画策
「なんでメリーが戻ってくるのよっ⁉」
自室に戻ったコレットは、美しい金色の髪を振り乱して叫んだ。
コレットは美しい。
人の心を掴む術も知っている。
だから婚約者であるアレクはコレットの言いなりだ。
しかし、婚約者の姉であるメリーは違う。
妙に賢くて敏くて正直な貴族女性であるメリーは、コレットにとって脅威だった。
「せっかく排除したのに戻ってくるなんて。冗談じゃないっ」
この国では爵位を継ぐのに性別は関係ないのだ。
メリーの婚約者であったキャメロンは、貴族ではない。
彼は平民ともまた違うが、この国の爵位を持っていないことは確かだ。
そのことはコレットにとって脅威となった。
なぜならコンサバティ侯爵家をアレクが継ぐとは限らないからだ。
「侯爵夫人になれるか、なれないか。それは大きな違いだわ」
メリーは賢く、侯爵夫妻からも信頼されている。
対して、コレットのアレクはどこか頼りない。
「メリーに爵位を譲られたら……あぁ、私は爵位無しの危機じゃないっ」
侯爵夫人と爵位なし夫人。
それは大きな違いである。
もちろん侯爵家ともなれば、他に所有している爵位もあるだろう。
だからって、そのなかに侯爵位があるはずもない。
良くて伯爵、悪ければ子爵あたりだ。
コンサバティ侯爵家はお金持ちだから、貧乏をする心配はない。
だがお金だけあっても生きていくのが難しい世界はある。
貴族社会を生きていくには爵位が重要だ。
「もうっ」
コレットはギリギリと歯ぎしりをした。
「こんな事にならないように、協力したっていうのにっ」
コレットはトレンドア伯爵とその母親の企みに乗ったのだ。
メリーをもてなす振りをして、彼女の紅茶に彼らから渡された魔法薬を盛った。
「せっかくうまくいったのに……。何やってんのよ、あの親子っ」
その効果はてきめんで、メリーはたちまちのうちにトレンドア伯爵の虜となったのだ。
メリーは愛しいトレンドア伯爵の元へ早く嫁ぎたいと大騒ぎしていた。
いつも冷静な彼女がトレンドア伯爵への愛を賑やかにまくしたてる姿は、それはそれは滑稽で見ごたえがあった。
が、それだけでは足りない。
「正気に返られたら困るのよ」
その場でメリーは、キャメロンとの婚約を破棄した。
正気の沙汰じゃないと誰しもが思うようなことを一番しなさそうなメリーがやったのだ。
彼女はコンサバティ侯爵夫妻の信頼も失ったし、それは楽しいショーだった。
もっとも、そのショックでキャメロンが女性体になったのは計算外であった。
面倒なのでセットにしてトレンドア伯爵の元へ送り出したが、それが良くなったのだろうか?
「せっかく侯爵夫妻も領地へ転居することを決めてくれたというのに。後は私とアレクが結婚して、爵位を譲り受ければ。メリーなんてちっとも怖くないのに。本当に、あともう少しというところなのに……」
ギリッとコレットの奥歯が不気味な音を立てて軋む。
「あの人たちに相談して手を打たなきゃ……」
鏡に映るコレットの姿は、どこにでもいる醜悪な貴族女性の表情をしていた。