001 幸せではない結婚三年目
「まったくなんてハズレな嫁なのかしら! いくら莫大な持参金があるからって、引き取るべきではなかったのよ‼」
「まぁまぁ、落ち着いて母上」
私は目の前で繰り広げられるこの茶番劇を、冷めた目で見ていた。
ここへ嫁いで来て三年。
この光景はもう日常茶飯事であり、私には傷つくという感情すらもうない。
ああ、また始まったのね。いい加減うんざりする。
ダイニングでの朝食の時間。それはいつもこんな感じだった。
食事をわざと不味くすることに、何の意味があるのか私には未だに理解出来ない。
「あなたがそんな風に甘やかすから、ダミアン!」
「それはそうかもしれないが……」
甘やかす、ねえ。
この状況を見て、私が甘やかされているなんて誰一人も思わないと思うけど。
飽きもせずにヒステリックに叫ぶ姑は、眉間に大きな縦ジワを造りながら自分の隣に座る私の夫の袖を掴み、まくし立てる。
正直、その内容は毎日代わり映えしない。
私の愛想が悪い、顔も悪い、そして結婚から三年たっても跡継ぎが生まれないし、結婚が間違っていたと締めくくる。
悪口のレパートリーがないというか、なんというか。
よくこんな毎日同じコトを言い続けて飽きないものね。
ある意味、そこだけは感心するわ。
あー、でもこういうのを
「……」
私は二人の会話を聞くこともなく、一人サクサクと食事を進めていく。
焼きたてのパンも、具沢山のスープも温かいうちが一番美味しいのに、まったく変わった人たち。
「そうは言っても母上、アンリエッタは実際よくやってくれているよ?」
「忙しい夫のために仕事を手伝うなど、嫁ならば当たり前のことでしょう!」
当たり前のことねぇ。
まぁ、手伝う気がないわけではないわ。
そう、手伝うだけなら。
でも貴女の自慢の息子さん、私に丸投げして全く仕事してませんけど?
毎日毎日、遊び呆けておりますけど知ってます?
「嫁としての仕事というのは、そういうことではないでしょう‼」
「それを言ったら可哀想だよ、母上」
夫は優しく母の腕を振りほどいたあと、茶色いくせ毛をうしろにかき分けながら私を鼻で笑った。
そして夫はその髪と同じ色の瞳で、私を上から下まで憐れむような瞳で見てくる。
建前では義母から庇うこの夫にこそ、問題があることを義母は知らない。
「アンリエッタが頑張ったところで、出来るかどうかはまた別問題さ」
「努力が足りないのよ、この嫁の」
何度もくり返しますがお義母様、努力をしていないのは貴女の息子です。
もちろん、知ってますよね?
お宅の息子が離れに愛人囲って、そっちで暮らしているのを。
結婚する前から夫には恋人がおり、その関係は今でも続いている。
むしろ初めから夫は、私になど興味がなかったのだ。
だから
「なんでこんな貴族でもない娘と結婚などしたの! 我が一族の疫病神ったらありはしないわ!」
「……はぁ」
私は小さくため息をついた。
ああ、ご飯がまずくなるわ。
だってどれもこれも私のせいではないし。
結婚を決めたのは、商人であった私の父と、この姑たち。
自分たちがした選択が間違っていたというのに、その責任を私になすりつけないでよね。
まったく困るわぁ。こんなボケた人たちの面倒なんて嫌すぎるでしょう。
もっとも、もう見る義理はなくなったのだけど。
「三年待って子どもを産めない石女など、離婚すればいいのよ!」
「まぁまぁ、落ち着いて母上」
夫は
やや丸くなってきたその背と、振り乱した髪から覗く白い髪が本当に年齢を感じさせる。
誰しもが歳をとるのだけど、なんかああはなりたくないってお手本ね。
「落ち着いてなんていられますか! どうして使えない嫁をかばうの、ダミアン」
お義母様、それは貴女の息子さんが
そう、夫の
私の父が用意した持参金で遊んで暮らして、面倒くさいこの義母と仕事を全部私に押し付けたいのだから。
だけどこのことは全部、父も分かっていた。
そう、全ては私以外の人たちの思い通り。
私をいいようにコマとして扱う人たちの手の上で、私の全てが決められ、進んでいく。
そう今日までは――
ああ、本当に長かったわ。でもそれも今日でおしまい。
だってやっと三年経ったのだもの。
「もう、かばってなどいただかなくて結構ですよ、旦那様」
「は? とうとう気でも狂ったのかアンリエッタ」
「そうですね。気も狂いたくなりますよ? こんな仕打ち……。でもまぁ、あなたたちよりはどこまでもマトモですけどね」
「なんだと!?」
「だってそうでしょう? 今まであなたたちが私にしてきたコトを考えれば当然ではないですか」
「たかが嫁の分際で、何を言ってるの!」
「あのですねぇ、その嫁も人だってこと知っています? 私もあなたたちと同じ人間なんです」
なんでここまで言わないと分からないのかしら。
理解力のなさに、びっくりするわ。
「人だとしたら何だと言うんだ! 僕がここの主であり、お前を養ってやっているんだぞ!」
「はぁ。これだから本当に分かってないですね……」
「なんだと!」
「まぁでも、それも今日で終わりです」
私は