第71話 逃避行
そこでパーラは突如、目を潤ませて誠に寄り添ってくる。
「そんな過去や生まれを気にしては駄目よ。私だって好きで『ラスト・バタリオン』に生まれたわけじゃないんだから。それより……」
『悲劇的な生まれの過去を持つ』女性。パーラ・ラビロフ中尉の心からの救済を求める視線を感じた。
「神前君……一緒に逃げましょう……この『特殊な部隊』から……昨日一日で分かったでしょ……この部隊は変なのよ……少しでもまともでいたかったら逃げるしかないわ!神前君の前に来たまともな補充人員だってこの異常な部隊から脱出できたんだもの。諦めたらだめ。逃げるなら早い方が良いわ。ここの色に染まったらそれこそ他の部隊では使ってもらえなくなるどころか、一般社会からもつまはじきにされるわ」
パーラはそう言って誠の胸に飛び込んできた。
「逃げるって……」
誠は少し涙を浮かべているパーラを見ながら戸惑いの表情を浮かべた。
「昨日一日でわかったでしょ?この部隊は『変』なの。まともな神経ではもたないわ……せめて自分位はまともであろうとしてきたけど……もう無理。神前君の神経がまともなうちにうちから他所の部隊に転属願いでも出しましょう」
誠は思った。5人の常識人が誠の座る椅子から去っていった。ここは常識の通用する部隊ではなく『特殊な部隊』であることは、昨日の人事部の禿げ大尉の説明やランの『パワハラ・セクハラがまかり通る部隊』という言葉からも手に取るように分かる。もし誠がこれまでの常識を持ち続けようとすれば、ここでパーラ抱きしめて一緒に逃避行をするべきなのだ。誠の第六感がそう告げていた。彼女も誠と同じこの『特殊な部隊』の異常なノリの被害者である自覚があることがその何よりの証拠だった。
「パーラさん……」
感極まった誠。涙を浮かべるパーラ。見つめあう二人。
同じ不幸な境遇を共有する二人が見つめあった瞬間だった。
「逃げられると思うなよ……甘ちゃん」
誠の腹部に激痛が走った。顔を見上げるとにやりと笑う島田の姿が見える。
島田の右ストレートが腹部に炸裂したのがその痛みの原因だった。
「神前君!」
パーラの叫びがむなしく響く。
「そうよ!今日も出勤!お仕事お仕事!」
元気にサラが立ち上がり、食べ残しのある朝食のプレートを食堂のカウンターに運んでいく。
「神前……逃げたらどうなるか……分かってんだろうな?オメエは俺の舎弟なの。逃げるんならちゃんと落とし前をつけろよ……なあ?」
場末のヤンキーが言いそうな言葉と表情に震えあがる誠を見て、パーラは少し諦めたような表情を浮かべて立ち上がる。
「さっきのは冗談よ。さっさとシャワーを浴びて準備してきなさい。私の車があるから乗せてあげる」
パーラはそう言って立ち上がった。
「冗談ですか……」
誠はころころと表情を変えるパーラを見て彼女もまた『特殊』なのだと理解して笑いながら立ち上がるとそのまま食堂を後にした。