第四話 メイドの出てこない作品は存在しない。
僕はその男性の問いに大きな声で答えた。
「はい! 今日からです!」
「そうか。よろしく」
差し出された手を握り返し僕達は握手を交わす。
「ところであなたは?」
僕が尋ねると男性より先にロゼッタが口を開いた。
「彼は私たちの同僚よ」
「初めまして。『マイケル・サンダース』だ。気軽にマイケルと呼んでくれ。君の服装を見るに、地球からの転生者かな? 私も2年前、アメリカからこの世界に来たんだよ」
「僕は日本です!」
「同じ境遇の仲間が増えて嬉しいよ。シンに酷い事されていないかい?」
「は、はい。2年間タダ働きの契約をさせられてしまいました……」
「それは災難だったな……」
「マイケルもあの人に何かされたんですか?」
僕がそう尋ねるとマイケルとロゼッタは目線を外し、口をつぐんだ。
「……」
「え? 聞いちゃまずかったですか?」
マイケルはその重い口を開く。
「私は彼に騙されて金貨3,000枚の借金を背負わされているんだ……」
「き、金貨3,000枚の価値って?」
マイケルは斜め下に目線をやり、青ざめた表情で語る。
「一軒家が買えるくらいだよ……」
「なっ……」
僕は驚いて声も出ない。
「アメリカにある自分の家のローンすらまだ払い終えていないと言うのに……ハハハ」
マイケルはそう言って笑い声を出すが、その顔は一切笑っていない。
「き、きっと大丈夫ですよ!」
「すまない。初対面の君にこんな話を。分からない事があれば何でも聞いてくれ」
「ありがとうございます。マイケルは魔物討伐とかするんですか?」
「私はこう見えても戦闘は苦手なんだ。今後の為にも私の能力を教えておこう」
そしてマイケルは自分の能力の説明を始めた。
「私の能力は『
そう言いながらお日様を見上げると、マイケルの目元に突如サングラスが現れた。
「――サングラスが目を守ってくれる」
「そのサングラスで相手の戦闘力が分かるとかですか?」
僕の問いにマイケルはゆっくりと首を横に振る。
「いいや。ただのサングラス……」
僕が反応に困り黙っているとマイケルが更に続ける。
「恐らくメーカーの名前らしき『TAISO』というロゴがあるのだが、君はこのブランドを知っているかい?」
「いえ、知りません……」
(100円ショップだなんて口が裂けても言えない……)
「そうか……」
その見た目は、さながらハリウッド俳優と見紛う程の貫禄なのだが、サングラスの奥には今にも涙が溢れそうなつぶらな瞳があった事に、僕は全力で気付かないフリをした。そして心からこう思う。
(あっぶねぇ! 僕が選んだ候補の1つだ。いくらなんでもあれよりはマシだった。あっぶねぇ)
その様子を見かねたロゼッタが僕に小声で耳打ちをする。
「そういう訳で、マイケルは主に薬草採集や雑用等の比較的簡単な依頼をこなしているわ」
「じゃ、じゃあマイケル。お互い頑張りましょう!」
僕がそう言うと、彼はその凛々しい姿で親指を立てた。
自分よりも不幸な人物に出会った事で、マイケルには悪いけれど僕の気持ちはかなり楽になっていた。
そして僕達はお待ちかねのメイドさんが働いているという屋敷までやってきた。
「あ、いた! シェリー!」
ロゼッタが声をかけた先に、憧れのメイドさんが居た。彼女はクラシカルのメイド服に身を包み、その清楚で長く美しい黒髪に特徴的な赤い瞳をしていて、僕は何故かその目に強く惹きつけられた。
「どうしたのロゼッタ? 旦那様は今出かけてるけど」
「今日はシェリーに用があって来たの。またクッキー失敗しちゃったから教えて貰おうと思って」
「また失敗しちゃったの? これ以上は私に教えられる事はないと思うんだけど……」
「そんな事言わずに! お願い!」
「うーん……。ところでその人は?」
メイドさんは僕の方を見て尋ねる。
「あぁそうだった。彼は新入りの『
「ちょっとロゼッタ! 笑うなよ! どうかシルバと呼んでください」
