったと思うけどラパ…》

 「ラパンは知らないって」



 「ミランはどうなの?」

 《昔はいたはずミラ。それもかなり昔、ミランのおじいちゃんのおじいちゃんくらいの世代には、ペガサスや不死鳥の妖精がいたと、本で読んだ事があるミラ…》

 「ミランのおじいちゃんのおじいちゃんくらいの世代って……どれだけ昔の妖精を誘拐してたのよ!」



 シエルの言葉を聞き、ソルも驚いた。

 どのようにして、そんな昔の妖精を持ってきたのかという疑問が浮かぶ。

 そして、同時に3体のリコルドと戦うなんて経験あるはずもなく、敵から放たれる威圧感に気圧されてしまう。



 「さて…俺はこれから、お前らの残り…黄色い妖精を殺す。お前たちはこのリコルドと遊んでいろ…」



 イブニングが手を適当に振ると、一斉に3体のリコルドがソルとシエルに飛び掛かった。



 「そ、ソル・スクード!ぐぅ…!!」



 「シエル・スクード!!ぐっ……!重い……!」



 咄嗟に盾を作り、2体の人型のリコルドの攻撃を押さえる。

 しかし、残ったペガサスリコルドが翼を使って、強い風を吹かせて、2人を飛び上がらせてしまう。



 「うわぁぁああ!?」



 「ま、不味い…!このままじゃ、エポンがっ…!」



 空に飛ばされた、2人に再び目掛けて飛び上がり、肥大化した足や腕でソルとシエルに攻撃を仕掛けた。

 そのリコルドの背後にはまたペガサスリコルドが待機していた。



 「ど、どうしようかしら……!ぐっうう……!!」



 重い拳をシエル・プロテクシオンで受け、苦悶の声をあげつつも今にもイブニングが迫っているエポンと黄海の心配をした。



 ソルもまた、攻撃を防ぎつつどうやって助けられるのか、考えていた。

 このままでは、2人の命が危ない。だが、少しでも気を抜けば、自分たちも目の前のリコルドたちにやられてしまうだろう。

 やられるというのも気を失うなどでは無い。命を奪われるという意味でだ。



 (こう考えている間にも、3体のリコルドは絶え間なく攻撃してくる……でも私じゃイブニングを止めに行っても攻撃できない……私自身の所為で……迷っている暇はない…!これしかない!)



 「しっ!シエル!エポンたちを助けに行って!!」

 《ラパ!?カオル、何を言ってるラパ!》



 「ど、どうしたのよ!この量の敵、あなただけじゃ…!」



 「私じゃ、イブニングと戦えない!武器もあって、戦い方に幅があるからっ…!弾く、いなすだけの単調な私よりきっと、上手く戦える!守れる!だから…お願い!」



 リコルドからのキックの連発を何度も受けながら、シエルにイブニングとの戦いを頼み込む。

 今戦っているリコルドと、ペガサスリコルド、両腕の大きなリコルドも一人で相手をするというソルの無謀ともいえる提案に、シエルは一瞬迷うも黄海たちの危機が今にも迫っている事を鑑み、ソルの提案に乗る事にした。



 「わ、わかったわ…!イブニングなんてすぐに倒して、加勢に来るから!」

 《くぅ…そうするしかないミラか…!》



 「シエルっ、お願い!ソル・メランツァーナ!!!」



 タイミングを見計らい、両脚が大きなリコルドが両足を揃えてキックしてきた時、ソル・メランツァーナを発動し、凄まじい勢いの蹴りを、シエルのプロテクシオンに連打をしているリコルドの方へいなす。

 いなされたリコルドは、そのまま進行方向にいたリコルドと衝突、地面に叩きつけられた。

 その隙を埋める様に、ペガサスリコルドがシエルに黒い半月状の攻撃をしてきた。

 ソルはすかさず、シエルとペガサスリコルドの間に入り、ソル・スクードで跳ね返し、シエルがエポン達を助けに行く隙を生み出した。



 「ありがとう!ソル!」



 「だいじょーぶ!……やってやるぞ…!」

 《頑張るラパ…!》



 少々の恐怖感を感じながらも、ソルは地面に空いた穴から這い上がってくる、2体のリコルドと、上空で翼を強く羽ばたかせながらこちらを睨みつけているペガサスリコルドに対峙する。



 一方その頃、シエルは素早く翼をはためかせ、イブニングの目の前に降り立った。



 「おっとぉ…シエルかぁ…。はぁーっ、3体もリコルドを出したってのに、足止めもできねぇのか……俺自信無くなっちまうぜぇ……」



 「黙りなさい!何が自信が無くなるよ、抵抗できないエポンは自分で殺そうとする癖に、あたしたちアンジェストロとは戦おうとしないで、リコルドに任せるような腰抜けに友達を傷つけられるわけにはいかないのよ!!」



 手に持っているシエル・グルダンを突き出し、イブニングを挑発する。

 それは、イブニングがリコルドに指示を出さない様にと、そしてエポンと黄海から意識を自分に向けるためで、シエルが危険な状況になってしまうが、ソルが危険を顧みず、リコルドの相手をしているというのに、自分が危険を前に臆するわけにはいかないと考えたからだ。



