299 アブドとムスタファの会話
アブドは先まで、思いっきりイスの背もたれに身体を預けていたが、グイッと身を乗り出した。
「ジンの、目撃情報はどうだった?」
アブドは言うと、微かに笑みを含んだ、好奇の表情とも取れる顔をムスタファに向けた。
「まったく」
「ない、か」
「私の差し向けた諜報員が、国の随所に潜んではいるが、特段、ジンに繋がるような際立った事件は、ワイルドグリフィン事件以降、ないようだ。……だが、」
ムスタファが目を細める。同時に、その青い瞳に、鋭い光が差した。
「これから、炙り出せて、いけると思う」
「血の確認、か」
「ああ」
「そっちに関しては、かなり、うまくやっているようだな」
「フッ。悠長だと、他の公爵達に、言われもしているがな」
ムスタファは苦笑した。
今回、ムスタファは、国内におけるジン対策の責任者となっていた。
まず、前回の緊急会議で言った通り、アクス王国からの要請ということを表明した上で、先に、キャラバンなどの国外を旅する者達から、確認作業を始めていた。
そして、次第に、国民へ向けてゆく。
いわゆる、段階的なかたちで、血の確認を進めていた。
「たしかに、他の公爵達も言うように、国内にもう入り込んでしまった以上、いま行っている策は、意味がない」
ムスタファが言うと、アブドは次に何が言いたいか知っているといわんばかりに続けた。
「だが、大事なのは、国民の理解と、受け入れる準備期間なのだ、だろう?」
アブドの言葉に、ムスタファは同意のうなずきをしてみせた。
ジン出現による、メロ国内の混乱、それによる、国民の暴走。
クルール地方、第二の大国であり、それだけ多くの国民が暮らすメロの国にとって、それが、一番の危険であることを、前回の緊急公爵会議で、認識し合っていた。
「他の公爵達も、小言は言ってくるが、大々的に反対を唱える者は、いない」
「気にするな。否定という名の仕事をしているのだ、あの老害達は」
「フフフ……おい、アブド。そこまでは、私は、言っていないぞ」
公爵の中には、若くして同じ権力の並びとなった、アブドやムスタファのことを、あまりよく思っていない者もいた。
日々、公務を行っている中、それはアブドもムスタファも感じていることで、向き合い方はそれぞれ違うものの、お互い、思うところといった点で、2人が共鳴する部分は、少なからずあった。
「この国は、共和国だ。王国によく見られる、王威などというものに、頼れない。現実的に考えて、やっていくしかない。多少、時間はかかってしまうが、やはり、この策でいくのが、一番、波風は立たないと、私は考えている」
「ククっ、王威か」
ムハドの言葉に、アブドは少し嘲笑を含ませた笑顔をした。
「私はむしろ、そんなものがこの国になくて、よかったと思っているぞ」
「アブド、お前は、野心家なのだよ。私は、小心者なのだ」