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第六十三話 「龍神様」

 「“龍神(りゅうじん)”!?」
 しゃらくとウンケイが目を丸くする。大男はニヤリと笑っている。その後ろの男は相変わらず、爪を見たりと退屈そうにしている。
 「・・・それ以外の情報は?」
 「がぁっはっはっは!!」
 ウンケイが尋ねるが、大男はそれに答えず大笑いし始める。その様子に、しゃらくとウンケイは再び目を丸くする。
 「すまんすまん。その前に名乗るのを忘れておったな。俺は“アドウ”。そしてこちらがここ一帯の領主“ソンカイ”様だ。(よろ)しく」
 アドウという大男がしゃらくとウンケイに、自分と後ろの男を紹介する。しかし、後ろにいるソンカイと呼ばれる男は全く(われ)(かん)せずで、しゃらく達には一瞥(いちべつ)もくれずにいる。
 「あァ、こちらこそ宜しく! おれはしゃらく。こっちがウンケイで、こいつがブンブクだ」
 しゃらくが自分とウンケイ、ブンブクをそれぞれ指さしながら紹介する。
 「うむ。では、詳細を話そう」
 アドウが話し始める。

   *

 日の暮れた城の外広場では、()かれた火を囲んで、徴兵(ちょうへい)に参加する猛者(もさ)達が(うたげ)に集っている。集まったのは、ウンケイのような大男から華奢(きゃしゃ)な者まで、多種多様な粒揃(つぶぞろ)いである。(にぎ)やかな宴会の中心で、皆の笑いを誘っているのは、頭に手拭(てぬぐ)いを()(かむ)りし両の鼻穴と下唇に箸を挟み、上裸で笊を持ち泥鰌(どじょう)(すく)いの音頭(おんど)を踊る男達と、その真ん中で一層陽気に踊るしゃらくである。一方のウンケイは、そんなしゃらくを眺めながら、他の男達と酒を()み交わしている。ブンブクは知らない大男達に(おび)え、ウンケイの羽織の中に隠れながら焼き魚を食べている。
 「ところで、“龍神”ってのは一体何なんだ?」
 ウンケイが隣の男に尋ねる。
 「あぁ、あれは手強(てごわ)いぜ? 俺も見た事ぁねぇが、何でも、天気を自在に操るらしいぜ。前の徴兵ではそいつの姿すら拝めず、兵は全滅だとよ」
 男はそう言うと、酒をぐいっと飲む。
 「へぇ。天気を」
 ウンケイが目を(ひそ)める。
 「あと厄介(やっかい)なのが、そいつを“龍神様”と(あが)(たてまつ)ってる町民共だ。あいつらは“龍神”につき、この城に反旗(はんき)(ひるがえ)してんだとよ。俺達は今回、そいつらとも戦わなきゃなんねぇ。向かって来る者は、殺して構わねぇそうだぜ」
 男はニヤッと笑う。ウンケイはその話に眉を顰める。
 「・・・その“龍神様”ってのは、人か?」
 「さあな」
 すると突然、ウンケイ達の後ろの方で喧騒(けんそう)が聞こえて来る。ウンケイが振り返って見ると、山のような大男二人組が、かなり華奢で小さな男に怒号を浴びせている。
 「何だとてめぇ! もっぺん言ってみろ!!」
 大男の片方が詰め寄る。しかし華奢な男は全く(おく)せず、目の前の大男をキッと睨んでいる。
 「何だありゃあ?」
 その様子を見ていたウンケイが、酒を飲みながら呟く。
 「あのでかい二人は駄エ門(だえもん)とリキ(まる)。髪の長ぇ方が駄エ門(だえもん)だ。あの見た目通りの怪力で暴れ回ってるっつう、ここいらじゃ有名な盗賊二人組だ」
 ウンケイの隣にいた男が答える。ウンケイはその二人組に目を付けられた華奢な男の方を見る。
 「あっちは?」
 ウンケイが尋ねる。
 「あいつは・・・あぁ、あいつは確か、お前らと同じくこの前来たばかりの奴だぜ。誰かと話してるのを見た事なかったが、どうやら口が滑ったみてぇだな。ありゃまずいぜ」
 男は目の前の状況に心配しながらも、止めに入る様子もなく酒を飲み進めている。ウンケイも特に動かず見ている。
 「何黙ってんだよ! 怖気(おじけ)()いたのか!? 今俺達に何て言ったんだよ? あぁ!?」