僕は慌てて訂正する。
「シルバさんですか。私はシェリーです。よろしくお願いします」
シェリーは、僕の名前を聞いても笑わなかった。
そしてそのままこのお屋敷のキッチンでクッキー作りをする事になった。
このお屋敷の主人はクロノワールと懇意にしている人物らしく、こういった事が日常茶飯事らしい。僕は料理をするシェリーの姿に見惚れていた。
「あ、いけない。お砂糖が切れてる……」
「えー? 作れないの?」
と、ロゼッタが駄々をこねる。
「じゃあ私買ってくるからお留守番しててくれる?」
僕は咄嗟にこのビッグウェーブに乗るしかないと思った。
「ぼ、僕も一緒に行くよ! 街を見てみたいし!」
「あっそ。じゃあ頼むわね」
ロゼッタはそう言いながら僕に手招きをする。
「なんだよ?」
「あの子の事気になってるみたいだから先に言っておくけど、彼女魔族だから」
「え? 僕そんなに顔に出てた?」
「バレバレよ。鼻の下伸びすぎ」
「それはそうと、じゃあなんで
「訳あって正体を隠して暮らしてるの。転生者には偏見はないでしょうけど、この世界のヒューマンはそれを良く思わない。彼女の目赤いでしょ? この世界では目が赤いのは魔族の特徴とされているわ。だけど稀にヒューマンなのに目が赤く生まれる者もいて、その場合は教会で支給される十字架をヒューマンの証として常に身に付けなければならないの」
「なるほど……」
「たとえ十字架を身に付けていても、差別の対象である事には違いないから何かあったら守ってあげてよね」
その話を聞いた事で少し複雑な気持ちになりつつも、僕達は二人で近所の商店へと向かった。買い物を終えて外に出ると、子供の声がする。
「魔族だっ!」
と、その子供がシェリーに向かって石を投げてきたが、かろうじて石はシェリーには当たらなかった。
「あの人は十字架があるから同じヒューマンだよ。すみませんでした……」
母親らしき人物が子供を宥め、シェリーに一礼すると足早にその場を去っていった。
「いつもこうなの? もっと怒った方がいいんじゃ……」
「仕方ないよ。魔族とヒューマンは敵同士だもの。もしかしたらあの子のお父さんは魔族に殺されたのかもしれない。そんな事を考えると怒る気にはなれないの」
「シェリーさんは優しいね」
「私は嘘つきだから……。本当はこの髪だってあなたと同じ色なのに、それを隠して毎朝黒く染めているし……」
「なんでそんな事を?」
「白髪に赤い目は『魔女』と同じ外見だから……。本当は目の色を魔法で変えられれば良いんだけど、そんな魔法は存在しない……」
その話を聞いた僕は、とある事を思い付いた。
「シェリーさん! ちょっと試してみたい事が……」
シルバはシェリーの腕を引いて急ぎ屋敷まで戻った。
「これを、目の中に入れるの……?」
シェリーが尋ねる。
「最初は怖いかもだけど……」
僕は『
「どう?」
「うん。バッチリだよ! あとこれも良かったら……。ロゼッタとお揃いになるかなと思って」
僕は更に1本の突き指と引き換えに、赤いバラの髪飾りを生み出しシェリーに手渡した。
(突き指は思っていたよりも痛かったけど……)
それを受け取ったシェリーは窓ガラスを鏡代わりにして髪につける。
「どうかな?」
「最高です!!」
「ふふ。ありがとう」
と、シェリーは僕に微笑んだ。
「でもなんで初対面の私にこんなに良くしてくれるの?」
「僕は元いた世界で……この髪が原因で嫌な思いをした事があって、何度も髪を染めようとしたんだ。でも、これが両親との目に見える繋がりだと思うとなかなか行動に移せなくて。たがら……他人事とは思えなかったんだ」
「そっか……。ありがとうシルバさん」
ここで僕は――現状で出せる精一杯の勇気を振り絞る。
「シルバでいいよ! 僕もシェリーって呼んでもいいかな?」
「うん、いいよ。よろしくねシルバ」
僕はこの時の彼女の笑顔を、一生忘れる事はないだろう。