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序編

 彼女の部屋に、一個だけの薬莢があった。

 驚くべきではない。感心するべきなのだ。彼女の彼氏になれた、この俺こそを。
 そう南城(なんじょう)(たけり)は、自分の胸もとを抑えて、それでも心臓めがけて一発、拳を叩きこまなければならなかった。

 ドクドク、と、胸の拍動が、もはや憎たらしいほどに、揺れ響いていた。
 もしかしたらと、そう思う。
 そうして、それを気にするべきじゃない《《はず》》だ。
 しかし、南城は、彼女の机の上の、ライトスタンドのすぐそばに立っていた薬莢を、見つけた。彼女の部屋のドアが空いていて、そこで、あの薬莢だけがいびつなほど、目立っていた。
 一人だけで、独立していた。

 彼女が好きな真紅色をしたカーペットが敷かれた部屋へと、南城は靴下のまま、足の裏の柔らかさをドスドス踏み分けて、机のそばへ歩み寄った。
 机の上から、薬莢を拾い上げた。南城の指先が、マイクロサイズの黄金カップのような薬莢、その曇り一つない金地に、べったり指紋をつけた。
 短小な、チビな、薬莢だ。
 彼女がつかう、獲物を狩るのにつかう、スレンダーでくびれがある、あのライフルのための、薬莢じゃない。
 拳銃のための、リボルバーのための、自分を守るための、それしか能のない、小さな、寸胴な、一つの、薬莢。
 それが、南城のつまみ上げた指の先で、自分ひとりで、金色(こんじき)に、輝いている。
 南城は訳もなく、ちびた薬莢を持ち直した。彼の、少年の若い指の脂が、物言わぬ薬莢の金色を、白い輪状に、さらにさらに汚していく。
 
 薬莢の裏側を見た。裏の中央にある、丸い円をした部分、発射薬に火をつけて射ちだすための、丸い雷管(ニップル)があった。
 その傷一つないはずの、薄いくせに敏感な金の素肌へと、力強く一つの撃針(ハンマー)を打ちつけて貫いた、弾を撃った、その跡があった。
 使用済みの、血の匂いを仄かにさせる、拳銃弾。

 あの夜のことだ。アイツがいた。彼女と一緒にいたのだ。
 匕首(あいくち)の刀身を、その鞘から抜き放ち、悲鳴のような鋭さの刃をギンギラと冴えわたらせていた。
 アイツが、足場(あしば)黝美(ゆうび)、あの野郎が。南城はおもわず、彼一人だけが立つ、彼女の部屋で、歯噛みした。

 あの夜、あの裏路地でも、南城はそうしたものだった。
 南城がその裏路地へとたどり着いたのは、路地の両側にたちのぞむ灰色の塀へと、鮮血のしぶきがまき散らされた、そのあとのことだった。
 血はすでに鈍く乾き、塀のひらべったく白黒なトーンへと、べたついた流線をした何本もの闇色な飛跡ばかり、際立たせていた。

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