第四話 「恋多き漢」
「いやァ食った食ったァ!」
蕎麦屋にて、しゃらくが大きな声を上げる。目の前には空の器が山積みされている。しかし、しゃらく以外の客は皆緊張の面持ちで、背筋を伸ばし音を立てないようそばを食べている。店の娘のお
「・・・おい。俺は店の外で待ってるぜ。ここは居心地が悪い」
「ん? 何でだ?」
「何でって、明らかに歓迎されてねぇ。見ろ、ガキ共も震えてる」
二人の兄妹がビクッとする。
「わっはっは。確かに。大丈夫だぜ。ウンケイはおれの仲間だから」
するとお鈴が器を下げに来る。
「・・・しゃらくさん、仲良くなっちゃったのね・・・」
「お鈴ちゃァん♡」
「蕎麦美味かったぜ。親父さんにも伝えてくれ」
ウンケイがニコリと笑う。
「え! いい人!」
お鈴をはじめ、皆が驚く。
「ところでよォ、ウンケイ。何で人通りの少ねェ夜に刀狩りしてたんだァ? 早く刀集めたきゃ昼間の方が良いだろ」
しゃらくが蕎麦を片手に尋ねる。
「何でっておめぇ。俺を見たらガキ共が怖がるだろ」
「いい人!!」
お鈴をはじめ、皆が泣く。
「わっはっは。何だそりゃァ」
「あの、その頭巾を取ってみたら? あとそのお髭も」
お鈴がウンケイに提案する。
「・・・」
「あらいいじゃない! ねぇ?」
お鈴の問いに、幼い兄妹が大きく頷いている。その前に座るウンケイは頭巾を取っており、短髪にキリッとした眉で、髭も顎だけになり短くなっている。
「・・・そうか」
兄妹の嬉しそうな顔を見て、ウンケイが照れ臭そうに頭を掻く。隣では、しゃらくが鼻息を荒くしている。
「何だよ! おれだってお鈴ちゃんに髭を剃ってもらいてェ!」
「お前は伸びてねぇだろ」
しゃらくが悔しそうに地団駄を踏む。
蕎麦屋の店の外。お鈴と兄妹が、しゃらくとウンケイを見送る。
「そんじゃア行ってくるぜ」
「じゃあね、お兄ちゃんたち。ありがとう!」
「ありがとう!」
兄妹が二人に手を振る。お鈴もニコリと笑って手を振っている。ウンケイは微笑んで手を上げる。すると、しゃらくが鼻息を荒くしてお鈴の前に歩み寄る。
「お、お鈴ちゃん! おれはあんたが、だ、だ、大好きだ! だからおれの”そば”にいてくれェ!」
「え・・・?」
しゃらくの突然の告白に一同が唖然としている。当のしゃらくは頭を下げ、お鈴に手を差し出している。
「何を言い出すんだ馬鹿野郎!」
「おれは本気だぜウンケイ! お鈴ちゃんに心底惚れてんのさ!」
「俺達はこれから、戦いの旅に出るんだぞ! 連れて行く気か!?」
ウンケイの問いに、しゃらくが悔しそうに下唇を噛んでいる。一方の突然告白されたお鈴は顔を赤くしており、その横で兄妹が
「うゥ・・・。だってよォ・・・。でもなァ・・・」
頭を抱えて悩むしゃらく。
「しゃらくさん・・・」
すると、お鈴がついに口を開く。目を輝かせる兄妹。ウンケイまで唾を飲み込む。しゃらくは目を血走らせ、再び手を差し出す。
「ごめんなさい! 私には、もう約束をした人がいるんです!」
その返事に静まり返る一同。すると、しゃらくが膝を着く。
「うおォォォォ!! お鈴ちゃァァァァん!!!」
顔をぐちゃぐちゃにして大号泣のしゃらく。それを見て大笑いする兄妹。
「俺は付いてく男を間違えたらしい・・・」
ウンケイが頭を抱える。
蕎麦屋を離れた道中、まだ泣いているしゃらくと、それに呆れるウンケイ。
「いつまで泣いてんだ馬鹿野郎! 昨夜のは寝言か!?」
ウンケイに
「うゥ、お鈴ちゃん・・・」
「お前いつもあんな事してやがるのか?」
「うるせェ! おれはなァ、恋多き
「ぷっ。わははは! なんだそらぁ。なら、とことんフラれやがれ」
大泣きするしゃらくをウンケイが大笑いする。暫くしゃらくは泣いていたが、やがて泣き終え、目を真っ赤にしている。
「泣くのは構わねぇが、この後はどうすんだ?」
「・・・
しゃらくが鼻水を垂らしながらも、目を輝かせている。
「そりゃあそうだろうが、流石に二人で倒せる程、柔じゃねぇぞ」
「そうか? おれらなら倒せそうだろ」
「馬鹿野郎、そんな訳あるか。お前計画性がねぇな」
「そんじゃア、仲間集めよう」
しゃらくは鼻をほじっている。
「・・・俺は心配だぜ、この先が」
ぎゅるるるる! 大きな腹の音が鳴る。
「泣いたら腹減ったなァ」
「さっきあんなに蕎麦食ったろ」
ドドドドド! すると、後方から大きな音が聞こえてくる。
「何だァ?」
見ると、馬に乗った侍達が勢いよく駆けて来る。
「がははは! そこ退けそこ退けぇ! 侍様が通るぞぉ!」
二人は端に退き、そこを馬が通っていく。狭い道の為、土煙で視界が覆われる。ウンケイは腕で顔を守る。
「くそ。危ねぇな。馬奪ってやろうか。なあしゃら・・・」
見ると隣にしゃらくはおらず、代わりに侍が一人倒れている。
「は?」
馬の方を見ると、しゃらくが最後尾の馬に乗って走っている。
「あの馬鹿野郎! 何考えてんだ!」
ウンケイが馬を追って走る。一方しゃらくは、意気揚々と馬に乗っている。他の侍達も、仲間が入れ替わった事に気が付いていない。
「なァ腹減ったんだけど、飯屋はどこだ?」
すると、しゃらくが侍達に話しかける。
「あぁ? 城でいくらでも食えるだろ。何言ってんだ」
しゃらくと気づかず、侍が答える。
すると道が開け、町が見えてくる。奥には大きな城が建っており、かなり立派な作りである。
「へェ、立派な城だなァ。美味い飯にありつけそうだぜ」
しゃらくの言葉に疑問を抱いた侍が振り返る。
「おい! 誰だてめぇは!?」
侍達が一斉に振り返り、刀を抜く。
「やべェ! 何でバレた!?」
一足遅くウンケイが町へ辿り着く。
「ここは確か、“ウリム”の幹部の城じゃなかったか? ここで暴れりゃあ、完全に目を付けられるな。」
ウンケイが町へ入っていく。すると、立派な城とは対照的に城下の町は
「こりゃひでぇ」
町を歩くウンケイ。すると、何処からか男の怒声が聞こえる。
「おいじじい! 上納金が払えねぇだと!!?」
声のする方へ行ってみると、腰に刀を差した侍二人が老夫婦に怒鳴っている。
「すみません。わしらは生活するだけで精一杯なんです。上納金を払ってたら食っていけねぇ・・・」
すると、侍の一人が老夫の胸ぐらを掴む。
「俺達はなぁ、お前らを城下に置いて守ってやってんだ。それに対する礼が上納金だろ。食っていけねぇ? なら金を払ってくたばりやがれ!」
侍が老父を殴ろうと拳を振りかぶる。するとウンケイがその腕を掴む。
「!? 何だてめぇ!」
「おいおい、暴れさせるんじゃねぇよ」
完