282 道中③/召し使いとシュミットの会話
その後も召し使いは歩きながら、何度も振り返っていた。
「……おや?」
隣を歩いているシュミットが気づいて、召し使いに問いかけた。
「どうなさいましたか?」
「あぁ、いえ、なんでも……」
そう言いながらも、後ろを見る召し使いにつられて、シュミットも後ろを振り向いた。
2人の前を歩いているマナトが察して、少し横にそれてくれた。
「……あぁ、なるほど」
シュミットは笑顔で、召し使いに言った。
「サーシャさまが、気になるのですね?」
「えぇ、まあ、そうですわね」
「大丈夫ですよ。ラクトさんは、とてもお強い。ロアスパインリザードの時も、余裕の戦いを繰り広げていました。盗賊が襲ってきても、彼の近くにいれば、大丈夫でしょう」
「ええ。それは、まあ、そうなのですけども……」
……んっ?気にしているのは、そこではない?
どこか、召し使いの浮かない表情に、どうやら今のは彼女の芯をついていない発言だったと、シュミットは考えた。
改めて、シュミットはラクトとサーシャを見る。
少し遠いため、どのような会話をしているかは分からなかった。
ただ、どちらかと言えば、ラクトよりも、サーシャのほうが口数が多いようだ。サーシャのほうが、たくさん口が動いている。
さらに。
「……ちょっと、怒っている?」
サーシャがラクトに対して、どうやら文句を言っているようだった。ほとんど無表情ではあるが、若干、サーシャの顔が少しふくれているのが、シュミットには分かった。
「おぉ、なんと……珍しいですね。ラクトさまと、あんなに仲がよろしかったのですね」
「……あんなにお話されているサーシャさま自体、初めて見るのです」
召し使いが、少しうつむいた。
「岩石の村を出てからというもの、みるみるサーシャさまの表情が、豊かになっていっているようなのです」
「たしかに、そうですね」
「私は、サーシャさまがアクス王国から岩石の村に来られた当初から、お仕えしておりましたわ。その時から、もう、ずっと無表情でしたのに……」
「……それは、おそらくですが、」
シュミットは両手を広げて、前を歩くキャラバン達、また、列を成して進み続けるラクダ達、そして、広大な砂漠を、青い空を、目の前に広がるすべてを紹介するような仕草をしながら、召し使いに言った。
「旅が、そうさせているのですよ!」
「旅が……?」
「そう。岩石の村でのサーシャさまは、例えるなら、鳥籠の中にいる小鳥だったのかもしれません。いま、サーシャさまの精神は、岩石の村での立場や、また、メネシス家という王家の血筋から、一時的に解き放たれている。まさに、鳥籠の外に出て、自由に飛び回る小鳥のようにね」
「……」
召し使いが、また振り向いて、ラクトと話すサーシャを見つめた。
「おそらくサーシャさまも、無自覚なんでしょう」