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第六十四話 「華奢」

 「“龍神様(りゅうじんさま)”ぁ!!」
 暗い洞窟(どうくつ)の中、焦り急いだ声が反響している。洞窟の中には大きな滝が流れており、水飛沫(みずしぶき)(きり)のように周囲を(ただよ)っている。その滝の前には、まるで龍の(うろこ)のように鮮やかな碧色(みどりいろ)の着物を(まと)い、後ろで長髪を()った一人の男が立っており、そこへ町人と思われる男が(あわ)てて駆けて来る。
 「どうかしましたか? そんなに慌てては転んでしまいますよ」
 滝の前に立つ男が振り返ると、男は長い(ひげ)の付いた翁面(おきなめん)を被っている。
 「あぁすいやせん。龍神様、城の奴らがまた徴兵令(ちょうへいれい)を出したみてぇだ! 城にはもう、百人ぐれぇ集まってるって!」
 町人の男が慌てた様子で報告する。
 「そうですか。わざわざご報告ありがとうございます。盗賊(とうぞく)じみた連中もいるでしょうから、皆さんには気を付けるよう伝えて頂けますか?」
 龍神と呼ばれる男は、町人の報告にも全く慌てる様子はなく、優しく穏やかな声を掛ける。
 「は、はい!」
 町人の男は、龍神の様子に安心したようで、ニコリと笑って(きびす)を返して駆けて行く。
 「また慌てて。転んでしまいますよ!?」
 「わはは。どうもすいやせん!」
 龍神が、去って行く町人の後ろ姿を見守る。
 「・・・はて、嵐でも来るかな?」
 龍神が翁面の下で怪しく微笑む。

   *

 日が昇り、城内の外広場では、昨夜(ゆうべ)宴会(えんかい)に疲れた徴兵達が、いびきをかいて眠っている。しゃらく一行もその中で眠っており、しゃらくは知らない大男の腹を枕にして眠っている。
 「おい早く行け!」
 突如聞こえた、大声ではないがかなり強い口調の声に、しゃらくが目を覚ます。
 「ん~。・・・しょんべんしょんべん」
 しゃらくがむくりと起き上がり、いそいそと城壁の方へ向かう。
 「早く歩け!」
 再び強い口調の声がするのは広場の城壁付近で、武装した兵二人が町人と思しき男を(なわ)(しば)り、強引に引っ張っている。
 「や、辞めてくれ! 誰かた・・・」
 町人の男が助けを求めようとするが、兵に手で口を(ふさ)がれる。
 「貴様いい加減にしろ!」
 ドン!! もう一人の兵が町人の腹に蹴りを入れる。
 「うぅ・・・!」
 男は(うずくま)りそうになるが、再び縄を引かれ、強引に歩を進めさせられる。
 「うゥ、さぶ」
 城壁を向いて立っていたしゃらくブルブルと体を震わせる。すると、その後ろを二人の兵と町人の男が通っていく。しかし、しゃらくは壁を向き立ったまま眠ってしまい、本来であれば飛び掛かって止めそうな状況にまるで気づいていない。そのまま兵達と町人は城内の方へ消えて行ってしまう。
 「ふぁ~・・・」
 外広場の皆が眠っている中で、ウンケイが欠伸をしながら、むくりと起き上がる。そして周囲を見回すと、城壁の方で壁を向いて立っているしゃらくを見つける。
 「・・・あの野郎何してやがんだ?」
 ウンケイは目を(ひそ)めながら、遠くからしゃらくを観察する。見ると、しゃらくは首をこっくりこっくりと(しき)りに揺らしており、体もふらふらと揺れている。
 「・・・寝てるな。あんなに寝相が悪ぃ野郎だったか?」
 すると、ぴったりくっ付いて寝ていたブンブクも目を覚ます。ブンブクはウンケイに甘えて頭を擦り付けると、ウンケイはブンブクの頭をわしゃわしゃと撫でる。
 「おいブンブク。あの野郎のケツに噛み付いて来い」
 ウンケイが、向こうでフラフラと揺れているしゃらくを指差し、ブンブクに声を掛ける。するとブンブクは、言葉が分からない(はず)だが悪戯(いたずら)にニヤニヤと笑い、尻尾をブンブンと振っている。
 「行け!」
 ウンケイがブンブクの尻を叩くと、ブンブクは勢いよくしゃらくに向かって駆け出す。四つ足で猛烈(もうれつ)に駆けて行くブンブクは、楽しそうに尻尾を振って笑いながら、しゃらくに近づいて行く。そして、ガブ! 勢いのまましゃらくの尻に噛み付く。
 「ぎゃァァァァ!!!」
 
