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第99話 内偵者

 二人きりになったとたん、店員の表情は敵意に満ちたものから穏やかなそれに代わった。嵯峨はそれを確認すると静かに店員の肩を叩いた。

「ずいぶん長い『内偵(ないてい)』になったね……すまなかった。神前のおかげでようやく連中も尻尾を出しやがった」

 若い店員の目に急に嵯峨に対する敬意の色を帯びる。

「少将。自分はこういうことは慣れていますから」

 『内偵』任務の仕上げに入った男はそう言って嵯峨に笑いかけた。

 見た目がふざけているほど若い嵯峨よりは年上の三十代に見える男は、背広から小型拳銃を取り出す。この店の本当のオーナーの信頼を勝ち取るべく長い内偵を続けてきた任務からようやく解放されることに安堵した表情が彼には浮かんでいた。

「俺はそういう時は『内偵担当者』に敬意を表して直接出向く質でね。俺も前の戦争の初期は内偵任務とか押し付けられたが、アレは疲れるものだ。当然のことだよ」

 エレベーターは二十五階の最上階に向けて登り続ける。

「その『内偵』経験者としては、お前さんみたいな奴の気持ちはわかるんだ。ようやく自分に戻れるってのは良いもんだ。あとの詰めは俺がやる。安心しな」 

 銃を構えた嵯峨の指示でこの密輸店に入り込んでいた男は周りを見回した後、安堵の笑みを浮かべながら静かな調子で語り始めた。

「そのターゲットの『皆殺しのカルヴィーノ』は、最上階の専用の私室に入ったまま動く様子はありません。見込みどおりあの男が外惑星連邦の外務省のエージェントと接触しているのは私も知らされています」

 嵯峨は手を上げて若い男の言葉を制した。 

「そいつはダミーだよ。何しろ今回の一件は俺の方から積極的に仕掛けてるんだ。地球圏在住の旦那衆も馬鹿じゃねえよ。神前の『素質』の売り手はいくらでもあることくらい、ちょっと頭の回る人間ならすぐわかることさ。値段がつりあがるまで待って、そこで引き渡すってのが商道(しょうどう)ってもんだろ?うちの技術部の『ネットマニア将校』が漁っただけでも、地球圏の『某政府』はその倍の値段を出してたぜ」 

 老舗のビルの業務用らしい粗末なエレベータに二人して乗り込む。

「じゃあマフィアに火をつけたのは……」

 若い男は再び背広の中に手を入れて小型拳銃を取り出した。 

「それが分かればねえ……俺だって苦労しねえよ。ただ俺が囮に使ったとはいえ、かわいい部下を拉致られた『特殊な部隊』の隊長としては、ここで一つの『けじめ』って奴をつけなきゃなんねえな。安心しな、すでにオメエさんの家族は、俺の知り合いが『甲武国』の『俺所有の直轄コロニー』へご同道している最中だ。まあこの一件の片がつくまで家族水入らずで過ごすのも悪かねえだろ?内偵中はそれこそ休みも無かったんだ。バカンスとしゃれこむのもいいもんだ」 

 エレベータは時代遅れな速度でようやく目的の階に到着した。

「まあその前にちょっとだけ付き合ってくれや。始末はウチでつけるからな」 

 その言葉に安心したとでも言うように、男は嵯峨を頑丈そうな扉で閉ざされた部屋へと導いた。

 あの階下の豪勢な雰囲気はそこには無かった。有るのは奇妙な殺気だけ。それが嵯峨にはそれが心地よく感じられるようでにんまりと笑いながら扉を開いた。


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