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~ 兄と弟の絆 ~

 
 「三十八度五分。駄目だな、寝てろ」


 兄さんにそう言われ冷えピタをおでこに貼ってもらう。
 一昨日あたりから調子が悪くなって昨晩あたりから熱が出た。


 「ううぅ、ごめん兄さん。鈴菜ちゃんにはよろしく言っておいて……」

 「お前は気にせず大人しく寝てろ。せっかく鈴菜がお前を誘ってくれるデートだって言うのになんで俺まで一緒って条件だったんだ?」


 幼馴染の鈴菜ちゃんは兄さんの事が好きだった。
 兄さんは僕と同じ年の鈴菜ちゃんは僕の事が好きだとずっと勘違いしている。
 だから今日のみんなで遊びに行くテーマパークで鈴菜ちゃんと兄さん二人っきりにして途中で僕も消える予定だったのだけど……


 「主役のお前がダメなら鈴菜に今日の事はキャンセルしてもらおうか?」


 「だ、駄目だよ兄さんは行って。僕は寝ていれば大丈夫だから!」

 三つ年上の兄はそう言いながら腕時計を見る。
 まだ時間的には余裕が有るはずだけど、きっと鈴菜ちゃんの事だからもう待ち合わせの場所に行っているだろう。


 「しかしな……」


 そう言って兄さんは僕のおでこに手を当てる。
 その大きな手は既に父さんより大きい。

 大学ニ年生でバスケなんてやっているから背丈も大きく、ガタイも良い。
 僕より頭一つ高い身長も街行く人は思わず見上げてしまう程だ。

 鈴菜ちゃんなんか兄さんの胸の高さも無い。


 「いいから行って来て。僕は大丈夫だから……」


 兄さんの手に撫でられているとなんか安心する。
 大きな兄さんの手。
 なんか気持ちいい。


 「本当に大丈夫か?」

 「……うん」


 無理矢理笑顔を作るとその心地よい手のひらが僕から離れる。
 少し寂しさを感じるけどもう時間だ。


 「いいから行ってきてよ、鈴菜ちゃんによろしくね」

 「まったく、仕方ない。大人し寝てろよ?」


 そう言いながら兄さんは立ち上がり部屋を出て行く。
 その背中を見送りながら僕は寂しさを振り払うように目を閉じる。
 

 まあ当初の目的は果たされるのだから良いのだけどね。

 ……もし兄さんが鈴菜ちゃんと付き合う事に成ったらもう三人で遊べないかな?
 でも、ずっと兄さんにくっついてばかりの僕だ、丁度良い機会かもしれない。
 兄離れの機会かもしれない。

 そんな事を思いながら僕は睡魔に襲われ眠りにつくのだった。


 * * *


 「お兄ちゃんと一緒がいいの!」

 「たっくんまたお兄ちゃんと一緒なの?」

 「拓也、鈴菜と待ってろって」


 小さな頃から僕ら三人は幼馴染として一緒に遊んでいた。
 兄と違い小さな頃から僕は体が弱く、鈴菜ちゃんとおままごととかよく一緒に遊んでいた。

 兄さんは小さな頃から活発で僕を置いて他の友達と遊びに行く事が多かった。
 それでも僕は兄さんと一緒がいいと言ってよく駄々をこねたものだ。


 「僕も付いて行く!」

 「拓也、お前そんな半ズボンだとまた転んで膝小僧剥くぞ?」


 サッカーボール片手に兄さんはポンポンとリフティングをしている。
 そんな様子を鈴菜ちゃんは目をキラキラしながら見ている。
 そりゃぁ、あんなに上手にリフティングできる兄さんはかっこいいよ?
 僕だって兄さんのそれを見るとやってみたくなるよ?
 
 でも僕は運動が苦手で体も弱いからなかなか兄さんの様にはいかない。


 「とにかく鈴菜と待ってろよ!」


 言いながら兄さんは出て行ってしまう。
 追いかけたくても兄さんはもうあんな所にまで走って行ってしまっている。
 とてもじゃないけど走り付けない。


 「お兄ちゃん流石だよね~、かっこいい♡」

 「うん、かっこいいよね……」


 鈴菜ちゃんに言われて僕も素直にそう思う。
 僕も兄さんのようになりたいって……


 * * *


 「あ、あのねたっくん協力して欲しい事が有るんだけど……」

 「何、鈴菜ちゃん?」


 高校二年になった頃には兄さんは既に大学に行っていて僕たちと一緒に遊ぶ機会もかなり減った。
 最近は二十歳過ぎたから飲み会とかにも駆り出され、夜遅くまで帰ってこない時もある。