 だが、シエルは自分とイブニングの実力差は理解していた。

 先程の空から地面に落とされた時、自分のグルダンを掴まれ全く反応できないまま投げ飛ばされてしまった、あの大量の光弾を自分は捌ききれるのか、シエルには自信がなかった。

 それ以上に、彼女の眼にはフェアリニウムなどの人間界に無いエネルギーの動きを視認できる力が備わっているのだが、イブニングの中にある闇エネルギーの濃さが彼のまだ見せていない力を想像させ、シエルを身震いさせていた。



 「…ちっ……ああぁぁあ!クソがぁ!あー俺のポリシーがさぁ!滅茶苦茶なんだわ!」



 「ぽ、ポリシー?何よそれ…」

 《…まさか、あの事ミラ…?》

 「え、ミラン知ってるの?」



 「リコルドで、てめぇらを殺すっていうポリシーだぁ!ソルに妖精の回収を小賢しいやり方で邪魔された時、リコルドを初めて目の前で倒された時…あんまりにも腹が立ったからアイツに言ってやったのさ、”リコルドでお前の日常をじわじわ削って殺してやる”ってなぁ!!!」



 《そうミラ、そんな事言ってたミラ。でもまだそんな事にこだわっていたなんてミラ…》

 「なんて身勝手なの…!自分のやりたい事が出来なかったからって、逆ギレするなんて、子供じゃないんだから…!」



 「うるせぇ!……いーや待てよ、あの時俺が言ったのは、ソルに言ったんだったよなぁ……じゃあ、シエルお前は関係ないかぁ!お前は俺の手で殺せばいいんだよなぁ!」



 「っ…!えぇ、そうね。自分でそう思うならそうなんじゃない?自分でポリシーって言っていた事を曲げるなんて、男らしくないしもっと子供みたいだけれどね」



 イブニングの威圧感に気圧されるも、更に煽る様にシエルは話す。

 とは言え、彼女の望んだとおりに1対1の構図に持ってこれたのは、僥倖であった。



 「後悔して死ね!オラァ!!」



 イブニングは、手を適当にしたから上に勢いよく振ると、その手の軌跡をなぞる様に、一気にシエルの前まで氷の柱が生えてきた。

 同時に辺りの空気が一気に冷える。



 「シエル・スクード!!流石にっ、早いわねぇ!」



 シエル・スクードを自分の前に出して、実体盾シエル・プロテクシオンでも防御の姿勢をとる。

 そうする事で、シエルに襲い掛かって来た氷はシエル・スクードに触れた事でフェアリニウムに変換され、プロテクシオンの効果によりそれらは、盾に吸収されて行くのだ。

 そのためシエルは、イブニングの最初の攻撃は無傷で防ぐことができた。



 「やるなぁ…まあ今のは防いでくれないとさぁ、俺の鬱憤が晴れねんだわぁ!」



 今度は黒い光弾を運動会などで見る大玉程の大きさで、放ってきた。

 弾は素早く、真っすぐ、そして地面を削りながら進んでくる。

 シエルは一瞬、避ける事が頭を過ぎったが、すぐに自分の真後ろに黄海とエポンがいる事を思い出し、先程と同じ防ぎ方をする事にした。



 「ぐぅ…っ!流石に大きいし…重い…!押されるっ…!!」



 スクードとプロテクシオンで真正面から受け止めた事で進むエネルギーが全く減る事なくシエルにぶつかった。

 そのため、先程の下から来る氷の柱とは違い、延々と続く質量の多いエネルギー弾を少しづつ吸収しながら抑え込むことになってしまった。

 シエル自身も、徐々に後ろに押されて行っている。



 《はっ!シエル、右から来るラパ!》

 「えっ…右!?」



 目の前の大玉の光弾を盾で受け止めながら、右を見るとそこにはイブニングが迫っていた。その右の拳には氷が纏わせている。



 「なっ…!この弾は目くらましってわけ!?」



 「今更気づいたって遅ぇよ!」



 動けないシエルは、そのままイブニングの右ストレートを横っ腹に受ける。更にその氷がシエルの服に触れた瞬間爆発を起こし、彼女を吹き飛ばした。



 「あぁああっ!!」

 《アオイ!盾を張るミラ!》

 「はっ…!もう…忙しいわねっ!」



 ミランに言われた通り、シエルはスクードではないただの固い半透明な盾を自分の背後に作り出し、自身を止めた。

 唯々固い盾で、爆発で吹き飛ばされた体を止めたため、背中に強い痛みが走るが、根性で我慢をする。



 「っつぅ……!な、何なのよ、あの氷…氷なのに爆発って…!」

 《イブニングの力が凍らせる力と光の弾を出すくらいしかわかってないから、どう対応すべきかが、まだ判断しかねるミラ…》

 「今はまだ、正面から戦うしかないって訳ね…!全く」



 「上手い事止まったなぁ!上手いじゃあねぇか…じゃ、もう1回だ!!」



 イブニングが左手をわずかに動かすと、大玉の光弾は素早く方向を変えて、再びシエルに向かってきた。しかも今度は、先程とは違い更に早く突っ込んできた。



 「全く……本当にせわしないわねっ!シエル・スクード!!」



