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 取り乱す巫女さんを真奈美達が宥めていると、彼女は少しずつ落ち着きを取り戻していく。最終的には絢に一発気つけのビンタを食らわせられて漸くだったが、もう一度何があったのかと問う真奈美達に、微かに片頬を桃色にした巫女さんは、ぽつぽつと事の経緯を話し始めた。



「息子に、触らないで……?」

 巫女さんから全ての事情を聞き終えた真奈美は、噛み砕くように彼女が妖域から追い出される間際に、亡霊が言った最後の言葉を反芻する。最後の言葉は確かかと確認する絢に、巫女さんは深く頷いた。

「ああ。確かに追い出される間際、あの女はそう言っていた。……ったく、そんな訳無いのに、何を勘違いしているのやら」
「勘違い……?」

 何気ない巫女さんの言葉に、また真奈美も同じように呟く。再び周囲を見回した彼女は、梅の木があった方を見つめていたかと思うと、何事か考えているようだった。その間に巫女さんは再び亡霊の妖域をこじ開けようと虚空に刀を突き立てようとしたが、やはり何も手応えが無く、空を切るばかりだ。そのうち先程の彼女の喚き声を聞いていた近所の住民が通報したのか、遠くからパトカーの赤いランプが見え、真奈美達は未だ抜刀している巫女さんの手を取り、土手から離れて近くの路地に隠れた。
 幸い、パトカーは一台のみで、中から出てきた警官も二人。若者同士の喧嘩とでも言われていたのか、周辺を軽く見回っただけで、すぐにその場を離れて行く。パトカーのヘッドライトが完全に見えなくなると、皆路地からそっと出てきた。

「取り敢えず、今日のところは家に帰ろう。明日、またこの辺りを調べてみるしか――あ」
「どうしたの? 絢」

 巫女さんを見て何かに気付いた絢は、「どうしよ」と途方に暮れたように呟く。「だから何が?」と友香里に促されて、彼女は言った。

「巫女さん、どうすんのよ。このまま涼佑ん家行く訳にもいかないじゃない」

 その一言に残り三人は「あ」と今思いついたような声を上げて、一斉に考え始めた。そんな彼女達に巫女さんは「一晩くらいどうとでもするんだが」と言ったが、三人娘に止められた。涼佑が家を出て何の連絡も無く、帰って来ないとなれば、彼の両親に申し訳ないと言い、取り敢えず真奈美から涼佑の手荷物が無いか、巫女さんに確認すると、幸い彼女の袴のポケットから彼のスマホが出てきた。スマホの使い方は分かるかと絢が教えようとしたが、巫女さんは「現代機器に関しては日常生活を送る上で使う物は大丈夫だ」と言われ、そのまま操作を任せることにした。
 電話帳から涼佑の家に電話を掛けると、絢に代わる。霊である巫女さんが対応すると、却って面倒なことになると思ったからだった。絢が涼佑を出さずに上手く友達の家に泊まることを伝えて、電話を切ると、巫女さんに返した。

「絢の方で連絡がつきさえすれば、後は私の方で上手くやる」
「うん、分かった」
「じゃあ、私はこれで……って、なんで引っ張るんだ、真奈美」

 巫女さんが話しているうちに真奈美は彼女の腕を掴んで、ずるずると引っ張って行く。彼女達が目指すのは、自分の家だが、巫女さんは泊まる気はさらさら無かった。ぐいぐいと引っ張られる腕を気にしつつも、巫女さんは真奈美に「おい」と声を掛ける。「なに? 巫女さん」と彼女が振り向いたところで、巫女さんは手を放すよう言うつもりで口を開いた。

「いや、『なに』じゃなくてな。私はお前達の世話になるつもりは……」
「私の家で良いかな?」
「うん。巫女さんも場所知ってるし、真奈美ん家が良いと思う」
「いや、だから、私は……」
「じゃあ、行こう。巫女さん」
「聞けよ。一瞬でもいいから、聞いてくれよ」

