第51話 認められた青年
「勝った……なんだかわからないけどとりあえず勝った……」
誠は何が起きたのかよくわからないまま静かにシートに身を沈めていた。勝つはずのない模擬戦に勝った誠はただ何も言えずに押し黙っていた。シートに身を投げている誠の目の前で全天周囲モニターの隙間が広がった。
「すげえな!オメエ!あのメカねーちゃんに勝ちやがった!」
満面笑みの島田の叫びがこだまし、ひよこの尊敬の念を含んだ笑顔が顔をのぞかせた。
「はっ……はっ……勝ちました……」
二人の歓喜の視線に誠は薄ら笑いを浮かべて二人の賞賛に答えた。誠は伸ばしてきた島田の手につかまってそのまま地面に降り立った。
「糞ったれ!」
かなめの絶叫がシミュレータルームに響く。明らかに不機嫌そうにシミュレータから這い出た彼女は誠の前に立って苦笑いを浮かべつつ、長身の誠を見上げた。
「オメエ……結構やるじゃん。あの一撃でアタシを仕留めなきゃ……」
「分かってます。あそこは攻め時でした」
はっきりとした調子で言い切る誠にかなめは頭を掻きながら背を向ける。
「認めてやる。オメエはこれまでのカスとは違うタイプだ……うちの水に合うといいな」
そう言うとかなめはまっすぐに出口に向かった。
「西園寺さん!」
「タバコだよ……ちょっと熱くなったからクールダウンだ」
誠の問いかけにそれだけ答えるとかなめは出て行った。気が付くと誠は整備班員や運航部の女子士官に囲まれていた。
「凄いのね。西園寺さんに勝つなんて!」
「下手だって聞いてたけど嘘じゃねえかよ」
「すげーよ!やっぱオメエはすげーよ!」
数々の賞賛の声が室内に響いた。誠がシュツルム・パンツァーの操縦を褒められるのは初めての経験だった。これまで浴びてきた侮蔑と嘲笑の視線はそこには無かった。誠は久しぶりの自分をほめたたえる雰囲気に酔いながら照れて頭を掻いた。
「そんなこと無いですよ。偶然ですって偶然。格闘戦は偶然の要素が強いですから。射撃ができるかなめさんには勝てませんよ」
照れ笑いを浮かべながら誠はそう言って周りを見渡した。その視線はかなめがどれほどの難敵だったのか、そして自分の勝利がどれほど奇跡的なものなのかを誠に知らしめた。
「そーだな。今回、勝てたのはハンデと偶然。それが分かってりゃー次も勝てるかも知れねーな」
入り口の方でそんな厳しいランの寸評が響いた。ちっちゃな彼女の隣には長身のアメリアとエメラルドグリーンのポニーテールのカウラの姿があった。
「でも……あのなんだか壁みたいなのはなんなんですか?」
誠は正気に戻るとそう言ってランに歩み寄った。不自然な『障壁』。あれが誠を守らなければ誠は明らかに負けていた。ただ、勝利のもたらす感傷に酔っている誠はランに深く質問するつもりは無かった。
「あれか?システムエラーじゃねーの?」
そう言ってランはとぼけてみせる。
「エラーにしてはしっかり画面に再現されてましたね。あれは明らかに『仕組まれた』ものです」
真剣な表情の誠には下手さは分かっていたがプライドはそれなりにあった。そう言って真剣な表情でランの前に立つ。
「じゃあ、オメーの使える超能力かも知れねーな」
「超能力?」
あまりに突飛なランの言葉に誠は少し呆れながらそうつぶやいた。
「遼州人には地球人には無い能力がある。そんな噂がある。遼州人は地球人が誕生するはるか以前から『鉄』も作らずに『焼き畑農業』を続けていた民族だ。それ以上の文明を持たなかった理由がそこにあるんじゃねーかっていう学者もいる……第一400年前の独立戦争で小銃と石斧で近代兵器の地球軍を追い払う実力が遼州にあった説明はどうつける?遼州人には超能力がある。地球の連中はそう思ってる」
「はあ、そんな話聞いたことがあるんですが……僕、歴史は苦手で」
ランの教養についていくには勉強不足なことは分かっているので誠は苦笑いを浮かべてそう言って逃げようとした。
「パイロットとしての技量だけならオメーはただの使い捨ての駒だ。ちゃんと自分で考えて行動する。そのために必要な知識を自ら得る努力をする。それが士官てーもんだ。少尉候補生だろ?」
厳しいランの指摘に誠は何も言えずに立ち尽くした。
「まあいいじゃないですか!今日は暇か?」
助け舟を出すという雰囲気で島田が誠に声をかけてきた。
「ええ、まあ……でも今日は僕はどこに泊まれば?」
「もう寮にオメエの部屋が用意してあんだ。さっき非番の奴に仮設ベッドと布団は用意させた。飲むぞ!」
『オー!』
島田の叫びに合わせてシミュレーションルームになだれ込んできていた隊員達が一斉に雄たけびを上げた。