 
 「お、お兄さんってさ、大学で誰とも付き合っていないって言ってたよね?」

 「うん、そう聞いた」

 「でもこのあいだ合コンに行くって言ってたんだけど、お兄さん誰かと付き合う事になるのかな?」


 おろおろとしている鈴菜ちゃん。
 僕は兄さんが言っていた数合わせで合コンに行くって話を思い出す。


 正直兄さんはモテる。


 背丈もデカいわりに意外とすらりとしていて線も細く感じる。
 そのくせ何故か長髪だから鈴菜ちゃんが面白がって三つ編みになんかするもんだから僕が怒られた。

 先日も庭先でシベリアンハスキーのタローを洗っていた時は濡れるからって上半身裸でジーパンにサンダル姿という鈴菜ちゃんに言わせれば「ご褒美です!」とか言う格好だったけど、確かに引き締まった体はぜい肉一つ無く僕と違って細マッチョなのがうらやましい。

 僕も体を鍛える為に運動とかしてみたけど、全然筋肉が付かず肌白のなよなよした眼鏡なもんだから良く他の友達にも馬鹿にされる。

 小さな頃からそうだったけど、何時も兄さんがそんな僕をかばってそいつらをやっつけてくれていた。


 そんな兄さんだ、昔からモテた。


 でも不思議と誰とも付き合いたがらなかった。
 いつも僕をかばってばかりで、いや、僕が兄さんにくっついていたからなのだろうか?

 
 「それでね、たっくん、私お兄さんに告白しようと思うの。このままじゃ大学の他のお姉さんにお兄さんを取られちゃうよ!!」


 どきっ!?


 あ、あれ?
 なんで僕は今ドキリとしたんだろう??

 鈴菜ちゃんは少し涙目でそう言う。
 僕も鈴菜ちゃんと同じで知らないお姉さんと兄さんが付き合うのはなんか嫌だ。
 だから鈴菜ちゃんに協力する事にした。


 「分かったよ、確かに知らない人と兄さんが付き合うのってなんか嫌だもんね……」

 「だよね! だから今度の土曜日にみんなでテーマパークにこうよ! 丁度お父さんから招待券貰ったんだよう。三枚あるからみんなで行こうよ」

 「え? 鈴菜ちゃんと兄さんで行けばいいじゃないか?」

 「だめだめ、お兄さんと二人っきりだなんて私あがっちゃって!! だからお願い、一緒に来て!!」


 鈴菜ちゃんにそう言われ僕はため息をつきながら承諾する。

 まあ昔から一緒に遊んでいたから三人なら兄さんを誘うのも簡単だろう。
 だから僕は鈴菜ちゃんとある計画を立てた。
 それが途中で僕がはぐれてその時に鈴菜ちゃんが告白するっていう作戦。

 もやっ!

 なんか心の奥底で少しもやもやする感じがするけど、兄さんが変な女の人にとられるくらいなら鈴菜ちゃんと一緒になった方がずっといい。

 
 僕は本気でそう思うのだった。


 * * * * *


 「ぅう…… あ、あれ?」

 「おう、気が付いたか?」


 目を開けるとおでこの上に載っているのが冷やしたタオルになっている事に気付く。
 そしてすぐそばで兄さんの声がした。


 「あ、あれ? 兄さん?? なんで……」


 言いながら何故かとてもうれしさがこみ上げてくる。

 兄さんは僕のおでこのタオルを取って近くの洗面器で冷やしてから搾り、またおでこの上に載せる。


 「鈴菜には拓也が熱出て寝込んでるからまた今度ってお願いしてきた」


 「なっ!? そんな兄さん!」


 思わず起き上がろうとする僕を兄さんはぐっとその大きな手で額を押さえ寝かせる。


 「まだ熱が下がり切ってない。大人しく寝てろ。鈴菜だってお前がいなきゃ楽しくないだろうに?」

 「兄さん本気でそれ言ってるの!?」


 思わず語気が強くなってしまう。
 鈴菜ちゃんの気持ちを本気で知らないのか?

 
 「落ち着け拓也。鈴菜は……」

 「これが落ち着いていられるかよ! 兄さん本当に全然わかっていないの!?」


 僕がそう言うと兄さんは怪訝な顔をする。
 何故かそれが気に障って僕は言ってはいけないことを口走る。


 「鈴菜ちゃんが本当に好きなのは兄さんなんだよ!? 今日だって本当は兄さんに告白するつもりでいたんだよ!? それなのに!」


 すると兄さんは珍しく僕から目を逸らし、そして他の所を見ながら静かに話し始める。


 「実は鈴菜にさっき告白された……」


 「え?」


 どきっ!


 兄さんの口から聞こえたそれに僕は思わず心臓が高鳴る。


 鈴菜ちゃん、告白したんだ……
 本当に……


 何故か奈落の底に落とされるような気分になる。
 もしかして僕は本当は鈴菜ちゃんの事が好きだった?

