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12.敵、味方、それとも忍び?

「忍びとは、なんのことですか? 申し訳ございません。忍びという言葉を初めて聞いたもので⋯⋯」

初めて困惑した彼の瞳を見た気がする。
私はそんなにおかしいことを、言ったつもりはない。

「東洋で隠密行動をする者のことです。レナード様の行動が忍びのそれに酷似しております」

レナード様はすっとぼけているのだろうか、何だか本当にわかっていないというような気もする。

「例えば、初日に私の後ろに回った行動です。気がつけば私の首にネックレスをかけていましたよね、あれは忍びの行動です」

彼はまだ理解していないようだ。
私は仕方なく説明することにした。

「もし、あれが見えないくらいの細い糸で私の首を狙ったと思うと、あなたはかなりランクの高い忍びといえます。私は気づかない内に、あなたによって抹殺されているのですから」

今思うとあのネックレスかけは、レナード様から私への警告だったのかもしれない。
私が彼の元に嫁いだところで、私程度の素人怖くもなんともない。
何か私が不審な動きでもすれば首を狩るということだ。

「ミリア、あなたを愛しています。私はあなたを抹殺しようとなんて思ったことはありませんよ」

彼は私の顔を覗き込むように言ってくる。
私が膝の上に乗っけている手に、手を重ねようとしてきたのでひっぱたいてやった。

「昨晩の私の部屋のベッドに潜んでいた件もそうです。忍びは天井裏に隠れたり、床下に隠れたりしますが、帝国の忍びはベットに隠れるということですか。一連のあなたの行動にようやく合点がいきました。あなたは私を自分に夢中にさせて利用しようと思っています。そして、必要がなくなったら、いつでも始末できるとのメッセージをずっと私に刷り込もうとしていたわけですね」

ようやっと、彼が危険なはずの私を執拗に取り込もうとしたかが理解できた。
私などは彼にとっては驚異ではないと思われているということだ。

彼の男としての魅力に当てられて判断能力が鈍っていたが、ようやっと私らしく冴え渡ってきたようだ。

「スパイと忍びの違いについてお聞きしてもよいですか? ミリア」
彼が良い質問をしてきた。

もしかしたら、東洋に興味がなく忍びについての知識が甘いのかもしれない。
父は帝国はもっと他国を侵略し、領土を広げていこうという野心を持っている。
だから、他国についても私は熱心に学んできた。

「良い、質問ですね。まずは格好が違います。スパイは雑踏で目立たない格好をしていれば十分ですが、忍びは完全に風景に溶け込むような格好をしています。簡単に言うと、全身タイツのような格好です」

彼が忍びでないなら安心だが、彼が忍びレベルのスキルを持っていることだけは忘れない方が良いだろう。

「まってください、私は全身タイツのような格好はしたことがありません。忍びではありませんし、ミリアの敵ではなく味方です。そもそも、ミリアは東洋の忍びについて何故そんなに詳しいのですか?」

彼がなぜだか、笑いを堪えているような仕草をしている。

私は面白いことを1つも言っていない上に、彼が思っよりも博識ではないことにがっかりしている。

アカデミー時代、彼は歴代の首席の中でも取り分け優秀だと評判だった。
きっと彼と話す機会があれば、私の知らない知識をたくさん持っていて楽しませてくれるだろうと夢見ながら見つめていたものだ。

「東洋の文化は、私たちと異なり非常に興味深いですよ。お茶1つ取っても、その注ぎ方から使う茶器まで異なります。なかでも、忍びに関しての文献は面白く、手に入るものは全て読んでいます」

私が彼に語ると、彼は笑いを堪えられなくなったように吹き出した。
「ミリア、東洋の書物を読むのがあなたの趣味なんですね。無趣味じゃないじゃないですか。」

「何を言っているのですか。役に立つから読んでいるだけで、趣味ではございません。私は役に立つ文献はどんな分野だろうと読みます」

忍びについて研究することが私の趣味だなんて思われるとは心外だった。
私は忍びがスパイよりも上級のスキルを持った一流の暗殺集団だと思い研究していただけだ。

「そういえば、母上の経済書も読んでいるんですよね。経済書を出している貴族なんてたくさんいると思いますが、母上の経済書がミリアのお気に入りなんですか?」

彼を突き放そうとしていたはずなのに、なぜだかまた柔らかい雰囲気になっている。
今は彼を無視した方が良いのだろうけれど、大好きなエミリアーナ様の話はしたいのでしておこうかと思った。

「実は、2年生の時にエミリアーナ様が、講堂で講演をするためにアカデミーを訪れたのです。私が質問をしようと職員室を訪れた際、教師が挨拶に訪れたエミリアーナ様を呼びかけました。私は咄嗟に自分が呼ばれたと思って返事をしてしまいました。それを見たエミリアーナ様が私に微笑みかけてくれて、今から経済学についての講演をするから来ないかとお誘いしてくれたのです。講演を聞いて、私はエミリアーナ様の虜になりました。そして昨日お会いして、エミリアーナ様の先見の明に感嘆しました」

私はエミリアーナ様の息子に、いかに彼の母親が好きかを話しているという不思議な状況に気がついて笑いそうになった。

「確かに、母上のエミリアーナという名前の中にミリアが隠れていますね。ミリアが忍びなんじゃないですか?」

彼が楽しそうに言う言葉に、思わず吹き出してしまった。

「私は忍びではありません!」
彼にからかわれているのが分かったので、しっかり反論しておいた。

「とにかく、話が脱線しましたが、私はレナード様に興味がないし、この結婚はあなたにとってもデメリットしかありません。お気づきでしょうが、私は父や姉の意向に逆らえません。レナード様がお断りして頂けると助かります」

私はゆっくりと頭を下げた。
公女である私が頭を下げるなんて滅多にないことだ。
それほど切実に私がこの婚約の解消を望んでいることを彼に知って欲しかった。

「頭を上げてください。ミリア。アーデン侯爵邸に到着しました」
私は思いもよらぬ彼の言葉に驚いて、頭を上げた。

「カルマン公爵邸に送ってくれるのではなかったのですか?もしかして、私を誘拐し監禁するおつもりですか?私は公爵家にとって、そんな価値のある人間ではありませんよ。交渉の材料にもなりません」

急に怖くなってきて、震える手を覆い隠す。
レナード様の意図が全く分からない。

「ミリア、違います。本当に怖がりで、疑い深いのですね。まず、私を信じてください。これから、ミリアはアーデン侯爵邸に住みます。花嫁修行ということでカルマン公爵の了解も取ってあります」

レナード様に抱きしめられて、彼の甘い匂いに包まれると彼が味方のような錯覚に陥った。

「待ってください。結婚するとしても、あと2年もあるのに一緒に住むのですか? もしかして、私を孕ませて逃げられなくする作戦ですか?」
私は彼を突き飛ばそうと、彼の胸の中でもがくが彼の力が強すぎて叶わない。

「そんなことしません。ただ、私がミリアとの時間が欲しいだけです」
彼が余計に強く私を抱きしめてくる。
今までの彼の一連の行動を考えても信用できるはずがない。

「では、その名において私には結婚するまで指1本触れないと誓ってください。約束を破った場合、私は脱走します。私には忍びの知識があるので可能です」

私は彼に私に触れないことを誓わせた。
私に触れられなければ、彼が自分の魅力を使って私を惑わすこともできなくなるだろう。

その状況ならば、私は彼の本当の弱みを握って婚約を破棄することに成功するかもしれない。













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