14.魔女がくれる毒リンゴ。(レナード視点)
「爵位継承おめでとうございます。アーデン侯爵。お祝いに私の妹をあなたに差し上げますわ」
18歳になり成人し、爵位を継承した後の舞踏会で踊っている最中にステラ・カルマンが耳元で囁いてきた。
列を並ばずに私と踊れる権利を持つのは彼女とミリアの2人だ。
私が踊りたいのは目の前の魔女ではなく、お姫様のミリアだ。
彼女と踊りながら、隅で貴族たちと談笑をしているミリアを盗み見る。
「妹君は、公爵家の後継者ですよね。私の妻にならない方だということは重々承知しております。」
私が囁き返した言葉に彼女がほくそ笑む。
「ミリアが欲しくて仕方がないくせに、我慢なさらないでくださいな。あなたが令嬢たちにしてきたボランティア活動の報酬よ」
本当に魔女のような女だ。
ステラ・カルマンは人心を掌握し、誘導するのが抜群にうまい。
私が一番欲しているものが彼女の妹のミリアだということを十分に熟知している。
ミリア本人は全く私に興味がないというのに。
彼女が欲しいが、もらい受けたら、その代償が必ずあるはずだ。
「妹君には恋人もおられますでしょうし、彼女が私を望まないのではないですか?」
自分で言っていて悲しくなった。
ミリアにはサイラス・バーグという恋人がいる。
アカデミーに入学して以来、彼女が環境に困っているのを見て助けられないかと思っていた。
追い回すように彼女を見続けて話しかけようとした時に、彼女に「カモフラージュ彼氏」などとふざけた提案をしたのがサイラス・バーグだった。
バーグ子爵令息が彼女に好意があるのは明白だった。
彼女に彼を受け入れて欲しくなどなかった。
でも、どこかで彼女は受け入れるのではないかと思っていた。
それほどに彼女の心は弱っていて、助けを求めているのをずっと見ていて感じていたからだ。
彼女は彼の提案を受け入れ、数週間後には彼と心を通わせ恋人同士になっていた。
初めての失恋に落ち込み、私は自分の卒業式の総代として何を話したのかさえ覚えていない。
「社交界の噂を、散々自分の魅力を駆使して操作したでしょ。バーグ子爵令息とミリアはただの友人関係だって。あなたって自分の性を使うのが本当にお上手」
ステラ・カルマンが魅惑的なまなざしを向けてくる。
100人いたら99人の男が屈するだろうその眼差しに、私は何も感じなくなるほどミリアに惚れ込んでいた。
「私、ラキアス皇子殿下に決めたましたわ。彼を皇帝にします。今日は、私にもボランティア活動をしてもらおうと思って、あなたと踊ることにしましたの。令嬢たちから聞いていたより、全然大したことないのですね。あなたが私の心を奪えたのは一瞬でしたわ。あなたが自分の魅力を駆使しても、ミリアにだって3日で飽きられますわよ」
自分がミリアに3日で飽きられると言われたことにショックを受けつつも、なぜいつも愚かな女のふりをしている彼女が自分に対し本性を晒しているのかが気になった。
「スコット皇子殿下ではないんですね。カルマン公爵はスコット皇子を皇帝にしたいとお思いですよ。それにしても、いつもの足りない女のふりはしなくて良いのですか?」
スコット皇子は皇族のプライドを感じないほど、カルマン公爵のご機嫌とりをする男だった。
ラキアス皇子は彼と同様に紫色の瞳を持っているが、政治など興味がなさそうなのんびりした性格をしている。
彼女が公爵の意に反した決定ができるということは、カルマン公爵家で注意しなければならないのは公爵ではなく、魔女ステラ・カルマンだ。
「足りない女を演じていたら、あなたと恋人気分は味わえませんもの。でも、サービスが悪すぎますわ。ミリアのことばかり考えているのがバレバレですよ。もっと、女には夢をみさせないと。あなたに出来ることってそれくらいじゃないですか?どうして、ラキアスにしたかって愚問ですね。2択の男から選ばなければならないなら、見た目の良い方を選ぶのは当然でしょ。私は皇族専門の娼婦だけれど、客を選べるのですよ」
彼女は平然とした態度で、自分を娼婦などと言っている。
姉妹なのに、お城に閉じ込められたお姫様のようにみえるミリアとは正反対だ。
世間知らずのラキアス皇子など、彼女の手にかかれば操り人形だろう。
皇室も毎度カルマン公爵家の紫色の瞳の女を娶っては、公爵家に力を奪われ続けている。
紫色の瞳を持ったカルマン公女は、無害で愚かな仮面をつけた魔女だということになぜ気がつかないのだろう。
紫の瞳の子孫を確実に残したいという意識が、判断能力を鈍らせているのかもしれない。
「ご自分のことをそんな風におっしゃらないでください。あなたは社交界の中心で、社交界の華ではありませんか?」
私は女性を慰め癒さなければならない、天命でも受けて生まれたのだろうか。
自分を卑下するようなことを言われると、気がない相手にでも優しい言葉を吐いてしまう。
それによって、多くの女性に気を持たれトラブルになることもあった。
しかし、目の前の女とミリアは自分に簡単に落ちる女ではないことだけは分かっていた。
「私が社交界の中心ですって? 本当にそう思っていますか? 社交界の中心はあなたが踊りたくても、近づけない壁際の彼女なのは明らかでしょう」
彼女の目線の先には政界の重鎮に囲まれ会話しているミリアがいた。
彼女がダンスをしているのを、記憶の中では見たことがない。
自分の不在時に彼女とダンスした男はいるのだろうか、想像するだけで胸が張り裂けそうになる。
侯爵令息にすぎなかった自分が、名だたる貴族の会話を中断させて彼女にダンスを申し込むことなどできなかった。
アーデン侯爵となった今ならできるかもしれない。
自分とダンスをすることを待つお節介なバカ女が作った列させえなければ。
「本当に妹君を頂けるのですか? 彼女に毒リンゴを持たせて、私のところに嫁がせるという解釈でよろしいでしょうか?」
ミリアと踊ることなど、彼女を娶ってしまえばいくらでも出来ると思い直した。
「口を慎みなさい、レナード・アーデン。私は次期皇后よ。次期皇后を魔女扱いするなんて本当に不敬な人ね。」
ラキアス皇子はステラ・カルマンと婚約すれば、すぐに皇太子になるだろう。
でも、彼女は先ほどからラキアス皇子を皇帝にすると決めたと言い、自分を次期皇太子妃ではなく皇后と言っている。
つまり、現皇帝陛下にすぐに譲位させる算段があるということだ。
「随分とヒントをくださるのですね。その意図は何ですか?ついでに、私が妹君の心を得られないと思うのはなぜですか? 次期皇后陛下。」
この機会を生かして、魔女からヒントをもらうことにした。
私はミリアと結婚できたとしても、彼女の心を得られなければ意味がない。
彼女に3日で飽きられるだなんて言われ、動揺していた。
「私はあなたから満足のいくサービスを受けられず不満なのに図々しいのですね。とても良い時間でしたわアーデン侯爵閣下」
気がつくとダンスの時間は終わっていて、彼女は優雅に挨拶をして去っていった。