 いや、それは無い。

 鈴菜ちゃんは幼馴染で友達で、大切な人ではあるけど家族みたいな、兄弟みたいな感じがしてそんな感情は一度も沸いて来た事は無い。


 「そ、それで?」

 唾を飲み込み兄さんにそう聞く。
 すると兄さんは更に他の所を見ながらぼそりと答えた。


 「……断った」


 どきっ!!


 僕の心臓が今まで以上に高鳴った。
 そして何故だろう、もの凄く安堵する気持ちが湧いてくる。
 これは今までの関係が壊されるのを回避できたから?

 いや、兄さんが鈴菜ちゃんの告白を断った時点で今までの関係なんて崩れ去ってしまっている。


 「な、なんで断ったんだよ……」


 ドキドキとしたまま兄さんい聞いてみる。


 「その、なんだ、鈴菜の事は嫌いじゃないんだが、恋愛対象にはならないと言うか、兄妹みたいな感じというか……」


 そう言いながら僕を見る。
 その表情は真剣そのものだった。


 どきっ!!


 何故だろう。
 兄さんにそんな顔されると思わず顔が熱くなってくる。
 これってまだ熱が下がっていないせいだよね?


 「今はその、そう言うのはあまり考えたくないと言うか、そもそもお前が熱出て心配で他の事なんか頭に入らないんだよ!」


 「え?」


 そう言われ何かが僕の中ではじけた。

 なんだろう?

 この気持ち。

 ものすごく温かくてむず痒い。

 それでいてジンっと体の奥底から暖かくなってくる。



 「な、何だよそれ…… に、兄さんって変だ……よ……」


 本当は凄くうれしい。
 でも何故か口から出た言葉はそんなモノだった。

 でも兄さんはその大きな手を僕の頬に当てる。


 「まったく、小さな頃から病弱でよ…… 俺がお前を守ってやらなきゃ、その、駄目なんだよ! お、お前は俺の大切な弟なんだからな……」


 そう言いながら僕を見る兄さんの表情はとてもやさしかった。
 そしてそれを見た僕の顔が更に熱くなってきた。


 「兄さんの馬鹿……」

 「なんだよそれ?」

 「な、なんでもない!!」

 「それよりまだ顔熱いぞ。熱下がってないのか?」


 そう言いながら兄さんは僕のおでこのタオルを取って長い髪の毛をかき分け自分の額を押し付けてくる。


 「//////!!」


 「まだ、熱が下がってないな。仕方ない、俺がつきっきりで看病してやる」


 兄さんのその行為に僕はもの凄くドキドキしている。
 なんなんだよこれ?
 なんのご褒美!?


 思わずそんな事を思ってしまってはたと気付く。


 僕って兄さんの事が好き?
 兄弟としての、家族としての好きじゃなくて、そう言う好き??


 「まったく心配かけやがってな……」


 そう言いながら僕を撫でてくれる兄さんのあの大きな手がもの凄く心地いい。
 僕は兄さんが好きだったんだ。
 ずっと憧れていただけじゃなかったんだ。


 僕は僕は……




 ばんっ!


 「たっくん! 熱下がらないならこれよ!!」


 いきなり鈴菜ちゃんが部屋に入って来た。
 そして取り出したそれは座薬。


 「なっ!?」

 「お、おい、鈴菜?」

 「お兄さん! 私やっぱり諦められない! 今はたっくんがこんなのだからお兄さんはたっくんが気になって仕方ないんでしょ!? でもたっくん、お兄さんはたっくんには渡さない、これを私が入れてあげて早く治してあげるから! そうしたらもう一度勝負よ!! 絶対にお兄さんは私が振り向かせて見せるんだから!!」


 鈴菜ちゃんはそう言ってはぁはぁと肩で息をついている。
 そして僕に兄さんが手を当て見つめ合っている状況を見て固まる。


 「ま、まさか……ご飯三杯の展開!?」


 「なんだよそれ? それより鈴菜、座薬持って来てくれたんだ。拓也の奴なかなか熱が下がらないからな、助かる。俺が座薬入れてやるよ」

 「なっ!? に、兄さんっ/////////」


 にこやかにそう言って手を出す兄さんに鈴菜ちゃんは真っ赤になって言う。


 「お、お構いなく! 知識だけはありますし、ローションも持参しました! たっくんのお尻は私に任せてください!! な、何ならお兄さんのお尻も私が面倒見ます//////!!」


 「鈴菜ちゃん!!」


 思わず僕はそう叫んでしまう。
 兄さんは思わず僕たちの顔を見まわしてしまう。
  

 そしてまた三人でわいわいがやがやと始まる。

 どうやら僕たちの関係は少し変わったけどまだまだ続けられそうだ。
 僕はそんな事を思いながら兄さんを見る。



 ありがとう、兄さん。



 そう心の中だけで言うのだった。

  
 

 
 
 
 ―― その手に撫でられて ――


 
 Fin   
 

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