1-1:私、死んじゃったの?
「はっ!?」
気が付いた。
私は慌てて周りを見る。
そこは薄暗い場所だった。
いや、薄暗いのだけどちゃんと見える。
そして目の前に外国人の女の子が豪勢な椅子に座っていた。
「え、えーと……」
「気が付きましたわね? えーと、大宮珠寿さんあなたは死にましたわ」
「はいぃぃっ!?」
いきなり目の前の外人のお嬢ちゃんはそんな事を流暢な日本語で言う。
私は思わず驚いて変な声をあげてしまった。
「ですから、大宮珠寿さん、あなたは死にましたわ」
「いやちょっと待って、それってどう言うことぉ……」
そこまで言って思い出す。
そう、私はあの時客先に向かって横断歩道を渡っていたら、いきなり赤信号を暴走するハイブリット車が突っ込んできた。
こちらはしっかりと青信号、あちらは赤信号で前には車が止まっていた。
しかしその暴走車は前の車にぶつかり、青信号で走っていた交差している車にもぶつかって私に向かって来た。
驚きそちらを見ると、フロントガラス越しに大慌てな高齢者がハンドルを握りしめ、目を見開きブレーキを踏むどころか加速して私に向かってくる様子がまざまざと見て取れた。
その瞬間に理解した。
これって、高齢者の踏み間違い。
この速度、このタイミング、まさしく戦慄。
私もつくづく運の無い女だ。
これ、どうあがいてもダメです。
面白いもので、人間ってそのわずか一、二秒の間にこんなに考えられるんだ。
そして最後の私の叫びが「いやぁーっ! 何で止まらないのよ!?」だった。
「うわぁ……」
「どうやら思い出したようですわね?」
「それで、私は死んだからあの世からのお迎えがあなたって事? 死神??」
「まっ、失礼な! 私はあなた方の言う所の神ですわ。女神様ですわよ?」
そう言って目の前の金髪碧眼、こめかみの上に三つずつトゲの様な癖っ毛がある可愛らしい、いや、私から見ても極上の美少女は頬を膨らませる。
「私はあなたが持っていた縁結びのお守りの土地神に頼まれて、あなたにチャンスを与える為にここへ呼んだのですわ!」
「チャンスったって、私ってもう死んじゃってるんでしょ? 今更チャンスなんて……」
思えば切ない人生だった。
北関東生まれの私は、高校卒業と共に奨学金を使って憧れの東京の大学に進学をして、東京で一人暮らしをした。
勿論、親の仕送りは微々たるものでアルバイトなどもこなしながら何とか卒業。
そのまま東京で就職して、借金である奨学金の返済をしながらステキな旦那様を探してアラフォー。
出会いらしい出会いもほとんどなく、草食系男子ばかりなのでこちらからアピールすると何故かドン引きされてしまう。
一度はホテルまで行ったけど、相手も初めてで緊張で駄目だったので私はこの年になっても処女のまま。
唯一趣味と言ったらスマホでやっていた乙女ゲーくらい。
このゲームの世界くらいしか夢見る事が出来なくなっていた。
「そうなんですわよね~。唯一の趣味が乙女ゲーで、しかもBL物。そのお年でBLではぁはぁ♡ してらっしゃるのは流石にドン引きですわよ?」
「なっ!? 何故それを///////!! というか、あんたまさか私の思考を読んだんじゃ!?」
「まぁ、一応女神ですものですわ。それでですわね、あなたに新たな人生をプレゼントしようかと思いましてですわ」
にっこりとそう言って微笑む女神の口元がヒクヒク笑っていやがる。
そんなに私が乙女ゲーしてるのがおかしいか!?
「とは言え、また生まれ変わりしても今の日本じゃ良い事無さそうだしなぁ…… 海外なんて戦争とか犯罪とか物騒だしなぁ……」
「ではいっそ異世界に転生してみるのは如何ですの?」
「異世界??」
「ええ、ちょうど今の私のこの姿はとある異世界の女神の姿を借りてますの。あなた方人間と会話するのには誰かの姿を借りないとできませんので。それで、あなたはBLがお好きですわよね? そんなイケナイ恋愛を目の前で見てみたいと思いませんの? しかもイケメンぞろいのリアルで!!」
「い、イケメンぞろいのリアルで?」
なんかとんでもない事言い出したよ、この女神!?
しかし、いくらイケメンと言ってもリアルのBLはなぁ~。
ああいうのは二次元だからこそいいのであって、いくら美男子同士でもリアルはなぁ~。
「ちなみに、今の私の姿の様な人族が多いですわ。勿論エルフやドワーフと言った亜人種もいるファンタジーな世界。そうですわね、あなたをそこの王族か何処かに転生させて、王宮のめくるめく禁断の愛をお楽しみいただくのはどうですの? 私も見ていて面白いですしですわぁ♡」
最後がちょっと気になるけど、私はもう一度まじまじと目の前の女神を見る。
金髪碧眼はまるでフランス人形の様。
大きな瞳で小さな鼻、瑞々しい唇はリップなど塗っていないのにほんのりとピンク色をしていて可愛らしい。
肌も色白、スタイルだってこの年齢にしてはなかなか。
悔しいけど、私と同じかそれ以上に胸も大きい見たい。
そんな美少女に転生して、なおかつ王宮のいけない禁断の愛を目の当たりにできる。
たとえリアルでも、やはり北欧っぽい美形ぞろいであればそれはそれでアリかも……
「ですわよね~。しかも男性同士の禁断の愛があるとなれば萌えますわよね!?」
「だからそこっ! 人の思考を読まないぃぃっ!!!!」
はぁはぁと肩で息をしながら思い切り目の前の女神に突っこみを入れる。
こいつ、実はBL好きなんじゃないのか?
