301 アブド、公宮までの道中にて
その後、次の公爵会議へ向けての書類の整理、まとめを終え、アブドとムスタファは宮殿を出た。
宮殿の手前、白い大理石の階段を降りた先には、2頭の馬が引く馬車が2台、また、運転士の男が2人、待っていた。
「それでは、私は、自分の公宮に戻る」
アブドが馬車に乗り込みながら、ムスタファに言った。
「私は、諜報員の数人と会う約束がある。市場のほうに、行ってくる」
ムスタファも、もう一台の馬車に乗る。
2台の馬車は、それぞれ、別方向へと、ゆっくり走り始めた。
※ ※ ※
――ガラガラガラ……。
アブドの乗る馬車の、歯車の回転する音が大通りに響く。
「……」
馬車の中から、アブドは外の風景を眺めていた。
「おい!あのウテナってコの所属してるキャラバンが、今日、帰還するってよ!」
若者達の声が、聞こえてくる。
「あら!」
「私、憧れてるのよね……!」
「どこの方角から帰還するんだ?」
「市場を通るらしい!」
「ちょっと、見に行こうぜ!」
若者達の大通りには、多くの国民が行き交っていて、活気があった。
「アブド公爵」
若者達の声を聞いた、アブドのすぐ前で馬の手綱を引く運転士の男が振り向いて、尋ねた。
「どうやら、人気のあるキャラバンが、帰還されるようですなぁ」
「ああ、そのようだな」
「市場、寄りますか?」
「いや、私の公宮に、直行してくれればよい。戻って、作業が残っておるのだ」
「そうですか」
アブドがメロの国内において、キャラバンの地位向上に貢献しており、そのための政策を推し進めている主体者であることは、よく知られていた。
加えて、先のワイルドグリフィンからの、国を守る戦いの際、キャラバンが活躍したことで、自然、アブドに対する指示も、高まりを見せていた。
大通りを抜け、一転、所々で巨木の生えている静かなエリアへと進んでゆく。
すると、ちらほらと、巡回する護衛の姿が見られるようになってきた。
「……なにか、あったのでしょうか?」
「盗難か、それか、だろう」
いぶかしげに護衛を見渡す運転士に、アブドはさあらぬ顔をしながら、さらりと言った。
「……このあたりでいい。降りよう」
「あっ、よいのですか?公宮の手前まで参りますぞ?」
「大丈夫。……フッ、同郷のよしみだ。少しでも、迷惑をかけるわけには、いかんからなぁ」
「えっ?アブド公爵?」
「いや、なんでもない」
アブドは馬車から降りた。
「ふぅ……」
アブドの公宮は、他の公宮よりも宮殿から遠い。アブドは腰や肩などを軽くほぐした。
空はもう、暗い。
少し、歩く。すぐに、アブドの住まう公宮の門が見えてきた。
門の前に、3人の護衛が立っている。
これは、アブドだけではない。現在、公爵の住まう公宮にはすべて、漏れなく、護衛がついている。
アブドが馬車を、公宮を少し手前で降りたのは、門を見られることによって、馬車の運転士が不信に思うのを防ぐためという、ジン対策で精神をすり減らすムスタファに向けての、せめてもの気遣いだった。
「……」
護衛が、無言でアブドに敬礼し、門を開けた。
「お勤め、ご苦労」
アブドは護衛に言うと、公宮へ入った。
「……」
……なんだ?