二つの秘密
ジャノのやつ、今度は俺の愛用の大斧に興味を持ち始めていた。
「あのときは全然思わなかったけどさ、こいつすっげ重いね」
声を察知してぶん投げたとき、こいつの足元の岩に深々とブッ刺さったのにもかかわらず、刃こぼれ一つしていなかった……結構手荒に扱っているのにな。手入れすら全くやっちゃいない。いくらナウヴェルのやつがまがい物だと断言したところで、俺にとってはこいつが最高にして全てだ。
「兄貴もさ、この砂漠を渡ろうとしていたでっかい刀工の人に会って、弟子入りさせてくれって言って出て行っちゃったんだよね」
「でっかい人?」
「うん、なんか俺の倍以上の背丈のやつ。サイって言ってたっけかな」
え、とすると、まさか……!?
「何年前だそれ? 名前なんて言ってた?」衝動的に俺はジャノの肩を掴んでしまっていた。
サイ族にして刀工。もう答えは一つしか存在しない。
「ンなのもう何年も前だからほとんど忘れちまったってば。つーかなにそこまで慌ててるんだよ」
やべえ、つい取り乱してしまった。
こいつが言うには、太陽が朝登る場所のずっと先にへと行ってしまったんだとか。そう言われても大雑把すぎて分からんけど。
「どっかの国でその人に会うことができたなら、兄貴によろしく伝えておいて。おっ母と同じ黒豹の獣人なんだ」
そう、兄貴とは言っても、母親と同じとはいえやっぱりそいつも拾って来た孤児らしい。
「兄貴の名前はなんていうんだ?」
上機嫌なジャノは、陽の光を受けてキラキラ輝く瞳を俺に向けながら言ってくれた。
「えっとね、兄貴はガンデっていうんだ」
……………………
…………
……
一方その頃。
ルースは洞窟の奥で、ジャノの母親の薬を調合していた。
「ルースとか言ったね。あんたなぜそこまで必至になれるんだい? たかが行きずりで会っただけだっていうのに」
「なんていうか……あなたを見たら放っておけない気持ちになってしまって。おせっかいと言われたって構わないさ」
手にした小さな瓶の中に、ポーチから取り出した様々な色をした水薬を一滴二滴溶かし込んでゆく。
「ねーねー、なに作ってんのそれ?」ようやく目を覚ましたジャノの妹たちが、物珍しそうな目でルースの姿をじっと見ていた。
「目の薬さ。お母さんは恐らく砂漠の光に目をやられたんだと思う。ここに日差しは強烈だからね」
とはいえ……と前置きし、ルースは続けた。
「その目の色を見る限り、かなりひどくなっている……この薬を使っても全快するわけじゃない。あくまで進行を遅らせる程度にしかならないってことだけはわかって欲しい」
完成した透明の薬をスポイトに移し、彼女にそれを手渡した。
「本当にいいのかい。お礼出来るものなんて何もないよ」
「気にしないで。できればその火傷の痕も看せてもらいたかったけどね……僕に治せられれば」
ふと、彼女は大きくため息をついた。
「あのね、おっ母さんね。あれ火傷じゃないんだ」
「こらマーノ! 余計なこと言うんじゃないよ!」彼女はその言葉に動揺したのか、慌てて双子を引っ込めた。
「え、火傷じゃないって……?」
「ああ……ふた昔くらい前に、事故でね」
彼女は音もなく立ち上がると、口元にかけていた布をするすると解き始めた。
この事は誰にも言わないでくれ。という言葉を添えて。
布の下から現れた肌……
それは紛れもなく、人間そのものの艶やかな肌と口だった。