 
 城内の地下へ向かう階段を、先の兵達と町人が下っていく。そして、町人が地下牢(ちかろう)へ放り込まれる。
 「ゔぅ・・・!!」
 町人の男は、苦悶(くもん)の表情で丸くなる。すると、兵の一人が男に近づき、髪を(つか)んで顔を上げさせる。
 「おい! 命が惜しければ、龍神の事を話して(もら)おうか?」
 兵が町人を(おど)す。
 「・・・話す訳ねぇだろ!」
 町人の男がそれを拒む。
 「そうかい。それじゃあ話したくなるまで待つとしよう」
 バキィィ!! 兵が町人の男を殴り飛ばす。兵が(ろう)の外へ出ると、牢に(じょう)が掛けられ、兵達がその場を後にする。暗い地下牢の中を、町人の男の苦悶の声が小さく響く。兵達が地下の階段を上がり、地下階段の扉を閉め、錠を掛けて去って行く。すると、陰から兵達を(にら)む者が一人。正体は、昨夜の宴会で喧嘩(けんか)を起こした華奢(きゃしゃ)な男である。
 「・・・下衆(げす)め」
 華奢な男が、去って行く兵達の後ろ姿を睨み、腰の刀に手を掛ける。
 「辞めておけ」
 突如背後から声がし、華奢な男が慌てて振り返ると、そこには昨夜の宴会で喧嘩を仲裁(ちゅうさい)したツバキと名乗る男が、目を(つぶ)り腕を組んで立っている。
 「・・・ここで何してる!?」
 「それはこっちが言いたいね。あいつらの後を付けて侵入したんだろう? ・・・君の目的は何だ?」
 ツバキの問いに、華奢な男が下を向いて口籠(くちごも)る。
 「まあよっぽどの事なんだろうね。男を(よそお)ってまで徴兵に参加するくらいだし」
 ツバキが、地下へ続く扉の前まで歩きながら(しゃべ)る。華奢な男は図星のようで黙ったままツバキを睨む。
 「・・・は!?」
 突如華奢な男が、何かに気づいたように目を見開き、大声を出す。
 「しぃ!」
 ツバキが口に指を立てる。華奢な男は顔を真っ赤にし、慌てて口を手で押さえる。
 「・・・お前っ、今何て!?」
 華奢な男が、小声でツバキを問い詰める。
 「え? あぁ、男を装ってるって事? フフ。そんなの()ぐに分かるぜ。誰にも気付かれてないとでも思ってたのかな? フフフ」
 ツバキがくすっと笑う。華奢な男、いや男を装っていた女は、今にも湯気が出そうなほど顏を真っ赤にしている。ガチャ! するとツバキが、地下への扉の錠を開けている。
 「行こうか」
 ツバキがニコリと微笑(ほほえ)む。

   *

 昼を過ぎ、城内の外広場では徴兵に集った兵達が、刀や(やり)()いだり、甲冑(かっちゅう)を磨いたりと、各々が戦に向けた準備をしている。そこには既に、ツバキと男装した女も戻って来ており、ツバキは城壁の屋根で昼寝をし、女は城壁の傍の日陰で読書している。一方しゃらく一行は、兵達の為に用意された食事をバクバクと食べている。
 「みんな食わねェのかな? こんなにあんのに」
 「これから戦に出るんだ。腹一杯で動けなくならねぇようにしてんじゃねぇか? 食わねぇならほっとけ。俺達は食うぞ。次いつ飯に有り付けるか分からねぇんだからな」
 「だな」
 そう言ってしゃらく、ウンケイ、ブンブクは、むしゃむしゃと目の前のご馳走を(むさぼ)る。その様子を城の最上階から、アドウが腕を組んで眺めている。
 「・・・今回は活きの良いのが集まったな。今晩こそ、あの憎き“臥龍(がりょう)”めを退治してくれよう。その長い首を洗って待っておれ! わっはっは!」
 アドウが豪快に笑う。その後ろで、ソンカイが脇息(きょうそく)頬杖(ほおづえ)をついてニヤリと笑う。

 完

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