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第36話 嫉妬

「愛咲……さんだったわよね」

「は、はひ」

 緊張しすぎて噛んでしまった。

「初めてだけど、そういうことよ。みんな、互いに足を引っ張らないように力を合わせて戦っているから、くれぐれも邪魔したりしないようにね」

「わかり……ました」

「みんなも同じよ。周囲の足引っ張んないように、全力で戦いなさい!」

「「「「はい」」」」

 旅館から、苦情が来ないかな……。

 それから、休憩時間となったようでマネージャーの人が私たちにお菓子を持ってきてくれた。
 黒髪で、ロング。にっこりと笑顔が似合う長身のお姉さんの人。

 安倍川餅にウナギパイ。どれも美味しそう。さらに、一人一人に茶を配る。

「マネージャー……さん?」

「はい。よろしくお願いいたします。美波と申します」

 美波さんはにっこりとした表情で挨拶をしてから、お盆からお茶を手に取り渡してくれた。

「あ、ありがとうございます」

「応援してますから、頑張ってくださいね」

 にっこりとした笑顔がとても似合っていて、素敵な人だと思った。思わずドキッと胸が高まって、見とれてしまう。

 美波さんは私の手元を離れ、隣の隊員の元へ。
 ミトラが、肩に寄っかかってくる。

「私というものがありながら、これは浮気ですの」

 ニヤついた、いたずらのような笑みを浮かべて、肘で腕のあたりをつついてくる。嫉妬か?
 うるさい奴だ。

 ちょっとイライラしてミトラを離そうとすると、事件は起こった。

「何よこれ、熱いお茶なんか出してくるんじゃないわよ!」

 甲高い声がこの部屋全体に響き渡る。
 すぐに声の方向を向いて、誰の声だかわかった。

 菱川だ。目の前にいる美波さんに出されたお茶を片手に怒鳴り散らす
 菱川は なんとそのお茶を女の人に向けて投げつけらのだ。

「まったく、マネージャーの分際で私のことも知らないの?」

「も、も、も、申し訳ありません!!」

「こんなくそ熱いお茶なんか出すんじゃないわよ。どんだけ無能で、気が利かないマネージャーなのよ。ひっぱたかれたいの?」

 思わずお茶を一口すする。確かにお茶は熱いけど、飲めないって程でもない。猫舌なのかな? この人。

 そんなこと考えていると、菱川は自分のお茶を手に取り──。

「この無能。死んだほうがいいじゃないの?」

 そう怒鳴り散らして、お茶を美波さんの顔面に向かってぶっかけた。
 まさかの行動に、周囲は騒然となる。美波さんは、顔中にお茶をぶっかけられ、むせたのか四つん這いになってゴホゴホと咳こんでいる。

 ミトラが、耳打ちしてきた。

「菱川さんは気難しくて、いつもこんな感じですの」

「ほ、本当に??」

 そんな人のもとで、しっかりと戦えるのだろうか──。
 正直不安しかない。

 大丈夫かな??

「ほら、熱くないお茶ないの? 人待たせすぎよあんた!」

 美波さんが苦しそうなのに、そんなことは気にも留めず要求する菱川。

「ちょっと、待ってください」

 そう言って美波さんはいったん部屋を出ると、再びお茶を持ってきた。

「これは冷えているので、これでよろしければ……」

「この気が利かない指示待ち女! 私のこと、知ってるはずでしょう」

 そう言って機嫌が悪そうにごくごくとお茶を飲む。お茶を飲み干すと、立ち上がってスマホを手に取る。

「ちょっと、本部の人と電話してくるわ。あんたたちも、旅行気分になってないで気持ちを切り替えなさいね!」

 そして菱川はこの場を去っていった。

 菱川が去った瞬間、周囲の隊員たちがひそひそと会話を始める。

「あいつ、ほんとうっぜぇ──」
「えらっそうに。いざとなったら責任こっちに押し付けてくるくせによぉ!」
 舌打ちをして愚痴を言い合っている。明らかに悪い雰囲気。
「あいつ。いつもそうなんだよな……。厳しいこと言って雰囲気悪くするくせに、責任は部下に責任転換ばかり。だから出世できないんだよ」
「まあ、きつい性格ですわね……」

 ミトラは、苦笑いをしながら隣の女の人と会話をしている。誰とでも屈託話せる性格が、うらやましい。
 赤い髪と、肩までかかった右のサイドテール。姿とそぶりを見る限り、ヤンキーっぽい女。

 ミトラの、他の隊員の人達と話す時より、どこか砕けた言い方。
 楽しそうに笑顔で話す姿を見ていると、私の胸がぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われる。
 思わずむっとしてしまい、重苦しい気分になってしまう。
 なんでだろう……。
 私はどこか重い気持ちになっていると、ミトラとヤンキー女は私の方を向いてくる。

「紹介しますの。私と一緒に行動しています。新人の愛咲凛音です。こっちは私の友人神川ひとみですわ」

 私は、突然のことに動揺してしまう。いきなりそんな高難易度な事させないで!
 視線をきょろきょろさせ、言葉を詰まらせながら何とか言葉を返していく。

「そ、そ、その──。あ、愛咲凛音です。よろしくお願いしますっ」
「あんたが、ミトラが言ってた凛音って人ね」

 ひとみと目が合った。ぶっきらぼうな口調。ひとみはふ~んといった感じで物珍しそうにこっちを見ている。

「へぇ~~、なんか陰キャっぽい。コミュニケーションとれんの?」

 大きなお世話だ!

 初めての出会いだというのにすっごい気安いしゃべり方。まるで、もう友達になったかのように──。
 こいつを見ていて、思い出す。私が休み時間、教室で突っ伏していたり、スマホでゲーム押していた時気安く肩を組んで話しかけてきた奴らのことを──。
「ぼっち」とか「友達がいない」とか言って必要以上に絡んできた奴ら。
 そういうクソみたいなやつが、私は嫌いだった。
 変に絡んできて、からかってきて──。
 ボッチで陰キャの私とは、相性が最悪な存在だった。
 どうせ輪に入ったところで、頭の中で「あー」だの「うー」だの頭の中でなにを離せばいいか考えこんだり、一生懸命会話について行こうとして、見当違いな事を言って周囲をドン引きされたり。
 こいつも、そんな奴なのか……。

「まあいいや、よろしくね」
「よろしく──」

 私はひとみから目をそらし、軽く頭を下げる。ひとみはにっこりと笑い、気さくに言葉を返して返事した。
 ……私、うまくやっていけるのだろうか。

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