 向こうで、もう片方のリキ(まる)という大男も詰め寄っている。すると突然、華奢な男が不敵にニヤリと笑う。
 「その汚い手で気安く私に触るなと言ったんだ」
 「何だとてめぇ!!」
 駄エ門とリキ丸の両方が、腰に差していた刀を一斉に抜く。その刀を華奢な男に向けるが、大男達の刀は華奢な男と比べると、かなりの大きさである事が分かる。しかしそんな物を向けられても、華奢な男は全く動じずにいる。周囲の男達はその様子に、「いいぞいいぞ」と盛り上がっている。
 「痛い目見たくなきゃ土下座して()びろ。まあ許さねぇがな」
 駄エ門がニヤリと笑う。
 「その言葉、そっくりそのまま返すよ」
 男がニッと笑い、自分も腰に差していた刀を抜く。
 「よし分かった! お前はここで殺す!!」
 リキ丸が刀を振り上げる。対する華奢な男も刀を構えて飛び上がる。周囲で見ていた皆の手に力が入る。刹那(せつな)、ガキィィィン!!! けたたましい金属音が響き渡る。それは、喧嘩に気付かず踊っていたしゃらく達も、思わず飛び上がる程である。
 「何だァ!!?」
 皆が一斉に音の方を見ると、音の正体は喧嘩(けんか)していた両組が直接刀を交えたものではなく、第三者の男が間に割って入り、二対の刀でそれぞれ受け止めた音であった。
 「何!!?」
 「!?」
 止められた両組が目を丸くする。
 「どうどう。水差して悪いが、こんな所で揉め事は止そう」
 男は色白で端正な顔立ちをしており、駄エ門とリキ丸の二人程では無いにしろ背も高く、長い黒髪を後ろで()っており、派手な色味の着物を(まと)っている。
 「何者だてめぇ!?」
 駄エ門が刀を男に向ける。華奢な男も突如現れた男を(にら)んでいる。
 「・・・あいつは?」
 その様子を遠くから見ていたウンケイが、隣の男に尋ねる。
 「・・・あぁ。あいつも少し前に来た新入りだな。詳しくは知らねぇが、かなりの腕前と聞いたぜ」
 隣の男が答える。するとウンケイの元へ、しゃらくが戻って来る。
 「何がどうしたんだァ?」
 「喧嘩だ。そしてあいつが仲裁(ちゅうさい)した」
 ウンケイが指さしながらしゃらくに説明する。
 「へェ」
 当事者の四人を見ていたしゃらくは、(おもむろ)に華奢な男をジッと見つめる。
 「此処(ここ)には様々な思いを持った者がいると思うが、()(ごと)を起こして今回の徴兵から除名され、得する者はいないだろう。それと、これから戦いに出るのに味方同士で削りあってどうする」
 「・・・」
 長髪の男の正論にぐうの音も出ず、皆が押し黙る。
 「・・・おいお前、命拾いしたな。だがこの事はチャラにはしねぇからな。覚えとけ」
 駄エ門が華奢な男を指差して脅すと、駄エ門とリキ丸の二人が刀を仕舞(しま)い、(きびす)を返してその場を去って行く。
 「やれやれ」
 去って行く二人を見送った長髪の男が、溜息をつく。
 「・・・またお前か。余計な真似しやがって」
 華奢な男が刀を仕舞いながら、長髪の男を睨む。
 「はは。そう言うなよ。僕は君を助けたんだぜ?」
 「それが余計だと言ってるんだ! もう俺に構うな」
 そう言うと、華奢な男も踵を返して去って行く。長髪の男は、その後ろ姿を見つめ優しく微笑む。
 「よォ。あんた中々やるなァ」
 背後からの声に長髪の男が振り返ると、そこにしゃらくがニヤニヤと笑って立っている。
 「はは、ありがとう。君も中々やりそうだけどね」
 「おうよ! おれは最強だぜ!」
 しゃらくが腕を(まく)り、鼻息を荒くしている。
 「僕は“ツバキ”だ。宜しくね」
 「おう。おれはしゃらくだ! よろしく!」
 二人が固く握手する。その後も、“龍神様”を倒す為集められた兵達の宴は朝まで続いた。

 完

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