「いえいえ、私は男性でも女性でも両方いける口ですわ♡」
「アウトォ―っ!! ダメじゃんこの女神!!」
「愛は全ての者に向けられるべきですわ♡」
「それ全方向に向けすぎ!! で、そうなると私は異世界に転生してさらに王族で、王宮内のいけない事を目の当たりにできるって事?」
「ええ、そうなりますわね。勿論それに参加もできますわ! 今度こそ初めてを迎えてめくるめく官能の世界へ!」
「それ女神の言葉じゃないぃいいぃぃっ! あんたエロスの神か!?」
「ぐふふふふ、そ、それもそれでいいですわね…… めくるめく官能の世界♡」
駄目だこいつ、早く何とかしないと。
しかし、条件としては悪くない案件。
王族ともなれば生活はまず安泰。
そして美形が勢揃いの世界ともなれば、私にも今度こそ素敵な男性とロストバージンな夢も……
「はぁ~、分かったわ。その世界に転生する事を承諾するわ」
「良かったですわ♪ これで暇つぶし……もとい、あなたの元居た世界の神社の土地神にも顔立てが出来ますわ」
「神社の土地神?」
「ええ、信仰心の低いあなた方の世界、とかくあなたのいた日本は神様など信じる者は皆無。そんな中に神社に通ってお賽銭も万札ぶっこみ、鬼気迫る願掛けしたあなたをあの土地神はたいそう気にしてましたのよ? なのであなたが幸せになれるようにわざわざ全能である私に相談に来ましたの。ですので、あの土地神の顔を立ててあげる為にもあなたには幸せになっていただかないといけませんわ」
神社で縁結び、万札をお賽銭箱にって……
「ああぁ、あの神社か。はぁ~五年も前の事よ。あの頃は婚活で私も必死だったからねぇ……」
でも結局縁結び出来て無いじゃん。
やっぱ神社の土地神様ダメじゃん。
「まぁ、今のあなたたちの世界の神々は皆力を失っていますわ。信仰心があなたの世界の神々の力の源。それが信仰心が無ければ奇跡の力も起こりませんわ。何故なら、あなた方の世界の神々はあなた方が生み出したものですから」
「はぁ? 神様が世界を創造したのではないの?」
「いえいえ、あなた方が崇める神は皆あなた方の創造の産物。だって、あなた方が知恵を手に入れ、文明が出来あがってから生まれたモノですわ。もしそれを否定するならその根拠となる遺物が有史歴以前から一つも出土していないのが証拠となりますわ」
「うわぁ~、身もふたもない言い方を。じゃぁ、なんで土地神とか?」
「そこがあなた方の世界の理の面白い所ですわ。あなた方の世界は魂に奇跡の力を宿していますわ。信仰して願いの念の力が奇跡に繋がるのですわ。しかしそれは全てあなた方の魂の中にある奇跡の力が原動力となっていますわ。そして神を信じない今の貴女の世界では、その力を外に出す事が出来ない。故に人族はこの数千年の間にその力を使って、他の動物に出来ない飛躍的な進化を成し遂げましたわ。それは人の身でありながら天翔ける天空にまで足を踏み入れるほどに。しかし、あなたが行く異世界では、その力が魂の外に出せる。奇跡の力が存在するのですわ。それはあなた方が言う『魔法』となり、神々から人族に与えられた秘密の力でもありますわ。なので、数千年経ってもあの世界では人々の生活はほとんど変わらぬままと言う所ですわ」
「はぁ? そうなの?? まぁ、私も神様なんか今の今まで信じちゃいなかったけどね。で、その世界って『魔法』が存在するんだ?」
「ええ、神々の御業の秘密として、人族にそれが伝えられた世界ですわ」
「ふぅ~ん。じゃぁ私にも魔法が使えるって事?」
「ええ、その才能が高くなるようにしておきますわ。さて、それではそろそろ異世界転生させますが、よろしいですの?」
一応は説明も受けたし、今までの世界に未練らしい未練はない。
どうせあの世界に戻っても好い事無いし。
それに死んじゃったから、両親や家族にはごめんだけど、仕方ない。
なので前向きに私は目の前の女神に頷いて言う。
「いいわ、それじゃぁ私が幸せになれる異世界へ転生させてね!」
「はいですわ。それでは行きますわよ!!」
そう言って目の前の女神が手を振るうと、いきなり足元に真っ黒な穴が開いた。
ぶんっ!
がくんっ!
「へっ?」
「それでは行ってらっしゃいですわぁ~♪」
まっさかさまにその穴に落ちる私。
いきなりなので、なにがなんだかわからない私は変な悲鳴をあげながら落ちて行く。
「にょへぇあああああああああああああぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁああああぁぁぁっっっっ!!!!」
そう、女神が何か大切な事を最後に言っているのを聞き取れないままに。