 そこで真奈美はじっと巫女さんの顔を見つめ始める。あまりにもじっと見つめるので、無い筈の圧力を感じた巫女さんは「な、なんだよ……」と気圧されてしまう。しかし、それは唐突に終わった。

「はい。じゃあ、行こう」

 何かの宣言のように発されたその言葉に、自分の『一瞬でもいいから聞いてくれ』を実行されたのだと分かって、みすみすチャンスを逃してしまった巫女さんはそれ以上抗議することはできず、悔しさに僅かに赤面して押し黙り、従うしかなかった。

「く、悔しい……」

 ぽつりと呟かれた一言は、夜の薄闇の中へと消えていった。

 それから真奈美達が話し合った結果、巫女さんは真奈美の家に泊まることになったのは良いが、家族にどう説明しようかということになって少々悩んでいた彼女に絢が一つ提案する。

「コスプレ好きの友達ってことにすれば良いんじゃないの?」
「いくらコスプレ好きって設定でも、年がら年中コスプレしてる奴なんていないだろ」
「じゃあ、実家が神社で……」
「この町の神社って、あそこの八野坂神社しかないだろ。そんな嘘、すぐにバレる」
「あっ、じゃあ、巫女さんのバイトの帰りってことにして……」
「巫女装束では帰らんだろ」
「巫女さん、文句ばっかり言う〜」
「だって、そうだろ? だから、私は一晩くらいなら何とかするって話をしようと思ったんだ」

 そのまま一人、離れようとした巫女さんの手を今度は何か思い付いた様子の絢が、がしっと掴んだ。何としても逃すものかという、執念のようなものを感じて、巫女さんは密かに冷や汗をかいていた。

「うちのお姉ちゃんが昔着てた制服がまだあった筈だから、持って来る!」
「えぇ……」

 そこまでするのかと思った巫女さんだったが、厭に熱意を持った絢にここで待っているように言われてしまい、またしても巫女さんは従う他なかった。



 やがて、大きな紙袋を持って帰って来た絢に街灯の下まで連れて行かれた巫女さんは、ハンガーに掛けられた八野坂第一高校指定の制服を体に当てられる。幸い、袖の長さや肩幅は合いそうだ。それが分かると皆、「ああ、良かった良かった」という安堵したような雰囲気になり、紙袋に制服を入れて巫女さんに渡した。困惑しきりの巫女さんは持たされた制服の紙袋を見つめて、一応でも訊いてみることにした。

「いや、で?」
「これ着て、『クラスメイトです』って顔して行けば、大丈夫だって」
「……………………確かにさっきの案よりは良いと思うが」
「でしょ?」
「だが、万が一、学籍とか調べられたら――」
「んもうっ! 真面目かっ! 大丈夫だって、このくらい!」
「学籍を偽るのは『このくらい』のことなのか?」

 終始、彼女の素性を隠さなければならない真奈美達より当事者の巫女さんの方が何かと心配していたが、今までで一番ましな案だったので、仕方なく彼女も折れることにした。これも元はといえば、自分の不手際と至らなさのせいだと思えば、これ以上文句を言う訳にもいかない。そう腹を括り、道の往来で着替える訳にもいかない彼女は、先程隠れた路地に入り、絢にスマホのライトで照らしてもらいながら、巫女装束を脱いで制服に袖を通した。
 制服を着ると、益々巫女さんは自分達と同い年の少女にしか見えず、彼女との距離が近付いたような気がして、真奈美は大いに喜んだ。普段のお札まみれなポニーテールは下ろし、何とかポケットに札を詰め込んだ姿はどこにでもいる女学生だ。腰に刀を提げていなければの話だが。絢と友香里も微笑ましく笑い、可愛い可愛いと巫女さんの頭を撫でる。そんな彼女達に翻弄されながら、巫女さんは煩わしそうに顔をしかめていた。
 数秒程そうしていて、巫女さんは「もういいだろ」と三人から離れた。三人共名残惜しそうにしていたが、巫女さんが照れ隠しに発した「もう終わりだっ!」という声で漸く諦めるのだった。

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