 シエルささっきと全く同じように防ぎ、光弾の闇エネルギーをフェアリニウムに変換し吸収しながら、受け止める。

 今いる位置では背後にはエポンたちはいないが、彼女が思っているよりも早く光弾が飛んできたため、同じように防ぐほかなかった。



 シエルがより強く踏ん張りながら、イブニングがどのように攻撃してくるかを警戒した。



 「予測したところで、お前が俺に勝てるわけねえだろうがぁ!」



 今度は大玉の左側の陰から姿を現し、シエルの下半身を凍らせて封じてしまう。



 「そんなっ…!」

 《これじゃ動けないミラ!》



 大玉は動きを止め、下半身を凍らされたシエルはプロテクシオンを大玉に向け吸収をさせながら、グルダンで凍った部分を何度も叩き、砕こうとする。

 しかしそれは酷く硬く、何度フェアリニウムを纏わせて叩いても砕けそうになかった。



 「くぅ…!このままじゃ…!」



 「そうだよなぁ…!砕きたいよなぁ…!」



 ニヤニヤと笑いながらイブニングは凍らせた後のシエルからゆっくりと離れていった。

 その不可解な動きはシエルを焦らせるが、凍っていてしまって動けないため何もできなかった。



 (何!何なのよ!何をする気なの!?急に離れたのは何故!イブニングがする行動から何も予測できていない!このままじゃジリ貧で…いや真正面からやられちゃう…!!)



 「氷漬けのままは嫌だよなぁ…、俺ぁ優しいからよぉ、氷砕いてやるよ…」



 「あんたがやったんでしょ…!なにをするつもり……」



 「何をって…こうやるんだよ!」



 イブニングが左手をグッと力強く握ると、シエルの目の前にあった大玉の光弾が凄まじい閃光と共に爆発を起こした。

 もはやシエルに声すら出させない速度と威力のエネルギーの奔流は、一瞬で地面に大きなクレーターを作り、シエルの下半身を包んでいた氷は砕いたが、それ以上にプロテクシオンでは防ぎきれない程の爆発が彼女の全身を襲い、焼き尽くした。



 天高く吹き飛ばされ、そのまま地面に落下したシエル。

 全身が傷だらけでボロボロ、グルダンも手から離れ遠い地面に突き刺さってしまっている。



 「かぁあ……うう……はぁっ……!」

 《アオイ…!アオイ!》



 シエルはただ、呻き声をあげ地面に突っ伏す。その場から立ち上がる力は残ってはいなかった。

 内側からミランは、声をかけ続けているが、それに反応できそうにもない。



 「あぁあ!ざまぁ無いぜぇ!そして気持ちいいなぁ!!自分の手で気に入らない奴をぶっ飛ばすってのはよぉ!!」



 イブニングは、大きく手を広げ、オーバーリアクションで天を仰ぐ。

 勝ち誇ったその態度に、シエルは何か言いたかったが、何も言えなかった。

 今負っているダメージによる痛みだけでなく、実際に手も足も出なかった現状で、奴の鼻を明かせる事など、思いつくはずもなかった。



 「さて…と、シエルは…ここで殺すかぁ…。ドクターも厄介だって言ってたしなぁ…!」



 (ど、ドクター?誰よそれ…こんな時に新しい名前出すんじゃないわよ…!……どうしよう…このままじゃダメなのに……ソルに……天土さんに頼まれたのにっ……!)



 「死ねぇ!!」



 起死回生の一手を考えるシエルの頭上に、再びイブニングの大玉の光弾が迫る。

 イブニングは今度は自ら爆発させるのではなく、このエネルギーで押しつぶしてやろうと考えていた。



 空気を切り裂く様な甲高い音をたてながら空から落ちてくる大玉を、シエルは横目で見ながら、どうするか、どうやって動くか、頭をフル回転させて考えていた。

 このままでは潰される。イブニングの言葉通りならここで殺されてしまう。

 怖い、恐ろしい。だがそれ以上に、シエルが嫌なのは、友の期待に応える事なく敗北する事だった。

 友の約束や期待に沿えるならば、死すら彼女にとってはどうでもよい事なのだ。

 故に考えた。

 迫りくる黒い大玉をどうするべきか。

 プロテクシオンでは一気に吸収できず足止めを食らってしまった。グルダンは今手元にないが、あったとしても掴まれてカウンターを食らってしまう。

 今自分に出来る最善はなにか、考え続けていた。



 イブニングはもはや、自分に敗北は無いと考えていた。

 完膚なきまでに叩き潰したシエルは、あれだけの爆発を防御しきれなかったのだ。

 かなりの負傷をしていて、立つ事すらままならないだろう。

 故にこの光弾で圧死させればもう終わりだ。

 そう考えていた。



 ――――――――にも関わらず、何故か光弾はシエルではなく、イブニングの方へ向かってきていた。

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